動き始めた三角関係?
翌朝の教室。
陽真がいつものように早く登校すると、先客がひとりだけいた。
一ノ瀬みつばだった。
隣の席でスマホを操作していた彼女は、気配に気づいて顔を上げる。
「おはよ、春川くん。……今日は早いね」
「うん、ちょっと早く目が覚めちゃって」
いつものような挨拶なのに、どこかぎこちない沈黙が落ちた。
みつばの笑顔に、かすかに滲む張りつめたもの。
陽真は視線を外しかけた、そのとき。
「昨日、美佳ちゃんと……帰ってたんだね」
何気ない口調に隠された一言が、空気の温度を変えた。
「……あ、うん。駅まで、ちょっとだけ」
「そっか」
みつばはそれ以上言わず、スマホを伏せた。けれど、彼女の指先は微かに力を込めていた。
始業チャイムが鳴り、賑やかな声が教室に満ちていく。
一限目は国語。小野先生の穏やかな声が詩の構造を解きほぐす中、陽真はつい前の席に視線を向けていた。
南條美佳が、ふとこちらを振り返って小さく笑う。
そして、休み時間。
「春川くんってさ、台本もう完成しそう?」
「うん、あとちょっとだけ」
「楽しみにしてる。春川くんの“セリフ”って、言葉にして響く感じがするんだよね」
美佳のその声は真っ直ぐで、陽真は返す言葉に困って目を伏せた。
そのやりとりを、後ろの席から静かに見ていたみつばが、机を立った。
そして、あくまで自然に振る舞いながら、陽真の横に立つ。
「春川くん。次の時間のプリント、先生に提出って言ってたよ」
「あ、うん。ありがと」
声色はいつも通り。でも、目が――笑っていなかった。
彼女が離れたあと、美佳が小さく口にする。
「……なんか、私、余計なことしちゃった?」
「え? そんなことないよ」
「……そう。なら、いいけど」
そう言いながらも、彼女のまなざしは、どこか遠くを見ていた。
昼休み。
陽真は弁当を開き、いつものように黙って箸をつけていた。
「春川くん、それお弁当?」
前の席の美佳が、椅子をくるりと回して声をかける。
「うん。」
「私も今日、自分で詰めたんだ。“前後の席コンビ”ってことで、一緒に食べよ?」
「……前後の席コンビ?」
「ふふ、いいじゃん、そういうの。ちょっと青春っぽくてさ」
陽真は肩をすくめて、苦笑しながらも頷いた。
机を合わせるわけでもなく、互いに向き合うでもないけれど、背中越しの“昼ごはん”は思ったより自然だった。
けれど――その様子を、隣の席からみつばが黙って見つめていた。
箸を動かすふりをしながら、目線だけを少し落とす。
口には出さない。表情も変えない。
でも、胸の奥では、静かに波が立っていた。
(……私、春川くんのこと、“隣の席のクラスメイト”以上に見てるんだ)
ミスティとして送った言葉。
最高裁番長として、返ってきた想い。
けれど、今、春川陽真は“春川陽真”として、誰かと距離を近づけようとしている。
(バレたら、終わるんじゃなくて……)
(……ちゃんと、私として向き合えるのかな)
そう思った瞬間、みつばは手のひらがかすかに震えていることに気づいた。
息を吸う。飲み込む。
そして、そっと前を向いた。
まだ言えない。まだ、言わない。
けれど、静かに――心の輪郭が、変わりはじめていた。




