進む役割、交わる視線
放課後の教室。
窓の外に傾き始めた陽射しが差し込み、机の上に淡い影を落としていた。
文化祭まで、あと三週間。
教室には少しずつ、緊張と期待が入り混じった空気が漂い始めていた。
「……ここ、もうちょっと明るめの色にした方が、映像映えしそうじゃない?」
動画班の東雲拓海が、装飾班の机の前でノートPCを開きながら、真剣な表情で言う。
黒髪に軽く寝ぐせの残る髪型。目つきは眠たげだが、動画編集の話になると熱が宿る。
いわゆる“集中型オタク”で、何かに入り込むと周囲が見えなくなるタイプだ。
「カメラを回す時に、背景がくすんでると画面全体が地味に見えるんだよ。この布、光当てた時ちょっと沈んじゃうかも。もう少し明るめに――」
「あのさ、うちら装飾班なんだけど」
ぴしゃりと遮ったのは、小柳葵。
落ち着いたブラウンのロングヘアをまとめた、美人系の女子。柔らかい物腰ながら、その言葉には芯の強さがあった。
「アドバイスは助かるけど、いきなり指示口調はどうかと思うよ?」
「あ……ご、ごめん……。つい熱入っちゃって……」
拓海はすぐに気まずそうに視線を逸らし、しゅんと肩を落とした。
(……またやっちゃった、か)
呟くように言った彼の背を見送りながら、陽真は静かに立ち上がった。
「拓海、アドバイスは的確だったと思うよ。でも……たしかに言い方は少し強かったかも」
「だよな……。ほんと、お前ってそういうとこ上手いよな」
照れくさそうに笑った拓海に、陽真も苦笑を返す。
手元の画用紙には、装飾案のラフスケッチ。
かつては誰かと意見を交わすのが苦手だった。
でも今は少しずつ、誰かと“何かを作る”ことが、面白いと思えるようになっていた。
装飾班のテーブルでは、秋山涼子と岩瀬亜子がリボンの試作について話し込んでいる。
「このリボン、テーブルの角に結んだら可愛くない?」
「ほんと……この色、白いクロスにも映えそう」
涼子の声はいつも柔らかく、どこか安心させる響きがある。
亜子はそんな彼女に頷きながら、そっと布の端を撫でた。
「うん、入口の案内にも使えそうだよね」
「あ、それいいね。統一感も出るし」
「じゃあ、この色で量産決定?」
涼子の明るい声に、班の空気がふわりと和らぐ。
陽真も自然にその輪の中に加わっていた。
一方、教室前方では接客班が接客の練習を始めていた。
「ご、ご主人様、お帰りなさいませっ☆ ……って、やっぱ恥ずかしー!」
ツインテールを揺らして叫んだのは、清水美沙。
元気いっぱいのムードメーカーで、いつも笑顔が絶えない。
接客の指導をしているのは一ノ瀬みつばだった。
「うん、今のは声も大きくていいと思う! でも最後にもうちょっとだけ、表情つけてみて!」
「えっ、笑顔? こんな感じ? えへっ☆」
「そうそう! すごくいい!」
そのやり取りを見守る接客班の女子たち――クロエ、美佳、桜、芽衣、綺梨――が、衣装のリボンを直しながら笑い合っていた。
後方の机では、富樫隼が腕を組んで、真剣な顔で呟く。
「……なあ、うちのクラスの女子って、地味にレベル高くね?」
「“地味に”じゃなくて、フツーに高ぇだろ」
隣の真鍋怜央が肘で突っつくと、富樫は照れたように苦笑した。
「いやマジで、これそのままパンフに載せたら映えるぞ……」
そんな声を背に、陽真はふと筆を止めた。
(……舞台に立つって、こういうことなのかもしれない)
迷いがなく、笑顔を見せることを恐れず、誰かを引き込む力がある。
自分とは、きっとまったく違う種類の人間。
だけど――それでも、ほんの少しだけ、憧れている自分がいることに気づく。
「なあ、春川。例の脚本の件なんだけど――」
拓海が再びノートPCを抱えて近づいてきた。
「“顔の見えない教室”。……ホントにお前が書いたの?」
「うん。一応、俺が」
そう答えると、拓海は真顔で頷いた。
「……マジですげぇと思った。あの“空気感”、映像で再現できるか不安になるくらい」
「……ありがと」
照れたように笑った陽真の肩を、真鍋がにやりと叩く。
「おいおい、拓海がテンパると、俺まで不安になるぞ?」
「あ、拓海くん、装飾と音響の兼ね合いも、あとで確認お願いしていい?」
佐伯夏目の落ち着いた声が続き、教室内の“連携”が形になり始めていた。
その少し離れたところで、小柳葵が拓海にそっと声をかけた。
「東雲くん。さっきは、ちょっと言いすぎたかも。……ごめんね」
「いや、俺のほうこそ。夢中になると……加減がわからなくて」
葵は少しだけ笑って、そっと頷いた。
二人の間に漂っていたわだかまりが、静かにほどけていく。
陽真はその様子を目の端に捉えながら、小さく息を吐いた。
クラスは、少しずつ動き出している。
バラバラだった個々が、今では“ひとつの作品”に向かって歩いていた。




