文化祭動画、キャスティング会議
LHRの時間、担任の荒木先生が教壇に立つと、教室のざわつきがぴたりと静まった。
「今日は文化祭の動画制作に向けて、正式にキャスティングを決めていきます」
その言葉に、空気が少し張り詰める。
春川陽真は、軽く視線を伏せながらノートを閉じた。
その隣では、みつばが提出された台本を再び読み返している。
すでにクラス内では、一度回覧されていた陽真の脚本。
タイトルは――『顔の見えない教室』。
主人公は、教室に居場所を見つけられず、周囲と距離を置いている男子生徒。
ヒロインは、そんな彼に気づいて、言葉をかけるクラスの“顔”とも言える少女。
「なあ、この“凛”ってキャラ、一ノ瀬っぽくね?」
誰かが前列でそうつぶやくと、数人が頷いた。
「見た目もセリフ回しも、それっぽい感じある」
「てかこれ、絶対誰かをモデルにして書いてるよな?」
陽真は内心、慌てて首を横に振る。
(違う。違うけど……完全に違うとも、言い切れない)
その視線に気づいたのか、みつばがふと顔を上げる。
何かを探るように陽真の目をじっと見て、そして微笑んだ。
「……やってもいいよ? その、“凛”って役」
一拍の静寂のあと、周囲がどよめいた。
「マジで? 一ノ瀬がやってくれるの?」
「だって、私に合ってるって話なんでしょ? なら、悪くないかなって」
さらっと笑うみつばの表情に、ほんの少しだけ揺れる決意のようなものがにじんでいた。
陽真はその笑顔を見ながら、心の奥がざわつくのを感じた。
彼女のなかに、以前“あのとき”言っていた揺れ――「見透かされた気がして、ドキッとした」あの言葉がよぎる。
「じゃあ、凛役は一ノ瀬で決定ね」
荒木先生が手元の配役表に一ノ瀬の名前を書き入れ、黒板にもその名を記す。
クラスに拍手が起こる。
「主人公役、誰がいい? これ、結構難しいよな……」
数人が名前を挙げ始めたとき、村上真哉が手を挙げた。
「……俺、やってみてもいい?」
一瞬、周囲が驚く。
「えっ、マジで?」
「真哉が主人公!? いや、似合うかもだけど……演技ってタイプじゃなくない?」
本人は少し照れたように笑いながらも、まっすぐ前を見据えていた。
「陽真の台本読んで、“この役、俺がやりたい”って思った。……演技なんてやったことないけど、それでも動かされたんだ」
その言葉に、教室がしんと静まり返る。
「……真哉なら、絶対いい演技すると思う」
ぽつりと、みつばが言った。
「じゃあ決まりだね。主人公役、村上真哉!」
また、ひときわ大きな拍手が起こった。
「ナレーションどうする? 落ち着いた声がいいけど」
「南條とか向いてるんじゃね?」
「えっ、私? ……うーん、声だけなら……がんばってみようかな」
「おお~! じゃあ南條美佳、ナレーション!」
次々と決まっていく配役の中で、東雲拓海が手を挙げる。
「俺、映像編集やりたい。演技より、構成とか仕上げの方が向いてるって自分でも思うし。頼りにしてくれ!」
「心強いな! じゃあ編集は拓海!」
「音響、私がやってみようか?」
控えめに声をあげたのは、佐伯夏目。普段はあまり目立たないが、細やかさには定評がある。
「夏目さんがやるなら安心だわ。音響は佐伯さんで!」
「演出補佐、俺やっていい?」
真鍋怜央がさらりと申し出ると、荒木先生が笑顔で頷いた。
「じゃあ、春川くんは脚本と……もちろん演出もお願いね」
「えっ、俺が……演出も……?」
「当然よ。ここまでクラス全体を動かしたのは、あなたの台本だったんだから」
陽真は驚きつつも、ゆっくりと頷いた。
その横で、みつばが小さく囁く。
「ちゃんと見てるよ、“春川くんの物語”。楽しみにしてるから」
「……ありがとう」
それだけの言葉が、胸の奥にじんわりと染み込んでいく。
放課後。
教室後方の黒板に、新たに貼り出された配役表を、何人かの生徒が囲んでいた。
【文化祭動画制作 配役・担当一覧】
凛役:一ノ瀬みつば
主人公役:村上真哉
ナレーション:南條美佳
映像編集:東雲拓海
音響:佐伯夏目
演出補佐:真鍋怜央
脚本・演出:春川陽真
「文化祭、ちょっと本気出したくなってきたな」
「こういうの、みんなでやるのって初めてだ」
陽真は少し離れた位置から、その光景を見守っていた。
(俺の台本が、みんなの中で動いてる――)
その実感が、静かに胸を満たしていく。
配役表に記された自分の名前を見ながら、陽真はそっと息を吸った。
(この物語、俺がちゃんと、最後まで届けよう)
彼はまだ知らなかった。
この動画制作をきっかけに、教室の人間関係が、静かに、そして大きく動き出していくことを――。




