動き出すクラス、重なりゆく日常
翌日の放課後。陽真は職員室前の廊下で、南條美佳と一緒に立っていた。
「先生に確認通ったから、これで備品の借用いけるはずだよ」
「……ありがとう」
「いいよ、文化委員の仕事だし。それに――」
美佳は一歩前に出て、陽真の目を見つめながら、ふっと微笑んだ。
「春川くん、最近ちょっと顔つき変わってきたよね。なんか、いい意味で」
「そう?」
「うん。クラスの中心で動くのって、最初は大変だけど……ちゃんと向き合ってる人の顔になるんだよ、そういうのって」
陽真は少しだけ、答えに困って黙り込む。
でも、不思議とその言葉は嬉しかった。
教室に戻ると、すでに数人のメンバーが動画の話で盛り上がっていた。
「おい拓海! カット割りの件、結局どうすんだよ!」
「まだ迷ってんだよ! あと五秒欲しいシーンがあるけど、入れるとラストのテンポが――うーん……!」
東雲拓海が頭を抱えて机に突っ伏している。ノートには複雑な絵コンテが描かれ、消しゴムの跡が幾重にも重なっていた。
「拓海」
陽真が声をかけると、拓海は顔だけこちらを向いた。
「春川ぁ……俺、天才かと思ってたけど、今日はたぶん凡人だわ」
「今だけ、って言えるのはすごいと思うけど」
「マジ? ちょっと勇気出た」
教室のざわめきの中で、陽真は一人の女子に声をかけるタイミングをうかがっていた。
――黒崎クロエ。
長い金髪をひとつに束ね、制服をきちんと着こなした姿はどこか凛としていて、教室の隅でもひときわ目を引く存在だった。
「黒崎さん。ちょっと、相談があって」
「……何?」
「あのさ、動画の台本。少しだけ変更したんだ。ひとり、新しいキャラを入れたくて……」
クロエは無言で続きを促す。
「その役、君にやってほしいんだ」
一瞬の沈黙のあと、クロエはまっすぐ陽真を見つめた。
「……理由は?」
「雰囲気っていうか……あの役、君の声で聞いてみたいって思った。あと、台詞のリズムもクロエなら合うと思って」
クロエは短く目を伏せ、何かを確かめるように一呼吸置いた。
「……わかった。やってみる」
「ありがとう。台詞の演出とかは、また相談乗るよ」
クロエは小さくうなずいた。
「……演出の相談、後で少しできる?」
「うん、大丈夫」
再び本に視線を戻したクロエ。その静かな仕草に、無口な彼女なりのやさしさを感じる。
距離はまだあるけれど、ほんの少しだけ、近づけた気がした。
そこへ、衣装班の桃井千花が生地のサンプルを片手に駆け寄ってきた。
「ねえ陽真くん、この布、凛の衣装に合うかな? ちょっと大人っぽすぎる?」
「うーん……もう少し柔らかい色味の方が、あのシーンには合うかも」
「だよね! じゃあ変えてみる!」
クラスが少しずつ、本気になっていくのが伝わってくる。
陽真はその雰囲気の中に、自分がいることをふと実感していた。
「春川くん」
今度は、一ノ瀬みつばが陽真の後ろから声をかけた。
廊下から戻ってきたばかりらしく、制服の袖を直しながら軽やかに歩いてくる。
「さっき、美佳と話してたでしょ?」
「うん、ちょっと確認事項があって」
「ふーん……やっぱ頼られてるじゃん、春川くん」
その表情はいつものように明るい。けれどその瞳の奥には、ほんのわずかに揺れるものがあった。
「みつばは、どう? 動画の準備、順調?」
「んー……まあまあ? 凛の役ってさ、感情をあんまり見せないで全部伝えなきゃいけないから……けっこう繊細なんだよね」
「……でも、みつばならできると思ってる。そういう役、ちゃんと伝えられる人だと思って書いたから」
みつばは驚いたように目を見開いたあと、少しだけ照れたように笑った。
「……それ、褒めすぎじゃない?」
「本音だよ」
二人の間に自然な笑いが生まれる。
“顔の見えない教室”――
けれど今、少しずつ顔が見えてきている気がした。
陽真はそのまま、教室の中心に戻っていく。
準備はまだまだこれからだけれど、確かな熱と、動きがそこにはあった。




