推しからのメッセージ
ミスティの配信が終わった夜。
画面は閉じたはずなのに、陽真の耳にはまだ、あの声が残っていた。
“選ぶということ”。
何でもないように聞こえる言葉だった。
けれどそのひとつひとつが、まるで心の奥をなぞるように響いていた。
(……ほんと、ずるいな)
彼女の声には、なぜかあの子の面影が重なることがある。
教室でふと話しかけられたときの、あのやわらかいトーン。
「春川くんって、言葉を大事にしそうだよね」
ふとしたときに思い出すのは、そんな何気ない一言だった。
言葉。
伝えること。
届くということ。
画面の中と、日常の教室。
混ざらないはずの世界が、ゆっくりと滲み合っていく。
そのときだった。
通知音が鳴った。
(え……?)
反射的にモニターへ視線を戻す。
画面右下に浮かんだのは、ひとつのメッセージ通知。
送り主は、“Misty_official”。
(……嘘だろ)
陽真の心臓が跳ねた。
息を詰めながらクリックする。
震える指先で開いたメッセージには、こう書かれていた。
『最高裁番長さんへ』
『こんばんは。突然ごめんなさい。
ずっと、お礼を言いたかったんです』
『私はVTuberとして“ミスティ”という名前で活動しています。
そして、あなたの作品――“ミステイク”の大ファンです』
『初めて読んだ日、言葉が胸に刺さって、どうしようもなくなりました。
その夜、配信で言葉を借りてしまいました。……ごめんなさい。
でも、それくらい本当に、大切な小説だったんです』
『いつか直接伝えたいって思ってて、でもずっと迷ってました』
『今、私は“ドラマ形式の配信企画”を立ち上げようとしています。
もしよければ、その台本を――あなたにお願いできないかと思ってます』
『もちろん、匿名のままで大丈夫です。
正体も伏せたままで構いません。』
『あなたの言葉は、私だけじゃなく、たくさんの人の心に届いていると思います。』
『突然こんなことをお願いして、本当にごめんなさい。
でも……それでも、あなたに伝えたかった。』
『――ミスティより』
陽真は、目を疑った。
(……今の、俺に? 本当に?)
頭の中が真っ白になる。
画面の中には、あの“推し”のアイコンが静かに笑っていた。
けれど、それが次の瞬間――別の誰かの顔に重なって見えた。
教室で笑っていた、あの横顔。
言葉を真っ直ぐ受け取ってくれた、あの瞳。
(まさか……)
今まで何度も否定してきた。
けれど、こうして繋がっていく線が、だんだんと形を持ち始めている。
(……みつばなのか? 本当に?)
思考が迷路のように渦巻く。
けれど、どこかでわかっていたのかもしれない。
声の調子、言葉の選び方、間の取り方――全部が“あの子”を連れてくる。
でも、それでも確信は持てない。
なにひとつ、証拠はない。
なのに。
(もし……もし、みつばが“ミスティ”だったら?)
このメッセージは、“推し”からではなく、“あの子”からの手紙になる。
そう考えた瞬間、喉がひりつくように乾いた。
(怖い。けど、逃げたくない)
陽真は、ゆっくりと深く息を吸った。
画面には、返信ボタンが光っている。
正体は知られたくない。
でも、もう“言葉”は届いてしまった。
だったら――。
(俺も、ちゃんと返したい)
名前も、顔も、声すらも、知らないふりをしたまま。
それでも、心を預けることはできるはずだ。
陽真は、マウスを握る手に力を込めた。
そして、画面に浮かぶ“返信”の文字に、そっと指を重ねた。




