ミスコン推薦、揺れる視線
翌朝。陽真は、登校前に一通の封筒をそっと机の上に置いた。
中には、昨夜じっくりと言葉を選びながら綴った推薦文が入っている。
――推薦者:一ノ瀬みつば。
彼女は、ただ教室にいるだけで、空気が変わる。
明るさも、強さも、誰にでも優しくできるその姿も――全部が“演じていない”のに、なぜか目が離せない。
その自然体の中に、他人には見せない努力と覚悟があると、僕は知っている。
舞台の上に立ったとき、彼女はきっと、何も飾らなくても光ってしまう人だ。
誰かの期待のためじゃなく、誰かに選ばれるためじゃなく、ただ“そこにいる”ことで、誰かの心に残る。
それが、一ノ瀬みつばという存在だと思う。
朝のHR後、文化委員の南條美佳が教壇の前に立つ。
「推薦コメント、全部で五通提出されました。先生にも確認してもらってます」
教室がざわつく。
「推薦は一人につき一通。今回は五人の候補から、クラス代表を二人選びます」
そう言って、美佳は黒板横に紙を貼り出した。
【推薦候補一覧】
一ノ瀬みつば
黒崎クロエ
城之内綺梨
七瀬桜
浅倉芽衣
【推薦コメント(抜粋)】
――一ノ瀬みつば(春川陽真)
彼女は、ただ教室にいるだけで、空気が変わる。
明るさも、強さも、誰にでも優しくできるその姿も――全部が“演じていない”のに、なぜか目が離せない。
その自然体の中に、他人には見せない努力と覚悟があると、僕は知っている。
舞台の上に立ったとき、彼女はきっと、何も飾らなくても光ってしまう人だ。
誰かの期待のためじゃなく、誰かに選ばれるためじゃなく、ただ“そこにいる”ことで、誰かの心に残る。
それが、一ノ瀬みつばという存在だと思う。
――黒崎クロエ(一条陽菜)
静かに歩く人は、静かに誰かを守っているのだと、私は思います。
黒崎さんは、言葉で飾らない。
誰にも見せることなく、誰かのために動いて、
その背中に、強さと優しさが同時に宿っていることに気づく人は、きっと少ない。
強がっているわけじゃない。
誰かに褒められるためでもない。
ただ、当たり前みたいに、そこにいる。
彼女がステージに立つとき、
その静かな意志のようなものが、きっと――
見る人の胸に、柔らかく、けれど消えない光を灯すはずです。
――城之内綺梨
静かな中に不思議な強さを持つ。言葉の選び方が独特で、誰にも似ていない感性がある。ステージで何を見せてくれるのか、すごく興味がある。
――七瀬桜
穏やかで、誰に対しても優しい。大きな声じゃないけど、言葉に温度がある。観ている人の心を癒すような、そんな存在になれると思う。
――浅倉芽衣
天然で明るくて、誰とでも仲良くなれる。飾らない笑顔と元気さで、会場を明るくしてくれそう。彼女がステージで笑っていたら、なんだかこっちも笑っちゃう気がする。
「……春川が書いたやつ、どれだろ」
「文章の雰囲気でバレるでしょ、あれ一択だって」
推薦文の前に集まったクラスメイトたちが、ひそひそと囁き合っている。
陽真は気づかないふりをして、自分の席に戻った。
そのときだった。
「陽真くん」
隣から、少し緊張したような声がする。
振り向くと、そこにいたのは一条陽菜だった。
肩で切り揃えられた黒髪に、清楚な印象の制服。
いつもは目立たないが、どこか凛とした空気をまとった、小柄な女子だ。
「……あの、ちょっとだけ、話してもいい?」
「え? うん、大丈夫」
陽真がうなずくと、陽菜は胸元から小さなメモのような紙を取り出した。
「……私も、書いたの。推薦文」
「推薦文を?」
「うん。名前は出さないって分かってたけど、それでも……誰かに届いたらいいなって思った」
そう言って、彼女は小さく笑った。
けれどその笑みの奥には、ほんの少しの勇気と覚悟がにじんでいた。
「緊張したけど……でも書いてる間は、なんか嬉しかったの。
人のことを真剣に考えるって、こんなに大事だったんだなって」
陽真はその言葉に、静かに頷いた。
「推薦って、ただ褒めるんじゃなくて……
自分がその人をどう見てるかって、向き合うことなんだなって、俺も思ったよ」
「……うん。たぶん、そうだよね」
それきり、陽菜は特に何も言わず、席へ戻っていった。
けれど――
陽真の中には、確かに何かが残っていた。
推薦という行為が、誰かを持ち上げるためじゃなく、
“誰かを見つめる目”を自分の中に持つためのものだと、改めて感じた。
放課後。
投票が終わり、担任の荒木が前に立つ。
「ミスコン代表は――一ノ瀬と、黒崎。以上」
静かに告げられたその言葉に、教室中から拍手が起こった。
みつばは笑顔で前に出て一礼し、クロエは少し驚いた表情を浮かべながらも、淡く会釈を返した。
帰り際、美佳が陽真の机に立ち寄る。
「春川くん、ありがとう。……やっぱり、すごくいい推薦文だったよ」
「そう?」
「うん。あと、陽菜ちゃんのもね――伝わってたよ。ちゃんと、みんなに」
陽真は振り返り、席へ戻る陽菜の後ろ姿をそっと見送った。
推薦。
それは言葉で誰かを選ぶことであり、言葉で自分の想いを知ることでもある。
陽真の心には、どこかくすぐったい余韻が残っていた。
“書いた言葉”で誰かが動く。たった一枚の紙でも、何かが変わる




