推薦文を託された昼休み
朝のホームルーム。担任の荒木理子が、いつものクールな表情で教壇に立っていた。
「文化祭で“ミスコン”を実施する。各クラスから最大二名まで出場可能。立候補・推薦、いずれも可。推薦文は一名につき一通。提出は文化委員がまとめて担任に提出すること。明日のLHRで代表を決定するから、それまでに準備を済ませておくように」
告げられた瞬間、教室の空気がざわつく。
「ミスコンって、今年もやるんだ……!」
「推薦ってことは……誰かの名前書くのか?」
「え、誰が誰を推すの……? 人間関係詰む未来が見える……」
冗談交じりの声が飛び交う中、どこか不安げな沈黙も混じっていた。
荒木はそれ以上の説明も反応もなく、次の連絡事項へと淡々と移っていった。
――そして昼休み。
春川陽真は教室の隅の自席で、パンをかじりながらノートを開いていた。
文化祭動画の脚本。
書きかけのセリフを何度も読み返し、言葉を削ったり付け足したりしているが、思うように繋がってくれない。
言葉がにじんで、曖昧になる。
そんなときだった。
「春川くん、今ちょっとだけいい?」
ふいに声をかけてきたのは、南條美佳だった。
ゆるく巻いた髪と、ふわりとした雰囲気。
彼女の手には、“推薦コメント用紙”と書かれた封筒が握られている。
「これ……お願いしたいことがあって」
「推薦コメント?」
封筒を見つめながら問い返すと、美佳は小さくうなずいた。
「うん。みつばちゃんを推薦したいって声、けっこう出てて。でもみんな“書くのはムリ”って……」
「……ああ」
「先生に出すのは私がまとめるけど、中身は誰かにお願いしてって言われてて……。
春川くんなら、台本も書いてるし、ちゃんと“言葉にできる”と思ったの」
陽真は少し驚いたように、美佳の顔を見つめた。
彼女の目は、穏やかだけどどこかまっすぐだった。
「……俺に?」
「無理なら断ってくれていいよ。でも……私、春川くんにしか頼めないなって、思ったから」
その一言に、陽真は小さく息をのんだ。
――推薦文。
一ノ瀬みつばという存在を、自分の言葉で誰かに伝えること。
それは、小説や脚本の登場人物として“描く”こととは、まるで違う重みを持っていた。
「……やってみるよ」
そう返すと、美佳はふわっと笑って、封筒を差し出した。
「ありがとう。明日の朝までに、机の上に置いてくれればいいから」
「……わかった」
封筒を受け取った陽真は、しばらくその重さを確かめるように見つめていた。
美佳は軽やかに踵を返し、自席へ戻っていく。
教室の喧騒が戻る中、陽真は再び視線を落とした。
一ノ瀬みつばの“魅力”を、誰かに伝える――。
現実の彼女を、“言葉”で形づくる。
それは、ただの推薦文というには、あまりにも大きな意味を持っている気がした。
一ノ瀬みつば。
その名前が、胸の奥でゆっくりと響きはじめる。
気づけば、陽真はノートの余白に、そっと彼女の名前を書いていた。




