知らない誰かが書いた自分
昼休みの教室が、いつもよりほんの少しだけ熱を帯びていた。
きっかけは――陽真が提出した、文化祭の動画用台本。その草稿と、仮の配役表だった。
「え、ちょっとこれ……俺!?」
最初に声を上げたのは、バスケ部の村上真哉。
彼の席のまわりに、数人のクラスメイトが集まっていた。
「“口が悪くてガサツだけど、絶対に仲間を裏切らない”って、……なにこれ、ど真ん中すぎてびっくりしたんだけど」
「ほんとに真哉だな、それ」
東雲拓海が吹き出しながら振り返る。
そのすぐ後ろから、南條美佳も覗き込んできた。
「この“妄想家だけど、発想力は誰にも負けない”ってキャラ……拓海じゃん」
「うわ、俺、キャラになってんの!? てかそれ、褒められてるのかバカにされてんのかわかんねぇな……!」
わっと笑いが広がった。
「でもすごいな、これ。ちゃんとクラスのこと見てないと、こうは書けないよね」
「普段、あんま喋らないのに……春川、天才か?」
「ギャップ萌えってやつかも」
陽真は自分の席で、視線をノートに落としたまま、小さく肩をすぼめていた。
(……嬉しいけど、ちょっとだけ、くすぐったい)
けれど、その“くすぐったさ”が、不思議と心地よかった。
自分の言葉が、誰かの中にちゃんと届いている。
そんな実感が、静かに胸の奥で広がっていく。
ふと、背後から声がした。
「……春川くん、すごいね」
振り返ると、そこには一ノ瀬みつばがいた。
声は穏やかだったが、その目は、どこか真剣だった。
「私の役も、読んだよ。“明るくふるまうけど、本音は誰にも言えない”ってキャラ。……あれ、ちょっとだけ、私に似てるかもって思った」
「えっ、それは……別に、誰かをモデルにしたとかじゃなくて……」
陽真は慌てて否定しかけるが、みつばは首を横に振って笑う。
「大丈夫。そういうつもりじゃないのは分かってる。……でも、ちょっとだけ、“見透かされた気がして”ドキッとしただけ」
軽く笑っているのに、その言葉の奥には、かすかな震えがあった。
陽真は返す言葉を見つけられずに、ただ視線を落とす。
それでも、みつばは続けた。
「春川くんの書く言葉って、不思議だね。……静かに届くのに、心の奥で響く」
その一言は、これまで誰にも言われたことがなかった。
陽真は小さく息を吸って、顔を上げた。
「……ありがと。そう言ってもらえると、ちょっと救われる」
教室のざわめきが、すっと遠のくような感覚だった。
自分の書いたものが、誰かの気持ちに“残る”こと。
それが、こんなにも嬉しいなんて知らなかった。
放課後――
机を囲んでいた数人の生徒が、荷物をまとめながら出ていくなかで、佐伯夏目が配役表を手に残っていた。
「配役、だいたい決まったら教えて。全体での打ち合わせ、来週から始めるって」
その横で、拓海が陽真のところへ歩いてくる。
「なあ、春川」
「うん?」
「……マジで、すげーよ、お前」
真剣な目だった。
「俺、正直“台本なんて誰でも書けるだろ”って思ってた。でもな、これ読んで……“この役、俺がやりたい”って思ったんだよ。こんなの初めて」
陽真は言葉を失った。
拓海は続ける。
「演技とかは苦手だけど、構成とか、進行とか、裏方でサポートするのは得意だからさ。最後まで頼むな、相棒」
「……うん、ありがとう」
その言葉に、迷いはなかった。
帰り支度をしながら、陽真はふと窓の外を見た。
放課後の光が、教室を柔らかく照らしていた。
(……誰かを描いてきたけど、今は、自分自身が“描かれている”のかもしれない)
そんなことを思いながら、そっとノートを閉じた。
この物語は、まだ“書きかけ”。
でも今は、それでいいと思えた。




