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第三話 診療所の一日

「私は教会の騎士ブレドナートです。聖女プリフィエールの護衛のために教会から派遣されました。よろしくお願いします」


 診療所に患者が来るたび、ブレドナートは折り目正しく挨拶をした。

 女性の患者が来たときなど、プリフィエールが何かを言うより先にブレドナートは動いた。


「私がいては診察の邪魔になります。隣で控えています。何かあったらすぐに呼んでください」


 プリフィエールの肩をぽん、と叩くと、ブレドナートは自分から隣室へ退いた。

 プリフィエールはなんだか納得がいかなかった。さきほどのやりとりから、ブレドナートは礼儀知らずな男だと思っていたのだ。診療所で不埒な態度に出たら、それを理由に追い出そうとすら考えていた。

 

 それなのに診療を始めてからは礼儀正しいし、気遣いもできている。

 出会ってすぐに人を抱きしめてくるような男とはとても思えない素行のよさだった。

 そんなことを思ううち、抱きしめられた感触を思い出してしまい、プリフィエールは顔を赤くした。


「聖女様、もしかしてもしかして! あの方とはいい仲なのですか? ご結婚なさるのですか!?」

「いいえ全然、まったくもって違います。彼は教会から使わされた護衛です。彼は仕事としてここにきているだけなのです。それ以外にはなにもありません。ええ、なにもありませんとも!」

「そ、そうですか……」


 余計なことをしたせいで、患者から勘繰られてしまった。それをきっぱり否定して、診察を始めた。

 あれこれあわただしかったせいで、さっきブレドナートが自分からプリフィエールの肩に触れたことについて、問いかけるのを忘れてしまった。




 午前中はちょっとした怪我の治療に数人やってきただけで終わった。どの怪我も彼女の回復魔法で十分対応可能なものだった。男性患者にはなるべく触診しないようにしたので、特にトラブルなく終えることができた。

 

「お疲れ様。それじゃあ昼飯にしようか」


 居間に入ると、ブレドナートが昼食の準備をしてくれていた。診察室の片づけをしている間に支度をするようお願いしていたのだ。

 

 準備と言っても、作り置きのシチューを暖めて、食器を並べてパンを置いておく程度だった。

 それでも、一人暮らしを続けていたプリフィエールにとって、自宅で自分以外の手によって準備された食卓を前にするというのは、なんだか新鮮に感じられた。

 

「いただきます」

「いただきます」


 二人そろって食事を始めた。パンはいつものパン屋のものだし、シチューは何度も作ったことのある変わり映えのないもので、しかも昨晩も食べたものだ。

 それでもプリフィエールは胸がじんわり暖かくなるのを感じた。

 彼女は幼いころは孤児院で育ち、独り立ちしてからは一人で診療所をやってきた。こうした家庭の暖かさみたいなものに飢えていた。

 今それが、少しずつ満たされていくのを感じた。

 

 ブレドナートのことを追い出そうとすら考えているのに、こんなことで簡単にほだされようとしている。そんな自分を自覚してしまい、プリフィエールは愕然となった。頭を振って、感じ始めていた暖かみを振り払った。

 

「どうしたプリフィエール?」

「いいえ、なんでもありません」

「そうか。でも、何か困ったことがあったらすぐ相談してくれ。俺はそのためにここにいるんだからな」


 ブレドナートは優しかった。このままでは本当に彼との同居を許してしまいかねない。

 気を取り直すべく、プリフィエールは仕事の話を切り出すことにした。

 

「そうだブレドナート様。今日は午後から往診に行くつもりなのです。ブレドナート様は大丈夫でしょうか?」

「もちろん大丈夫だ。君が行くところにはどこにだってついていき、君の盾となって守り、君の剣となって敵を倒すさ」


 ブレドナートはそんなかっこつけたセリフを言ったが、端正な顔をしているので意外と様になっていた。

 会話を続けているとどんどん陥落されてしまいそうな気がして、プリフィエールは食べるのに集中することにした。




「プリフィエール、どうしてそんな端を歩いているんだ?」


 往診のため街に出ると、ブレドナートからそんなことを聞かれた。


「いえ、誰かと不意にぶつかって、浄化スキルの影響が出たらまずいと思いまして……」


 浄化スキルによって性欲を浄化してしまう条件は、触れることだ。そのことがはっきり分かった今、迂闊に人と触れるわけにはいかなかった。

 何かの間違いでぶつかって、いきなり泣かれてはたまらない。相手も自分も色々な意味で傷つくことになる。


「なんだそんなことか。君にぶつかってくるような無礼者は泣いて当然だ。そもそも、そんなやつがいたら俺が必ずぶつからないように守ってやる。君は何も間違ったことをしていないのだから、堂々と歩けばいいんだ」


 力強くそう言われて、プリフィエールは胸が暖かくなるのを感じた。

 ランクXとなった浄化スキルによって、まともに恋愛も結婚もできなくなってしまった。未来が閉ざされたと思った。

 でも、それは間違いによってなったことではない。簡易診療所の人々を守るという、正しいことをした結果なのだ。ならばその結果を悲観することはない。胸を張って生きていけばいいのだ。

 

「ありがとうございます。すこし気分が楽になった気がします」


 プリフィエールが微笑むと、ブレドナートもニコリと笑い返した。その笑顔があまりに爽やかで、プリフィエールの胸はどきりと高鳴った。

 プリフィエールは気恥ずかしくなり、顔をそらした。

 

「……すみません。ブレドナート様のことを誤解していたかもしれません。もっと礼儀を知らない人なのかと思っていました。でも、あなたは診療所では護衛役としてきちんと礼儀正しくしてくださいました。今もこうしてわたしのことを気遣ってくれました。」

「仕方ないさ。出会った時の俺は、確かに不作法だった。あの時はすまなかった」

「もう気にしていません。これからも、護衛役をお願いしますね」

「ああ、もちろんだ!」


 診察のときのことを話すうちに、プリフィエールは気にかかっていたことを思い出した。女性患者がきたときのことだ。


「あ、そうだ、思い出しました。診療所に女性の方が来た時、わたしの肩を叩いてから別室に行きましたよね? あのとき、大丈夫でした?」


 問いかけてみて、あらためて不思議なことだと思った。

 浄化スキルで性欲を浄化してしまう条件は、触れること。それを知っているブレドナートが、自分からプリフィエールに触れてくるのは奇妙なことだった。

 ただのうっかりにも思えなかった。あるいは、肩に触れる程度なら大丈夫、という判断だったのだろうか。ランクXの浄化スキルはまだまだわからないことが多い。できる限り知っておきたかった。


「あのときは、君の助けが必要だったんだ」

「助け?」

「ああそうだ。女性の患者がやってきた。診察のために脱ぐこともあるかもしれない。そう思うと、ムラムラッとしてきた。それでは君の護衛に支障があるかもしれない。だから一度、性欲を無くす必要があったんだ」

「えっ」

「君は自分の浄化スキルを厄介なものだと思っているかもしれない。でも、時には人を救うこともあるのだと、どうか覚えておいて欲しい」

「なにいい話風にまとめてるんですか!? つまり、性欲を解消するためにわたしの身体を利用したということですか!? 最低です!」

「ちょっと待ってくれ。確かに俺が悪かったが、人通りのある場所で、大声でその言い方は……」

「何が問題あるというのですか!? あなたがわたしの身体を利用したのは事実でしょう! そもそも……」


 そこまで言いかけて、ようやくプリフィエールも周囲の状況に気づいた。

 町の人々の視線が集まっていた。

 彼女の浄化スキルについて、町の住人は知らない。事情を知らず、先ほどのやりとりを聞かれた。特に「身体を利用した」という表現は、いろいろな意味で誤解を生んでしまうだろう。怒りに燃えていたプリフィエールにも、それを理解する程度の理性は残っていた。

 

 プリフィールは顔を真っ赤にして速足でその場を去った。ブレドナートは彼女の横にぴったりついたまま、その早足に付き合った。


 ちょっといいところもあると思った。でもブレドナートはダメだ。少なくとも今夜だけは、絶対に野宿させなければならい。心の中でそう誓いなおすプリフィエールだった。




「そろそろ速足で歩くのをやめないか、プリフィエール。もう十分だろう」


 しばらく歩いて、町の喧騒から離れたところでブレドナートにそう呼び止められた。

 

「はぁっ、はぁっ……まったく、誰のせいでこんなに走ることになったと思ってるんですか……!」

「すまなかった。君はずいぶん浄化スキルのことを重く考えているようだったから、少しはいいこともあると伝えたかったんだ」

「……もういいです。走ったらなんだかスッキリしたから、許してあげます」


 プリフィエールは一旦足を止めると、荒くなった息を整えることにした。

 ブレドナートはさっきから息一つ乱していない。いろいろと問題のある人ではあるが、ちゃんと騎士として鍛えているのは間違いないようだった。

 

「随分歩いたが、往診の行先はこの辺なのだろうか?」

「細かい説明をしていませんでしたね。往診と言っても誰か一人の家に行くと決めているわけではないのです。実は……」


 ブレドナートの問いにプリフィエールが答えているところに、声がかけられた。

 

「おお聖女様! ご無沙汰しております!」


 近くの家の庭先。そこに設えられたテーブル。そこから小柄な老人が、プリフィエールに声をかけてきた。

 プリフィエールは一礼すると庭へと入った。ブレドナートも後に続いた。


「ちょっとご無沙汰しました、ベイパさん。足のお加減はどうですか?」

「それまた最近痛むようになってきてのう。そろそろ聖女様のところに行こうと思っておったのですが……」

「それはちょうどいいところに来ることができました。では、いつものように回復魔法をかけさせていただきます」


 プリフィエールは老人の足へ手をかざすと、回復魔法をかけ始めた。暖かな輝きに足を包まれ、老人は気持ちよさそうに目を細めた。

 

「……はい、これでしばらくは大丈夫です。また痛みだしたら、無理をなさらずいつでも言ってください」

「いつもありがとうございます聖女様。それで、そちらの方は……」


 怪訝そうに問いかける老人に、ブレドナートは優雅に礼をした。


「私は教会の騎士ブレドナートです。本日より聖女プリフィエールの護衛についております」

「ほうほう、そうでしたか。こんな立派な騎士様に守っていただけるのなら、わしたちとしても安心ですじゃ」

「誠心誠意、聖女様をお守りしたいと思います」


 如才なく受け応えするブレドナートに、プリフィエールはなんだかイラッとした。

 「こんなこと言ってるけど、この人はすぐえっちなことを考えてムラムラするんですよ」と言いたくなったが、さすがに抑えた。せっかく安心だと言ってくれている老人の心の平穏を乱してまで言うことではなかった。


 お土産として、一袋のクッキーを渡された。 

 終始にこやかな笑みを絶やさず、二人は老人のもとを後にした。


「……とまあ、こんな感じで、診療所に来るのが大変なお年寄りのところへこちらから伺うのです。加齢による足腰の痛みは、普通の回復魔法では根治はできませんからね。定期的にかけ直さなくてはならないのです」

「なるほど、なかなか大変な仕事だな。だがいいのか?」

「何がですか?」

「君は回復魔法の治療費を受け取らなかった。聖女が無報酬で治療することは禁じられているはずだ」

「ああ、それは大丈夫です。お年寄りの日々の治療は町からの寄付金で行っていることになっています」

「そうか。なら問題ないな」


 ブレドナートの言葉をありがたいと思った。厳密に言えば、プリフィエールのやっていることはルール違反である。原則として、治療は毎回、対価を受け取らなければならない。

 ブレドナートは教会の騎士だから、そのことはよく知っているのだろう。それでも、彼女の行いを見逃してくれたのだ。


「ドラゴンゾンビとの戦いや浄化スキルの件のせいで、しばらく往診できていませんでした。今日はまだ何軒もまわらなくてはいけません。それでは、次のお宅に向かいましょう」

「ああ、心得た」

「ああそれと……治療の報酬は、寄付金だけじゃないのです。ブレドナート様、覚悟してくださいね」

「? よくわからないが、覚悟しておこう」


 こうして、二人は街のお年寄りの家々を巡っていった。

 行く先々で、老人たちから野菜やパンなどの食料品をもらった。何軒も回ったので大荷物となった。荷物はブレドナートに持ってもらうことになった。

 プリフィエール一人の時は、何度か診療所へ戻らなくてはならなかった。だがブレドナートは、最後まで荷物を運びきった。覚悟しておこうと言った彼の言葉に嘘はなかったのだった。




「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」


 往診を終えた後、帰りに夕食の食材を買ってきた。教会から宿泊費は出なかったが、食費は支給されていた。おかげで夕食はすこし豪華なものとなった。


 いろいろあって疲れたので、体力をつけるために肉料理をメインとした。久しぶりにガッツリ食べた。診療所のいつもの仕事を滞りなくできたことも合わせて、プリフィエールはなんだか満足した気分になっていた。

 ただ、一つだけ困ったことがあった。

 ブレドナートを野宿させるきっかけがつかめない。最初の出会いこそ無礼極まりないものだった。でも一日過ごして、それなりにいいところも見てしまったので、なんだか言い出しづらくなっていた。

 そんなことに頭を悩ませていると、ブレドナートの方から話しかけられた。

 

「聖女は人を癒すのが仕事とは知っていたが、こうして実際に一日ずっと付き合ってみると、知らないことばかりだ。とても勉強になった」

「それはどうも。でも、わたしなんてただの一般聖女です。毎日こんな感じで、全然大したことはしていませんよ」

「そんなことはない。立派な仕事だと思う」


 ブレドナートはまっすぐに言ってくれた。嘘はないのだろう。だが、プリフィエールはその言葉を素直に受け止めることができなかった。

 

「わたしは所詮一般聖女で、大した力がないことはよくわかってます。いつもやっている往診だって、もっと強力な回復魔法があれば、そもそも必要ないんです。自分の力不足を毎日思い知らされています。ドラゴンゾンビとの戦いのときは、そのことを改めて感じさせられました」


 あの戦場。簡易救護所で、何人もの兵士たちを癒した。だが、癒しきれない兵士の方が多かった。それはあの場に限ったことではない。診療所でも、時折重傷者や重病人が運ばれてくることがある。そうした時は、他の街のもっと優秀な聖女や僧侶に助けを求めるしかない。プリフィエールにできるのは、症状を遅らせ、助けが来るまでなんとかもちこたえることだけだ。

 

「浄化スキルじゃなくて、回復魔法が強くなればよかったです……」


 話すうちに気分がしずんでくる。気づけば顔が下を向いていた。

 

「こら」

「ひゃあ!?」


 突然、頭をくしゃくしゃと少し乱暴に撫でられて、プリフィエールは悲鳴を上げた。

 

「い、いきなり何をするんですか!?」

「君が間違ったことを言うからだ」


 ブレドナートは今度はプリフィエールの両肩をがっしりとつかんだ。

 ブレドナートの整った顔が近い。彼の碧い瞳に、自分が映っているのを見た。肩をつかまれているので逃げることができない。プリフィエールは自分の鼓動がどうしようもなく高まるのを感じた。


「俺は今日一日、君のことを見てきた。診療所で君に癒された人たちを見た。君は立派に聖女の仕事をしていた」


 至近距離でまっすぐに褒められた。こんなに近くで言われてしまっては、その言葉から逃げることはできない。うれしさと恥ずかしさが混ざり合って、プリフィエールはどんな顔をすればいいのかわからなかった。どうしようもなく顔が熱くなるのを感じた。

 

 どうにかブレドナートの手を振りほどくため身をよじろうと思うと、その手がすっ、と離れた。

 とにかく気を落ち着けるため、プリフィエールは胸に手を当て深呼吸しようとした。

 ところが、今度はその手を取られた。プリフィエールの両手をぎゅっと握り、ブレドナートは再び語り始めた。

 

「往診にしてもそうだ。確かに君の回復魔法では、お年寄りの痛みを完全に消し去ることはできないかもしれない。でも、君が訪れて、彼らは幸せそうだった。それは回復魔法より価値のあることだ」


 両手を包み込まれるのは、肩を抱かれることよりもっと近くに感じられた。両手全てが包み込まれる。騎士として鍛えられた手は固く力強く、しかし優しかった。手から熱が伝わる。熱さに、溶けてしまいそうに思えた。

 

「君は立派な聖女だ。君自身がその在り方を疑うようなことを、どうか言わないで欲しい」

「は、はい! わかりました! だから手を離してくださいーっ!」


 そう言うと、ブレドナートは手を離してくれた。

 プリフィエールはドキドキしていた。なんだかすごく心地よかった。

 触れられることで逃げ場が無くなり、自分をほめる言葉を真っ向から受けることになった。

 気恥ずかしくて、でもうれしくて。プリフィエールはどうしていいのかわからなくなった。


「なんですか急にベタベタと触ってきて……もうっ、もうっ、もうっ! わたしのことをどうするおつもりなんですかっ? わたしは聖女であなたは騎士様なんですよっ。もっとわきまえてくださいっ!」

「プリフィエール。俺は真面目な話をしているんだ」

「あ、はい」


 ブレドナートの冷静な声に、自分が浮かれていると気づき、プリフィエールはしゅんとした。

 ブレドナートは大きくため息を吐いてから、語り始めた。

 

「落ち込む君を見て、なんだかムラムラッときたんだ」

「はい?」

「ムラムラした状態では真面目な話はできない。だから君に触れて性欲を無くしてから、話を続けたんだ。そうしたら今度は君が頬を染めてかわいらしくなるものだから、すぐにムラムラしてしまった。だから君の手を握らざるをえなかった。まったく……君は立派な聖女ではあるが、罪作りな聖女でもあるな」


 プリフィエールはすっと席を立った。そしてブレドナートの背後に回り込むと、がばりと抱き着いた。


「プ、プリフィエール!? いったい何を!?」

「あなたが性欲にお困りとのお話だったので! その性欲を根こそぎ浄化してあげようと思った次第です!」

「な、なんだとっ!?」


 浄化スキルは触れることで効果を発揮する。だが、少し触れた程度ではブレドナートはすぐに復活する。それでは彼は懲りない。

 だから、接触面を増やし持続的に触れることで効果を増そうと考えたのだ。

 

「プリフィエール、ちょっと落ち着け! 君はいま、自分が何をしているかわかっているのか!?」

「ええわかってますわたしは完全に理解しています! 乙女心をもてあそんだ罪の重さ、思い知ってください!」


 ブレドナートはもがくが、振りほどけない。男の力の根源である性欲を浄化し続けられては、騎士であるブレドナートも抵抗は難しいらしい。プリフィエールはそれに気をよくして、ぐいぐいと身体を押し付ける。

 

「ああ、性欲がどんどん湧き上がってくるのに、湧きあがるそばから消えていく! なんだこれは! つ、つらい! つらいすぎる!」

「ふふふ、いい気味です!」


 しばらくすると、ブレドナートは机の上に突っ伏した。

 そろそろいいかとプリフィエールは身体を離した。

 ブレドナートはぴくりとも動かない。やりすぎたのかもしれない。プリフィエールは不安な気持ちになった。


「あ、あの、ブレドナート様。大丈夫ですか……?」

「今は話しかけないでくれ……」


 ブレドナートは机に突っ伏したまま、ひどく落ち込んだ声でそう言った。

 どうやら命に別状はないらしい。プリフィエールはほっと息を吐いた。

 

 そして、冷静になった頭で、今やった自分の行いを顧みた。

 ブレドナートは言っていた。「性欲がどんどん湧き上がってくるのに、湧きあがるそばから消えていく!」

 

 プリフィエールは後ろから抱き着いた。そしてグイグイと身体を押し付けた。それは自分の胸を、自分からグイグイと押し付けたことに他ならない。

 勢いに任せてとてもハレンチな行いをしてしまった。そのことに今更になって気づき、プリフィエールは顔を真っ赤にした。恥ずかしさのあまり、身体がぶるぶると震えた。


「わ、わたしはもう寝室に行きます! ブレドナート様は、診察室のベッドでお眠りください!」


 もはやこの場にはいられなかった。

 最低限のことを伝えると、プリフィエールはその場から逃げ出した。

 寝室に入ると、ベッドにもぐりこんで身もだえした。恥ずかしさで身を焼かれる思いだった。

 そして思い出した。

 

「あっ、今日はブレドナート様を野宿させるつもりだったのにっ……!」


 だが、今更戻ってそんなことを告げることはできなかった。恥ずかしすぎて顔を合わせることもできない。

 プリフィエールはそれからしばらく、ベッドの中でもだえ続けた。

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