台本に描いたクラスの顔
帰宅後、春川陽真はリュックからノートを取り出し、机の上に広げた。
動画企画の台本を書く――その流れが決まったのは、ほんの数時間前のことだ。
ノートの片隅には、LHRで飛び交ったアイデアが走り書きされている。
ゾンビ、学園コメディ、すれ違う友情。
まだテーマは定まらない。だが、何となく“このクラスらしさ”は掴めてきた気がした。
(誰が見ても、「ああ、これって二年C組だよな」って思える話にしたい)
そう思いながら、陽真はペンを握る。
まず浮かんだのは、村上真哉の顔だった。
無鉄砲でまっすぐ、でもどこか憎めない。そんな彼なら、感情をまるごとぶつけられる相棒役が似合いそうだ。
(セリフは短く、勢いで押すタイプ。けど、いざって時に裏切らないやつ)
次に浮かぶのは、東雲拓海。
発想がとっぴで、いつもテンションが高くて、でもちょっと空回り気味なムードメーカー。
(この子には、想像力で暴走する“お調子者ポジ”を任せよう)
ページはどんどん埋まっていく。
陽真の手は止まらなかった。
授業中の何気ないやり取り、放課後の笑い声、何気ない昼休みの会話――
それぞれが確かに“この教室”の一員だった。
誰かの言葉や笑顔を思い出しながら、陽真は書いた。初めて、“自分のため”ではなく“誰かのため”に。
「……不思議だな。こんなに自然に、書けるなんて」
声に出したとき、自分でも少しだけ笑ってしまった。
翌朝、陽真は少し早く登校し、誰もいない教室で机に向かっていた。
ノートを開き、ペンを走らせる。静かな時間が心地よかった。
しばらくして、教室の扉が開く。
「おはよー……って、早っ! 春川くん、もう来てたの?」
眠たげな顔で入ってきたのは、南條美佳だった。ピンで留めた前髪の隙間から、柔らかな目元がのぞく。
「うん。昨日の続き、ちょっとね」
「真面目だなぁ。私、LHR終わったあと、アイス食べに行っちゃった」
「アイス?」
「限定フレーバー。ほら、写真あるよ。見て見て!」
スマホを差し出す美佳に、陽真は小さく笑って頷いた。画面には、くるくるのピンク色が可愛いソフトクリーム。
「……春川くんってさ、ちゃんと話すと普通に優しいよね」
「え?」
「最初、ちょっと話しかけづらい人なのかなって思ってた。でも、そうでもなかった」
陽真は少し視線を下げて、小さく返す。
「……人と話すの、苦手なだけだよ。避けてるわけじゃない」
「うん、わかる。……なんか、ミスティっぽいよね」
不意に出たその言葉に、陽真のペンが止まる。
「え?」
「あ、変な意味じゃなくて! ミスティってさ、配信では明るいけど、時々ふっと本音みたいなセリフ入れてくるじゃん。“誰かにちゃんと届けばいい”って。……春川くんの言葉にも、ちょっと似た雰囲気あるなって思っただけ」
「……そうかな」
何も知らないはずの彼女の言葉が、思いのほか胸に響いた。
美佳の笑顔が残る空気の中、静かにチャイムが鳴る。
数分後、みつばが教室に入ってきた。軽やかに髪をかきあげて「おはよ」と微笑む。けれど陽真の心は、少しだけ揺れていた。
(みんな、本当に何も知らないのかな)
机の上には、書きかけのノートが一冊。
その中には、春川陽真が初めて“クラスメイト”を主役に据えた物語が、確かに生まれ始めていた。




