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君に知られたくない、君に気づいてほしい

 図書室のドアを閉めたとたん、胸の奥に押し込んでいた何かが、ふっと浮かび上がった。


 春川くんの隣にいると、心が静かになる。

 でも、その“静けさ”が、今日は少しだけ苦しかった。


 ――『桜の下で名前を呼んだ』。

 初稿を読んだ夜のことを思い出す。


 優しくて、澄んでいて、どこか寂しい。

 その余白のすべてが、自分の心のかたちにぴたりと重なった。


 作者は、“最高裁番長”。


 最初は、ただ文章が好きだった。

 でもある日、配信に来た名前を見て、その語り方に耳を傾けて――

 偶然にしては、あまりに言葉の選び方が似ていた。


(まさか、ね)


 そう思ったくせに、気づけば目で追ってしまっていた。

 クラスの隅、いつも静かに座っている春川陽真を。


 DMでの言葉が優しかった。

 まっすぐで、ていねいで、どこまでも“本物”だった。


『誰かの心に届くなら、それだけで、僕は書く意味があると思っています』


 その“誰か”に、自分も含まれていたら。

 そう思った瞬間、胸の奥が熱くなって、泣きそうになった。


 でも。


 私は、春川くんに何も言っていない。

 自分が“ミスティ”だということも、彼が“最高裁番長”かもしれないという疑いも――

 すべて、胸にしまったままだ。


 言ってしまえば、何かが壊れる気がする。

 でも、言わなければ、このまま、何も始まらない気もする。


(知られたくない。でも……気づいてほしい)


 そんな矛盾の間に立ったまま、私は今日も“知らないふり”を続けている。


 廊下の突き当たり、窓際に立ち止まって、スマホを開いた。


 DMには、あの人――“最高裁番長”からのメッセージ。


『“すれ違い”が、ほんの少しでも繋がる物語なら、僕も書いてみたいと思います』


 優しいな、やっぱり。

 無理に感情を押しつけない。

 それでいて、ちゃんと誰かの心に届こうとする言葉。


 私は、こういう言葉に何度も救われてきた。

 だから、“誰かを救える言葉”を届けたくて、配信を始めたんだ。


 でも、現実の私は。


 流行の服を着て、にこにこ笑って、

 “誰にでも優しい子”だと勘違いされながら、何も言えないでいる。


(……ミスティも、私も。あまり変わらないかもしれない)


 画面を閉じて、小さく息を吐いた。


(このまま黙ってるのが、いちばん安全だよね)


 それでも。

 心のどこかでは、ずっと願っている。


(気づいて、春川くん)


(私のことじゃなくていい。――でも、“この言葉の奥にある私”に)


 図書室では、きっと今も彼が言葉と向き合っている。


 ドアの前まで戻ってきて、手をかけかけたところで――私は、やめた。

 くるりと踵を返す。


 今日は、戻れない。

 言葉がまとまらない。

 伝えたいことが多すぎて、まだ、声にできそうになかった。


 でも、もし。

 彼が、私の名前を呼んでくれたら。

 ただの“クラスメイト”じゃなくなる日が来たなら。


 そのときは、私もちゃんと、自分の言葉で応えたい。


 まだ、それは声にならない。

 けれど、いつかきっと。


 ――この気持ちに、名前がつく日が来ると、私は信じている。

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