もう一度、カメラを回す理由
放課後の視聴覚室は、カーテンが引かれ、仄暗い光に包まれていた。
プロジェクターの光がスクリーンに映し出すのは、先ほど撮影した教室の映像。村上真哉と一ノ瀬みつばが台詞を交わすそのシーンに、教室のざわめきや、午後の光が切り取られていた。
陽真は、再生された映像を静かに見つめながら、胸の奥に引っかかる違和感を抱えていた。
「……どう思う?」
映像が止まり、東雲拓海が問いかける。
黒縁のメガネを押し上げるその表情は真剣で、隣では佐伯夏目が無言でモニターに目をやっている。
「台詞は合ってる。演技も、変じゃない。……でも、」
陽真は少し言葉を切って、映像の静止画を見つめた。
「……伝わってこない。感情が、そこに届いてない気がする」
みつばの表情は繊細で、真哉の声もよく通っている。
それでもなぜか、心のどこかで“表面だけ”という感覚が抜けなかった。
「多分、セリフの間にある“気持ち”がズレてる。お互い、自分の台詞だけに集中しすぎてて、相手を見てない」
夏目が静かに頷いた。
「音声的にも悪くはない。ただ、空気が乗ってないんだよ。セリフと環境音が分離してて、余白が生きてない」
「……ってことは、演出の問題か」
拓海が、やや悔しそうに呟く。
「でも、書いた台本をそのまま演じても伝わらないってことは……俺の書き方にも問題があるかも」
陽真の声には、わずかに自責の色が混じっていた。
「いや、そうじゃない」
みつばが小さく呟いた。
いつの間にか後ろの席にいた彼女は、腕を組んで椅子に座りながら、ゆっくりと続ける。
「陽真の台本って、“間”があるんだよ。言葉と感情の間に、自然な沈黙とか、呼吸とか、そういう余白がある。でも、それを埋めようとして、私たちはただセリフを繋いじゃった」
「……演技じゃなくて、朗読になってたってことか」
陽真が呟く。
みつばは頷き、真哉もやや気まずそうに頭を掻いた。
「じゃあ、もう一回、撮り直してみる?」
拓海がカメラのセッティングを確認しながら言うと、夏目が手元の音声リストを更新する。
「間を使うなら、環境音を活かすマイク位置に変えた方がいいな。空気の響きも拾えるように」
「演出も変える。セリフの間に一歩動いて、目線を交差させよう。……言葉より、視線で伝えられること、あるから」
陽真の言葉に、全員が頷いた。
止まったままの映像が、再び再生を待っている。
その画面の中で、セリフの続きがまだどこかに残っているような気がした。
「じゃあ……もう一回、カメラ回すよ」
誰ともなく、拓海が立ち上がった。
光と音と沈黙のすべてが、また一つの“物語”になるために。
脚本のページが、静かにめくられた。




