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第六話 ごほうび

「おつかれさまでした……」

「ああ、おつかれさま……」


 アレイクミの街にある、宿屋。その一階は酒場となっている。

 目の前にずらりと並んだ料理を前に、二人はお互いの苦労をねぎらった。

 

 

 あれから大変だった。

 魔族ロウムーワを倒した後。ブレドナートはすっかり疲弊していた。その疲労は重く、プリフィエールの回復魔法では完全に回復するには至らなかった。それでも、立って歩ける程度には回復した。

 

 ブレドナートには馬車の荷台で休んでもらい、プリフィエールが馬車を駆り、ひとまず二人の暮らすリバーワの町へと向かった。

 リバーワに着くと、今回起きたことの概要と、瘴気の像を浄化できる上位聖女の依頼を手紙にまとめた。そして、その手紙をアレイクミの街にある、教会騎士団支部に届けるよう早馬を手配した。

 

 小休止の後、二人は再び馬車に乗り、アレイクミの街へと向かった。今回のことは手紙の報告だけで済む話ではなかった。また、魔族が再び襲ってくる可能性も考えられる。アレイクミの街にある教会騎士団の支部で保護してもらう必要があった。

 

 回復魔法で馬を回復させながら馬車をとばしたが、それでも、アレイクミの街に着いたとき、既に夜も更けていた。教会騎士団の支部もこの時間は開いていなかった。

 ひとまずその晩は宿をとることにした。深夜だったので宿屋の主人から渋い顔をされたが、割増料金を払ってどうにか一晩の寝床にありつけた。

 

 翌朝すぐに、教会騎士団支部に向かった。事前に送った手紙は無事届いており、すぐにアレイクミの街の教会騎士団長とすぐに面会の機会を持てた。

 まずはマーシュマの村へ上位聖女を派遣すること、避難した村人を支援するようお願いした。

 教会騎士団は既に準備を進めてくれていた。明日には支援物資と共に、教会騎士の小隊が出発する見込みとのことだった。

 

 そのあとはマーシュマの村での出来事について、細かな報告をすることになった。騎士団の調査担当に質問を受けながら、事細かに語った。

 村人たちの避難場所の状況。瘴気に侵されていた患者の症状と数。プリフィエールの浄化スキルで瘴気を浄化した様子などなど、すべて説明した。

 

 プリフィエールの浄化スキルについては、実演してその効果を試した。

 ブレドナートは心配しているようだったが、一度限界近くまで使ったおかげか、問題なく制御することができた。浄化の光を纏った状態のプリフィエールは、接触することでランクAの浄化魔法と同等の力を発揮することがわかった。単発の浄化魔法と違い、触れる限り持続的に浄化できるという強力な特性を持っていることがわかった。

  

 その後は魔族ロウムーワについて報告をした。魔族ロウムーワの身体は残らなかったが、残した杖はかなり上等で、特殊な魔力が籠められたものだった。遺留品があったので話が早かった。


 魔族ロウムーワは以前から教会騎士団でも追っていた危険な魔族だった。だが、単独での行動が多く、プリフィエール達のことが他の魔族に伝わっている可能性は低いとのことだった。本人も言っていたように、仲間はあまり話を聞いてくれなかったらしい。

 当面、魔族の再襲撃については心配する必要はなさそうだった。

 

 村を救ったこと、そして魔族を討伐したことで報酬も出ることになった。プリフィエールは報酬を個人ではなく診療所の運営資金にまわしてもらうことにした。いつも診療所はカツカツなのである。

 ブレドナートは自分の報酬も診療所にまわすよう申し出たが、それはプリフィエールが止めた。報酬は十分多額だった。村を救ったのはプリフィエールの力が大きいが、魔族ロウムーワを倒したのはブレドナートだ。報酬はきちんと分けるべきだとプリフィエールが主張して、最終的にはブレドナートが折れた。

 

 報告の後は雑多な手続きがあった。

 それらすべてが終わった後、プリフィエールとブレドナートは宿に戻り、少し遅めの夕食を摂ることにした。

 ようやく、全てが一段落ついたのである。




「いろいろありましたけど、マーシュマの村の人たちを助けることもできましたし、わたしたちも無事でした。結果としては万々歳ですね」

「ああまったくだ。俺にとっては色々なことの元凶だった、あの魔族を倒せたことも大きかった。あいつめ……本当にロクデナシだったな」

「ところで、ブレドナート様。ひとつお聞きしたいのですが」

「なんだ?」

「ブレドナート様は、聖騎士なのでしょうか?」


 魔族ロウムーワとの戦いの後。ブレドナートは倒れてしまった。そのあとはいろいろなことがあったので、すっかり聞きそびれてしまった。

 ブレドナートの使った『神域接続』。あれは聖騎士か上位の聖女にしか不可能な、教会でも最高位の絶技だ。

 ブレドナートはこれまで「騎士」と名乗ってきた。『神域接続』が使える騎士など聞いたことがない。身分を偽っていたのだろうか。

 一段落ついたところで、プリフィエールはどうにもそれが気になってきたのだ。

 ブレドナートは辺りを見回した。

 

「ここではまずい。あとで、部屋に来てくれ」

「わかりました」


 話はいったん打ち切り、あとは食事を楽しむことにした。



 夜も更けたころ、プリフィエールはブレドナートのいる宿屋の一室までやってきた。

 聖女が夜に騎士を訪ねてくるなんて、昔読んだ恋愛小説のようなシチュエーションだった。もっとも、一か月以上も同居生活をしてきたので、特にどうとも思わなかった。

 宿をとるときもうっかり二人一部屋で部屋を取ってしまいそうになったぐらいである。さすがに直前で気づいてやめた。

 

「まあ、座ってくれ」


 ブレドナートが部屋に備え付けられた椅子に腰かけた。椅子は一つしかなかったので、プリフィエールはベッドに腰掛けた。


「まず、最初に言っておこう。俺は聖騎士じゃない。正確には、なりそこないってところだな」

「なりそこない……?」

「俺は剣の扱いには自信があった。聖騎士の候補として選ばれ、訓練を受けた。その過程で『神域接続』も使えるようになった。だが俺は、最終的に聖騎士までは至れなかった。そもそも、『神域接続』の本来の使い方は違うんだ。女神さまから授かった力を剣や鎧にまとわせるんだ。力そのものを剣にするなんて、体力を浪費してしまうばかりだ。でも、俺にはそういう使い方しかできなかった。だから俺は『なりそこない』なんだ」

「そうでしたか……」


 ブレドナートは『なりそこない』と謙遜するが、プリフィエールからすれば立派なものだと思う。

 『神域接続』は、高い能力と強い女神への信仰心なくては実現できない。プリフィエールにはとても無理で、見るのすら初めてだった。魔族ロウムーワを倒した威力も本物だ。

 だからこそ、プリフィエールの疑問は尽きなかった。

 

「ブレドナート様ほどの騎士が、どうしてわたしなんかのところに護衛に来たのですか? ただの一般聖女に過ぎないわたしのところに、それも浄化スキルがランクXになった翌日すぐに来るなんて、普通だったら考えられないことです」

「それは……」

「やっぱり、何か理由があるのですね」


 言い淀むブレドナートに、プリフィエールは確信を強めた。やはりなにかあるのだ。その理由について、彼女には一つ思い当たることがあった。

 魔族だ。

 プリフィエールが浄化スキルを使いこなした途端に魔族ロウムーワは現れた。教会はこのことを予期して、それに対抗すべくブレドナートを配置したのではないか。

 なにか大きな陰謀がうごめいているのかもしれない。プリフィエールとしては正直、そうしたこと積極的にかかわりたいとは思わない。

 しかし彼女は既に巻き込まれた。ならば、知っておきたいと思ったのだ。


「君の護衛になったのは、俺が志願したからだ」

「えっ、なんでですか?」


 予想外の答えが返ってきたので、プリフィエールは素で問い返してしまった。

 

「ドラゴンゾンビとの戦いのとき、俺は不覚を取って怪我をしてしまった。そして、君のいる簡易救護所で治療を受けていたんだ。そのとき、君がドラゴンゾンビのブレスを浄化するのを見た」

「それはまた……なんというか奇遇ですね」

「浄化の力を放つ君の姿は素晴らしかった。この世の何より美しいと思った」

「そんな、恥ずかしいです。やめてください……」

「戦いが終わって、ぜひ君にお礼を言いたいと思った。君のいる町がどこかと調べていたら、なんと護衛の騎士すらいないじゃないか。君ほどの聖女を一人で放っておくなんて信じられなかった。護衛の騎士をつけるべきだと教会に何度も訴えた。それなのに教会の上層部ときたら、予算がどうのと言って、俺の訴えをちっとも聞いてくれなかったんだ」

「わたしは一般聖女に過ぎないのですから、そんなの当たり前のことですよっ」

「そんなとき、君の浄化スキルがランクXに変化したとの話を聞いた。これは教会としても保護すべき事案だ。それを理由に一気に申請を通して、即座に君の護衛に向かったというわけだ」

「なるほど……そういう経緯だったんですか」


 プリフィエールはようやく得心が言った。

 思えば、浄化スキルがランクXになったと発覚してから、やけに早く護衛が来たと思ったものだった。

 

「なんで今まで話してくださらなかったんですか?」

「それは……君の護衛役を勝ち取ってから、少し冷静になったんだ。護衛の性質上、ほとんどの時間を共に過ごすことなる。今言ったように、初めから君の護衛をやる目的でグイグイやってきた男だと知れたら……ほら、君だっていやだろう? 君の負担にはなりたくなかったんだ」

「なんですかその気遣い……あれ? それならなんで出会った時、わたしのことを抱きしめたんですか?」


 出会って初めての時。ブレドナートはプリフィエールを抱きしめた。浄化スキルを確かめるためだと言っていた。だが彼が本当にそんな気遣いを考えていたのなら、そんなことをするだろうか。

 プリフィエールがじっと見つめると、ブレドナートは気まずそうに顔をそらした。


「なんですか? いまさら何か言いづらいことがあるんですか?」

「……ドラゴンゾンビのブレスを浄化する君は、美しくて、神聖で、近寄りがたい存在だと思っていたんだ。まるで伝説の中の聖女そのものに見えた。でも……実際に会った君は、もっと身近で、暖かで、可憐で、かわいらしくて……そんな君を目にした瞬間、抱きしめずにはいられなくなったんだ」

「……なんですか、それ」


 。

 ブレドナートは頬を赤く染めている。

 そんな彼を見ていると、プリフィエールは胸がどうしようもなく高鳴るのを感じた

 そして唐突に、ブレドナートがどうして浄化スキルにああまで耐えられるのかわかってしまった。

 

 性欲を突然浄化れれば、大抵の男は泣き出してしまう。だがブレドナートは耐えた。好きな女の前で、泣き顔を見せられなかったからだ。

 性欲を消されてもすぐに性欲が沸き上がった。好きな女が目の前にいたからだ。

 何度性欲を消されるという苦痛に何度も耐えて彼女のそばにいたのは、それほどまでにプリフィエールのことを好きだったからだ。

 

 ブレドナートが、最初からプリフィエールのことを好きだったとすれば、全て説明がついてしまう。

 プリフィエールは戸惑った。今聞かされたこともある。ブレドナートの好意に気づいたこともある。

 でも、何より彼女を戸惑わせるのは喜びだ。「ブレドナートが自分のことを好きかもしれない」。そう思うだけで、どうしようもなくうれしくなってしまう自分の心に、なにより戸惑ってしまっていた。

 その戸惑いもよろこびも、しかし、続くブレドナートの沈んだ声で止まってしまう。


「でも、たぶん……俺は護衛の任を解かれてしまう」

「ええっ!? な、なんでですか?」

「君の護衛になるために、だいぶ強引な手を使ってしまった。今回の件で、たぶん見直しが入る。それに、『神域接続』は強大な力だ。使用を禁じられていた。それを教会の許可もなく使ったんだ。騎士の資格をはく奪されることだってありうる」

「そ、そんなっ……!」

「君の立場も変わってしまうだろう。君の浄化スキルは強力だ。これからは教会騎士団に組み込まれることになるかもしれない。今までのように町の診療所で働くこともなくなる。そうすればもう、俺みたいな護衛は必要なくなってしまう……」


 ブレドナートはがっくりとうなだれてしまった。

 さっきまでの暖かでどこか甘い空気から一転、重苦しい雰囲気になってしまった。


 色々話して、先のことも理解して、だからブレドナートは落ち込んでしまったのだろう。

 彼の懸念することはわかる。

 

 でも、プリフィエールには納得いかなかった。

 

 これではまるで、二人の結びつきが聖女と騎士、護衛される者とする者の関係しかないみたいだ。

 たとえブレドナートが護衛で無くなったとしても、これまで築いたものがなくなってしまうわけじゃない。

 そのことを、ブレドナートに、何としても知ってもらいたかった。


「ブレドナート様。こっちを見てください」

「プリフィエール?」

「あなたとは一か月以上いっしょに暮らしました。ずっと守ってもらいました。先日は浄化スキルで暴走するわたしを止めてくれました。わたしのために戦ってくれました。本当に本当に、感謝しているんです。だから、『ごほうび』をあげます!」

「『ごほうび』?」

「はい、『ごほうび』です! ちょっと目を閉じていてください!」


 ブレドナートは突然の申し出に首をかしげながら、それでもきちんと目を閉じてくれた。

 プリフィエールは息を整え、気持ちを落ち着けた。これからすることは、集中することが必要だった。

 

 プリフィエールは自らの浄化スキルを止めた。

 そして、そっとブレドナートに近づくと、その頬にキスをした。

 触れるだけの、短く、ささやかで、でも精いっぱい心を込めたキスをした。

 それが終わると、プリフィエールはすぐさまブレドナートから離れ、部屋のドアまで後退した。

 

「プ、プリフィエール!?」


 ブレドナートが驚きに目を開き、プリフィエールを見つめた。

 彼はプリフィエールに触れることで、何度となく性欲を浄化消された人間だ。彼女が触れたのに性欲が残っていることに、凄く驚いているようだった。

 

「あなたが何度も浄化スキルを使わせてくれたおかげで、ちょっとの間なら浄化スキルを止められるようになりました! ありがとうございます! これが『ごほうび』です! それじゃあおやすみなさい!」


 もう限界だった。

 自分でもびっくりするほど心臓がドキドキしている。これ以上この部屋にいたら、きっと心臓は破れてしまうことだろう。

 一方的にまくしたてると、プリフィエールは一目散に逃げだした。自分の部屋に入ると、ベッドの中にもぐりこんだ。

 今夜はなかなか眠れそうになかった。

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