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役割と名前、物語の幕開け

 昼休み。2年C組の教室には、笑い声と雑談が飛び交っていた。


 教室の後ろ、黒板には数日前から貼り出された紙がある。


【文化祭動画制作・決定配役】

・凛役:一ノ瀬みつば

・主人公役:村上真哉

・ナレーション:南條美佳

・映像編集:東雲拓海

・音響:佐伯夏目

・演出補佐:真鍋怜央

・演出・脚本:春川陽真


 その横に、今日新たな一枚が加わった。


【追加キャスト・班分けについて】

――本日放課後、決定会を行います――


「ねえこれってさ、結構ちゃんと決める感じじゃない? オーディションとかは、ないよね?」


「凛役みつばは納得だけど、主人公が真哉ってちょっと意外だったな」


「でもさ、真哉って意外と演技うまいらしいよ。バスケ部なのに文化祭もとか、マジ器用すぎ」


 そんな声が教室内を流れるなか、陽真は自分の机で原稿用紙のメモを広げていた。みつばに渡した初稿の台本を手直ししながら、言葉の呼吸をひとつひとつ確かめていく。


 そのとき、不意に肩に軽く手が乗せられた。


「春川、ちょっとこっち来てー」


 無造作なマッシュヘアに片耳イヤホン、グレーのパーカーの上から制服ジャケットを羽織る東雲拓海だった。眠たげな目元にはいつもの隈。


「どうかした?」


「班分けの資料、印刷室に忘れてきたっぽい。俺、取りに行ってくるから、代わりに放送部に機材借りる申請、頼んでもいい?」


「……俺、そういう交渉ごと苦手なんだけど」


「でしょ? だから南條さんも一緒に行ってくれるって。俺が行ったら絶対噛むし、丁寧語も苦手だからさ」


 苦笑しつつも、拓海の準備への抜け目なさを感じて、陽真は小さくうなずいた。


「わかった。申請だけなら、なんとかなる」


 拓海は指でOKサインを作ってから、小走りで教室を出ていった。


 その背中を見送りつつ、陽真も席を立つ。


 ──放課後。


 教室の黒板前には、新しく「班分け候補表」が貼り出されていた。


【文化祭動画制作・作業班案】

・衣装・小道具班

・撮影班

・広報・ポスター班

・舞台美術・設営班

・メイキング班


「各班の希望、前に出て発表してくださーい! 配役関係なく、誰でも希望OKです!」


 号令をかけたのは、全体の班調整を任された佐伯夏目。長身でボーイッシュな雰囲気を持つ女子で、髪はひとつにまとめ、キリッとした口調でメモを取りながら指示を出していく。


「衣装班に立候補しまーす。みつばの衣装、ちゃんとこだわって作りたい!」


 真っ先に名乗りを上げたのは桃井千花。オリーブブラウンのふんわりした髪に、明るい笑顔が印象的な女子。


「メイキング班なら動画編集の練習になるし……俺、やってみたいかも」


 花岡智樹が、恥ずかしそうに手を挙げる。痩せ型のメガネ男子で、文化祭をきっかけに少しずつ前に出てくるようになった生徒のひとりだった。


 教室前では、班希望を出す声が次々と続き、活気が広がっていく。


 その光景を、陽真は少し離れた場所から見つめていた。手元には調整中の台本と、舞台進行のメモ。


「……お前はどの班にするんだ?」


 ふいに声をかけてきたのは、村上真哉だった。


 短髪でスポーツマン体型、バスケ部らしいラフな制服の着こなし。それでいて、どこか頼れる空気がある。


「脚本と演出でいっぱいいっぱいだし……俺は裏方に専念するよ」


「だろうな。……でもさ、“顔の見えない教室”ってタイトル、深そうだよな」


「……物語の中で意味が分かるようにしてあるつもり。見る人が、それぞれ何かを感じてくれたらいいと思ってる」


 真哉はふっと笑い、陽真の肩を軽く叩いた。


「そういうとこ、お前マジですげーって思う。……本番、頼りにしてるから」


 その一言に、陽真はほんの少しだけ表情を緩めた。


 黒板前では、南條美佳が全体のバランスを調整しており、メンバーの確認を進めていた。


 みつばは数人の女子と衣装案について楽しそうに話している。


 その姿を、陽真は自然と目で追っていた。


 ――顔の見えない教室。


 でも、今こうして、それぞれの名前と役割が埋まっていく。


 たしかに、物語はもう始まっている。


 けれど、それはただの“物語”じゃない。

 誰かの手で、誰かの声で、現実の時間に刻まれていく、クラスの記録。


 その脚本を書いた自分の役目は、たぶん──


 (この物語を、最後まで届けること)


 陽真は静かに息を吸い、胸の奥に決意を宿した。

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