テスト撮りと、まだ少し足りない何か
放課後の教室。
窓の外では夕日が西の空を染めはじめ、空気に少しずつ夜の気配が混じっていく。
その中で、教室の中央では小さな“撮影リハーサル”が行われていた。
「カメラ、回すよー」
東雲拓海の声が響き、三脚に乗せたカメラが静かに作動する。構図を確認しながら、彼はモニター越しに演者の姿をじっと見つめていた。
主人公役の村上真哉が、黒板の前に立ち、脚本を片手にセリフを読み上げる。
「……大丈夫。俺が、何とかするから」
ややぎこちない声。それでも、彼なりに感情を込めようとしているのがわかる。
「はい、カット。今の、記録用に残しておくね」
拓海が手元のモニターで操作を止める。
教室の一角では、佐伯夏目がヘッドフォンをつけたまま音声チェックをしていた。
「ノイズは問題ない。けど……セリフのトーンが少し浮いてるな。映像で見ると、なおさら気になる」
「演技の問題、ってこと?」
陽真が尋ねると、夏目は小さく頷いた。
「うん。でも悪いって意味じゃない。まだ“馴染んでない”って感じ。多分、間の取り方と目線の動きでかなり変わる」
「……もう一度やらせて」
真哉がまっすぐに言った。手元の台本に視線を落とし、軽く深呼吸をする。
その横で、一ノ瀬みつばがそっと声をかけた。
「緊張してる?」
「ちょっとな。でも……陽真の台本、読んでると本気で伝えたくなる。だからちゃんとやりたいんだ」
その言葉に、陽真の胸が少しだけ熱くなる。
脚本の言葉が、誰かの口から紡がれ、それがまた他の誰かに届こうとしている。
リハーサルとはいえ、それは確かに“物語の始まり”だった。
「じゃあもう一回、今度は目線と立ち位置を意識してみて」
陽真が具体的な指示を伝えると、真哉は「了解」と短く答え、再び立ち位置に戻った。
カメラの後ろでは、クロエが演技ノートを手に、黙ってその様子を見つめていた。
「……演技って、ほんとに奥が深いのね」
小さく漏れた声に、みつばが振り返る。
「クロエも、もうすぐ出番だよ」
「うん。まだ映らないけど……気持ちの作り方、今のうちに覚えておきたいの」
クロエの横顔には、決意のようなものが浮かんでいた。
拓海が録画を再開し、真哉のセリフがもう一度、教室の空気を震わせる。
その背後で、陽真はゆっくりとペンを走らせながら、思っていた。
(まだ足りない。でも、それでいい。ここから積み重ねていけば、きっと“伝わる何か”が生まれる)
そんな思いが、ひとつの画角の中に、少しずつ灯っていった。




