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第四話 浄化スキルの使い方

「おはようございます」

「おはようプリフィエール。朝食はもうすぐできるぞ、テーブルで待っててくれ」

「はい、ありがとうございます。今朝のメニューはなんですか?」」

「昨日いい卵をもらったからな。オムレツだ」

「ブレドナート様のオムレツはふわふわと柔らかくって好きです。でも、卵の殻が入っているのが玉に瑕ですね」

「はは、今日は大丈夫さ。楽しみにしててくれ」


 食卓の席に着き、プリフィエールはふと、思う。

 なんだか、すっかりなじんでしまった、と。


 ブレドナートが来てから一か月が過ぎた。

 最初は年頃の男性との同居などありえないと思っていたのだが、こうして生活を続けていくと意外と気にならなかった。やはり浄化スキルのおかげで、襲われる心配がないというのが大きかった。

 

 ブレドナートは優秀な護衛だった。いつもプリフィエールのそばにいる。それでいて、聖女としての仕事の邪魔にならないようにきちんと距離を保ってくれる。彼女の方からなにか指図せずとも、困ったことがあればそっと手を差し伸べてくれる。

 

 今朝の朝食にしても、ブレドナートが自ら申し出てたことだ。ブレドナートは特別料理が得意と言うわけでもなかったが、意外とレパートリーは多彩だった。忙しい中の自炊でメニューが偏りつつあったプリフィエールにとっては、とてもありがたかった。せっかくだからと、当番を決めて交代で食事を用意したりしている。

 今朝はブレドナートが食事当番なので、いつもより少し長く眠ることができるのもうれしいところだった。


 ブレドナートは日に何度かムラムラすることがあり、性欲を浄化する必要があったりする。それはちょっと嫌なことではあるが、浄化してしまえば彼は誠実な騎士になる。

 町の人たちにも礼儀正しく接してくれる。おかげで年頃の男性と同居しているというのに、おかしな噂は立っていないようだった。

 

 男性患者が性欲を浄化されて泣き出すことはたびたびあったが、懸念されていた浄化スキルの暴走もなかった。この一か月はおおむね平穏と言えた。




「ああ、そうだ、プリフィエール。君の浄化スキルで気づいたことがあるんだ」

「なんでしょうか?」


 プリフィエールがオムレツを味わっていると、ブレドナートがそう切り出した。

 

「君の浄化スキルの効果は、どうにもムラがあるように思えるんだ」

「そ、そうでしょうか?」

「先週来た三人の旅人を覚えているか?」

「ええ、あの厳つい三人組ですね、よく覚えています……」


 先週、診療所にやってきた三人の旅人。旅の途中、がけから滑り落ちたとかで、身体のあちこちに傷を負っていた。応急処置が施されており、傷の程度もプリフィエールで対応可能な程度だった。それだけならそれほど印象に残っていなかっただろう。

 だがその三人は妙にたくましかった。鍛え上げられた肉体はただの旅だけで出来上がるレベルではなかった。更に目つきも鋭かった。

 「なんかコワイ」。それがプリフィエールの抱いた第一印象だった。


「君は注意深く、最低限の触診しかしていなかった。それなのに、彼らは性欲を一気に失い、大泣きして君に謝っていた。あれほど浄化スキルが強く作用するとは思わなかった」

「そ、そうですね。目つきが鋭いのが怖くて、無意識に浄化スキルを強めに使っていたのかもしれません……」

「そうか。やはり君の心の持ちようが、スキルに影響を与えるのだな」


 プリフィエールは目をそらしつつ答えた。ブレドナートは、特に不審に思わず納得したようだった。プリフィエールはほっと息を漏らした。

 

 実はプリフィエールは、浄化スキルを使いこなしつつあった。短時間なら性欲の浄化を止めることができるようになっていた。逆に、わずかな接触で強烈に性欲を浄化することもできるようになっていた。

 だが、そのことをまだ、ブレドナートに話せていない。彼女には懸念があったのだ。

 

 もし浄化スキルを自分で制御できるようになったと話したら、ブレドナートはどんな行動に出るだろうか。プリフィエールはしばらく前に考えたことがあるのだ。




「ブレドナート様! わたし、浄化スキルを制御できるようになりました!」

「そうか! それはよかった! だが、制御できると言っても、どこまで大丈夫なのか検証が必要だ。ちょっと試してみてもいいか?」

「ええ、わかりました!」


 ブレドナートはプリフィエールの両手をぎゅっと握った。

 

「なるほど、性欲が治まらない。本当に制御できてるんだな」

「これならもう大丈夫ですね!」

「いや、手を握っただけではわからない。これならどうだろう?」


 そう言って、ブレドナートはプリフィエールの両手を離すと、今度は腰に手をまわしてぐっと引き寄せた。


「ブ、ブレドナート様!?」

「これだけ密着してもまだ浄化スキルを制御できているとは驚きだ。さすがだプリフィエール」

「えへへ、ありがとうございます。でも……ちょっと近すぎないでしょうか?」

「わかっているとは思うが、これは検証だ。まさかやましいことが目的だなどと、勘違いはしてないだろうな?」

「今さら、どの口が言っているんだと思いますけど……そうですね。ブレドナート様は真剣な顔をしてますからね。今は信じます!」

「よし。じゃあ今度は目を閉じるんだ」

「え? なんでですか?」

「スキルと言うのは目視で発動させるものが多い。目を閉じた途端に制御できなくなるかもしれない。これは絶対に必要な検証なんだ」

「なるほどわかりました」


 プリフィエールは素直に目を閉じた。

 抱きしめられたまま目を閉じて、体温と息遣いでブレドナートの存在を意識した。胸が高鳴るのが止まらなかった。

 

「どうでしょう、ブレドナート様……」

「ああ、ちゃんと浄化スキルは働いてない。実に見事だよ、プリフィエール。さて、次は……」

「あの、ブレドナート様。先に進む前にお願いがあるのです……」

「なんだい、プリフィエール?」

「やさしく……してください」

「ああ、わかっているさ、プリフィエール……」




 プリフィエールはかつて考えた想像を思い出した。それだけで頬が赤くなった。

 あの時は最悪の事態を考えるために、あえて自分が全てを受け入れてしまう想定で想像した。想像と言うより妄想になってしまった。

 あまりの恥ずかしさに、途中で悲鳴を上げてしまった。ベッドの中で布団をかぶって想像していてよかった。もし悲鳴を聞かれたら、ブレドナートが心配して駆け込んできたことだろう。恐ろしい。

 

 実際にはこんな想像のように、すんなりと事は進まないだろう。プリフィエールは聖女だ。途中で絶対に抵抗する。でも、最終的には似たような結末には至ってしまいそうな不安があった。

 そのことが心配で、浄化スキルを少しは制御できるようになったと、まだ話せていないのだった。


「どうしたプリフィエール、顔が赤いぞ?」

「な、なんでもありません!」

「そうか……だが少しでも不調を感じたなら、隠さないでくれ。俺は君を守るためにここにいるんだから」

「はい……」


 ブレドナートは本当に心配してくれているようだった。胸がちくりと痛んだ。




 朝食を終え、診療所を始める準備をしていると、診療所の扉を叩く音共に焦った声が聞こえた。


「聖女様! 大変です! どうか扉を開けてください!」


 プリフィエールが扉に向かおうとすると、ブレドナートがさっと前に行った。そして注意深く扉を開いた。

 そこにいたのは顔見知りの町の青年だった。ずいぶん慌てた様子だった。プリフィエールを手で制し、まずはブレドナートが応対した。


「どうしたんですか?」

「ああ騎士様! それに聖女様もいらっしゃいますね! た、大変なのです!」

「落ち着いて。いった何があったんですか?」

「しょ、瘴気です! マーシュマ村で、瘴気が出て、大変なんです!」


 その言葉に、プリフィエールとブレドナートは顔を見合わせた。

 

 

 マーシュマ村。プリフィエールたちの暮らすリバーワの町から馬車で半日ほど行ったところにある小さな村だ。

 町から近く、規模も小さいことから、診療所は設置されていない。プリフィエールの担当地区に含まれる。けが人が出たら、リバーワの町まで搬送されてくる。急患の場合、プリフィエールの方から早馬で出向いたことも何度かあった。

 

 このマーシュマ村に面した崖が崩落を起こした。先日、大雨が降ったせいらしい。土砂に家屋が巻き込まれるようなことはなかったが、この崩落から出てきたものが問題だった。

 高さだけで2メートルほどはある、黒々とした大きな像。歪にねじれたその造形は、得体のしれない生き物を形どったようだが、全体の印象としてはドラゴンに似ていた。

 最初、その像は特に害をなさなかった。珍しいものが出てきたと、村人たちが集まった時、その像は突如として周囲に瘴気を放った。

 村人たちはすぐに逃げようとしたが、何人かが逃げ切れず瘴気に侵された。それを助けようとして、更に何人も巻き込まれた。

 そして、無事だったものが急いでリバーワの町まで知らせに来たのである。



 プリフィエールとブレドナートは、すぐさま馬車を用意だて、マーシュマ村へと向かった。

 馬を急がせたので、どうにか昼過ぎには着くことができた。

 村人たちは村から離れた位置にある、今は使用されていない厩舎を中心に避難していた。厩舎ひとつに患者は収まらず、あちこちに天幕が張られていた。急なことで、そうした一時しのぎすら数が足りず、野ざらしで寝かされている村人も少なくなかった。

 

 寝かされている村人は、身体のどこかしらが黒く染まっていた。瘴気に侵されているのだ。瘴気は人に接触すると侵食し、身体の機能を奪っていく。そして侵された者の生命力を吸って少しずつ全身に広がっていく。一定以上侵食が進めば命はない。

 軽度のものなら問題ない。簡単な浄化魔法の呪符でもあれば、素人でも治療できる。だが、重度の者となると、高位の聖女でも治療は困難となる。

 

 野ざらしで寝かされている村人のほとんどは、身体の一部が少し黒く染まる程度だ。だが、天幕の下には、手足のほとんどが黒く染まっている者が散見される。おそらく厩舎の中には、もっと重度の患者が寝かされているのだろう。

 

「これは……」


 想定した以上の惨状を前に、ブレドナートは息を呑んだ。

 ブレドナートから見て、一般聖女であるプリフィエールに対処できる状況ではなかった。プリフィエールにはランクXの浄化スキルがあるが、あれは強力なものとなる可能性もあるものの、不安定なものでもある。

 護衛役として彼女の安全を考えるなら、撤退も考えなくてはならない。事態への対処のため、より高位の聖女に連絡を取るのが賢明だ。

 そこまで考えをまとめ、進言しようとしたところで、プリフィエールが一歩前に出た。


「助けます」

「待て、プリフィエール。いくらなんでもこれは……」

「たぶん、大丈夫です。なぜかわかるんです。やれます……やります!」


 プリフィエールは躊躇うことなく厩舎へと歩みを進めた。その様子に驚きつつ、ブレドナートがその後に続いた。

 誰に導かれることなく、プリフィエールはまっすぐと厩舎の入り口に入ると、一番奥、もっとも重度の患者が寝かされていたところへ向かった

 。

 その村人は、右半身のほとんどが黒く染まっていた。息が荒く、全身からはじっとりと汗をかいていた

 。

 プリフィエールは浄化の魔法を使わなかった。ただ、自分の中にある浄化スキルを意識し、そこに魔力を注いだ。

 プリフィエールの全身が、穢れのない白い燐光に包まれる。その手を瘴気の侵された患者に触れた。触れたそばから、瘴気は消えていった。朝、開いた窓から差し込む光で、部屋の暗がりが消え去るみたいに。あまりにあっけなく、瘴気は消えてしまった。


 村の惨状を前に、プリフィエールは無意識に、自分の力のあるべき使い方を悟った。

 

 プリフィエールの浄化スキルは、触れることで、性欲を浄化してしまうという異常な効果を発揮する。それはこの一か月で何度も体験したことだ。


 本来、浄化スキルの効果は二つ。使用者の防御と、浄化魔法の強化。プリフィエールのランクXの浄化スキルは、使用者の防御に大きく偏っていたのだ。

 だからその防御を高めるように魔力を注ぎ込み、全身に浄化の力を纏えば、瘴気さえも消し去ることができるのだ。

 

 体内のスキルに集中しているためか、プリフィエールの瞳はどこかうつろで、足取りもおぼつかない。それなのに、彼女は正確に症状の重い者の方へ向かい、瘴気を浄化していった。

 夢見るような足取りで、ただ触れるだけで次々と人々を癒していく。それはまるでおとぎ話の一場面のような、幻想的な光景だった。

 

 やがて、一時間もしないうちに、瘴気に侵された二十名以上の者たち、全てが癒されていた。

 

 それでもプリフィエールの歩みは止まらなかった。彼女の足は村へと向かった。村の向こう。もっとも瘴気の濃い場所。崩れた崖から出てきた。瘴気の源である像の方角へ、彼女の足は進んでいった。

 

「待て! 待つんだ、プリフィエール!」


 後ろから、身体をがっしりと抱きしめられ、プリフィエールの歩みは強制的に止められた。ブレドナートだ。

 そこでプリフィエールはようやく我に返った。つい先ほどまで、自分が浄化スキルに集中するあまり、忘我の状態であることに気づいた。

 

 そしてプリフィエールは、ブレドナートは燐光を放つ自らの身体を抱きしめていること、その恐るべき意味に気づいた。


「は、離れてください! 今のわたしに触れては危険です! 性欲の浄化だけではすみませんよ!」

「君こそ危険だ! プリフィエール! スキルの使用をやめるんだ!」

「でも、まだ瘴気の源が残って……!」

「わからないのかプリフィエール! 魔力はもう残っていない! 君は今、生命力を消費しているんだぞ!!」


 その言葉に、ようやく自分の状態がはっきりわかった。確かに魔力を使い切っている。それなのに浄化スキルは、魔力を注ぎ込んだとき以上に強く発動している。

 慌てて浄化スキルを止めるよう念じた。まだまだ制御のおぼつかないスキルだったが、どうやら止まってくれたらしい。


 止まったと思った途端、急に身体が重くなった。とても立っていられず、膝を折る。そのまま地面にへたり込んだ。

 全身からどっと汗が噴き出た。ハアハアと、荒い呼吸を繰り返した。まるで今まで息をしていなかったのではないかと思えるくらい苦しかった。

 しばらくして、ようやく呼吸が整ってきた。

 

「はぁはぁ……あ、ありがとうございますブレドナート様……危ないところでした……」


 息を整えながら周囲の様子を見る。振り返ると、遠くに厩舎が見えた。思ったより随分移動していたようだった。

 そしてすぐ横にはブレドナートがうつぶせに寝ている。どうやら、プリフィエールがへたりこむ動きに巻き込まれて、そのまま倒れてしまったようだ。

 

「だ、大丈夫ですか、ブレドナート様?」

「ああ……俺は教会の騎士だ……神聖属性にはもともと耐性がある……浄化スキルを発動させた君に触れたところで、ダメージを受けたりはしない……」


 荒い息を吐きながら、プリフィエールはブレドナートをじっくりと見た。

 あそこまで強力な浄化スキルを纏ったプリフィエールに対し、無理やり止めるという攻撃的行動をとったのだ。低級のアンデッドなら消滅していたことだろう。神聖属性に耐性の低い人間なら、やけどのひとつも負っていたかもしれない。


 ブレドナートはうつ伏せに倒れているので、細かい状態を見ることはできない。だが、見たところ、手にはやけどを負った様子はなかった。口調もしっかりしているから、本人の言う通り、ダメージはないのだろう。

 だがそうすうると、なぜ起き上がってこないのだろうか。


「だが性欲は根こそぎやられた……君のことを抱きしめたというのに、その感触をいくら思い出してもピクリとも動けない……」


 ブレドナートは悔しさ満ちた声で、そう漏らした。


「あなたって人は本当に……」


 プリフィエールは苦笑した。

 そして、不意に、彼のことを抱きしめたいという思いがこみ上げた。

 理由がわからない。ただ、そう、強く思った。

 

 浄化スキルを少しは制御できるようになっていた。普段なら、ちょっと抱きしめる間くらい、その効果を止めることができるだろう。しかし、生命力を大きく使ってしまった今では、制御もおぼつかない。また性欲を浄化してしまうかもしれない。

 今、抱きしめたりしたら、未だ起き上がることすらできないブレドナートに、追い打ちをかけてしまうことになるかもしれない。


 抱きしめたいのに、できない。いつものことだ。でもなぜだか今は、プリフィエールには、それがひどくもどかしく思えた。


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