追体験は誰のモノ
揺れるカーテンに手を伸ばす。
ひんやりした風が心地いい。緑のカーテンに、水色の風。
しかしベッドに横たわったままじゃ到底届かず、腕をだらんと脱力し、投げ出す。
葵湊は今、自分との戦いの中にいた。
「依存性」
たった3文字のこの現象に の人生は手綱を握られている。
握られていた、という表現が正しいかもしれない。
風のにおいなんて味わっていられるのは、
少しばかりその3文字に勝てそうな場所まで逃げ果せて来たからである。
港は2時間前、午前中まで白い箱の中にいた。
「精神科病棟」
いわゆる心の調子を崩した人が集中的に治療に専念する為入る病院のことだ。
港も漏れなく崩していた。そして崩しかけていたのだ、人生の中のあらゆるものを。
まるで波の強い日、砂浜の貝殻が形を崩すように。
粉々になりもう元に戻らないものも中にはある。
しかしその日々を耐え抜き、順応し、熟し、
自宅へ帰ってきたのだ。
ガラスは波に揉まれるとむしろ角が取れ、丸くなる。
今の港もまた同じだった。
だから少し鼻高々なのだ。自分に勝てそうだから。
"自分に勝つ"
そもそも勝つも負けるもそういうのは相手が居てこそ成立する現象であるはずだ。
今までだって負けてきたという感触はある。
じゃあなんなんだ、自分はもうひとりいると言うのか。
むしろ負けている時なんて支配してくる感覚だ、もう1人の自分が。
また、のまれる日もあるのだろうか。
その自分は、一体どんな姿形をしているというのか。
自分と似ているんだろうな…そんなことを考えているとどうやら眠りについていたみたいだ。