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第二話 教会の騎士ブレドナート

「うわあああああああああっ!?」


 突然やってきた騎士ブレドナートに抱きしめられ、プリフィエールは悲鳴を上げた。女性なら「きゃあ」とかわいく悲鳴を上げるべき場面だったが、突然のこと過ぎてそんな余裕はなかった。

 夢中で抱擁を振りほどくと、ブレドナートを突き飛ばした。

 手から受けた感触は、思ったよりがっしりとしたものだった。ブレドナートが鍛えられた騎士であることが、それだけでもわかった。

 

 それなのに、突き飛ばされたブレドナートは踏みとどまることもできず、そのままよろよろとぺたんと地面に腰を落とした。

 そこでプリフィエールは、自分の浄化スキルの効果を思い出した。彼女に触れた者は性欲を浄化される。彼女に対して不埒な考えを抱いたものは、恥ずかしさと情けなさのあまり泣き出す。

 だがブレドナートは、泣くどころかニヤリと笑った。


「これが浄化スキルによる性欲の浄化か……なるほど、なかなか強烈だな」

「あ、あの、騎士様?」


 ブレドナートは立ち上がると、頭を下げた。

 

「すまなかった。護衛にあたり、君の浄化スキルを確かめる必要があったんだ」

「そうだったのですか。それにしても、抱きしめる必要なんて……」

「触れるだけで発動すると聞いていた。女性に合法的に触れる理由があるのだから、まず抱きしめてしまえ、と思った。それでこんなに君が驚くとは思わなかった。すまない」


 そう言って深々と頭を下げた。

 礼儀正しいのに、言っていることはなんだかおかしい。

 プリフィエールは少々混乱した。



 とりあえず、玄関で立ち話もなんなので、プリフィエールはブレドナートを居間へと招き入れた。

 ブレドナートのことを怪しくも思ったが、彼のまとう皮鎧には教会所属を示す正式な紋章が刻まれていた。また、浄化スキルについて知っていたことからも、教会関係者であることは明らかだ。

 まさか、司祭プレートが関係者以外に言いふらしたりはしないだろう。情けない姿を見せられたが、幼いころから彼女を手助けしてくれた恩師なのである。

 

 ブレドナートを居間に招き、お茶を出した。

 そして向かい合わせに座った。

 

「改めて名乗らせてもらう。俺は教会の騎士ブレドナート。よろしく頼む」

「わたしは一般聖女プリフィエールです。よろしくお願いします。あなたがここへ来たのは護衛と聞きましたが……」

「ああ。教会の上層部がそう判断したんだ」


 そう言ってブレドナートは命令書を差し出した。

 教会の印も押された正式なものだった。

 文面にざっと目を通す。確かに聖女プリフィエールを護衛するように、という指示が書かれていた。

 

「どうしてわざわざ、わたしなんかを護衛するんですか? ここリバーワの町はおおむね平和で、わたしはただの一般聖女ですよ?」


 一般聖女は治療役として町や村に配置される。赴任先の規模や状況によって、教会の騎士が常駐してその護衛に当たる。

 ここリバーワは小さ目な町で、配置された聖女はプリフィエール一人だ。自警団の活躍で犯罪率も低い。これまでさほど危険を感じずに診療所を営むことができていた。教会の騎士が今さら護衛に来る意味がわからなかった。

 

「理由は二つある」


 ブレドナートは人差し指を立てて語り始めた。


「ひとつめ。君は自分を自分を過小評価している。ドラゴンゾンビとの戦いでの活躍は目覚ましかった。むしろ護衛の騎士がつくのが遅いくらいだ」

「……結局、わたし一人の力では防ぎきれませんでした。大したことはできていませんよ」

「それでも、君が行動したことで多くの者が救われた。そのことを軽く見てはいけない」

「……そういうものですか」


 そこまで評価されているとは知らなかった。プリフィエールにとっては分不相応な扱いと言う印象だった。

 ブレドナートは人差し指に加えて中指を立て、ピースサインを作って話を続けた。

 

「二つ目は浄化スキルがランクXに変化したことだ。ランクXの効果は不安定だ。今後も変化があるかもしれない。不測の事態に対応するため護衛が必要だ。現時点でもその効果は深刻だと報告が上がっている」

「深刻って……そんな大げさな」

「大の男が泣き出すほどの効果だと聞いている」


 プリフィエールとしては、性欲なんて浄化された方がいいものに思えていたし、むしろそれによって自分の未来が暗くなったことの方に気がいってしまっていた。

 だが、性欲を浄化された方からすれば深刻なのだろう。何しろ泣いて謝罪しだすほどなのだ。


「そう言えば、さっきブレドナート様は……」

「俺のことは気安く『ブレドナート』と呼び捨てにしてくれ」

「騎士様相手に、そういうわけにはいきません。……それで、ブレドナート様は先ほど泣き出しませんでした。あれはどういうことなのでしょうか?」

「俺は厳しい騎士の訓練に耐えてきたからな。容易なことには屈しない……と言いたいところだが、実際、性欲を失う感覚は恐ろしかった。立っていることすらろくにできない有様だった」


 確かにあの時。プリフィエールが軽く突き飛ばした程度で、ブレドナートはしりもちを着くことになった。


「それでも、すぐに気を取り直せたのは、君が美しいからだ」

「え?」


 ブレドナートはまっすぐにプリフィエールを見つめていた。

 その目には嘘はないようだった。

 実際、プリフィエールは美しい。ポニーテールにまとめ上げた、光に溶けるような長いプラチナブロンドの髪。大粒の蒼い瞳。まだ少女の可憐さを残した顔立ち。そして、ゆったりしたローブでありながら、その大きさを主張する豊かな胸。

 

 プリフィエールは孤児院出身で聖女としての能力は高くない。そのため、自己評価が低い。町の者たちはプリフィエールのことを綺麗だと言ってくれるが、それは聖女と言う肩書のおかげだと考えていた。

 だからブレドナートのまっすぐな賛辞は、彼女にとっては戸惑うばかりの過大な評価だった。


「え、あの……か、からかわないでください……!」

「からかってなどいないさ。君が美しいから、消え失せた性欲がすぐにムクムクと膨れ上がった」

「え」

「だからすぐに自分を取り戻せた。俺は君の美しさに救われたのさ、プリフィエール……」

「褒められてるのに嬉しくありません!」

「まあ、でもよかった。君の浄化スキルにある程度、耐えられることが証明されたわけだ。これからよろしく頼む」

「……まあ、教会の正式な指示なら仕方ないですね。よろしくお願いします」


 ちょっと納得できないものもあったが、プリフィエールは一般聖女。教会の中では下っ端だ。上からの正式な指示には逆らえないのものがあった。


「さて。早速だが、俺はどこで寝泊まりすればいいだろうか。生活空間の割り振りは家主である君の指示に従うよ」

「嫌ですね、ブレドナート様。その言い方だと、まるでこの診療所で寝泊まりするつもりみたいじゃありませんか。どちらにご宿泊する予定なのですか?」

「いや、だからこの診療所に寝泊まりするつもりだ」


 プリフィエールは一旦言葉を止めた。

 ブレドナートの言ったことを改めて考える。

 言葉に誤解の余地はない。冗談を言っている様子もない。


「え? 本気ですか?」

「君のスキルは常時発動すると聞いている。異常がいつ発生するか予測がつかない。護衛のためには常に君のそばにいなければならない」

「それはそうかもしれませんけど……でも! 年頃の男女が同じ屋根の下で寝泊まりするというのはまずいでしょう! 間違いが起きたらどうするんですかっ!?」

「間違いは起きない。起きようがない。君のランクXの浄化スキルがあるからな」


 言われてみればそうだった。

 たとえブレドナートが性欲に負けて間違いを犯そうとしても、彼女に触れた瞬間にその性欲は浄化されて消え去る。そういう意味では安全だった。


「いやいやいや、そういう問題じゃありません! こういう任務なら、普通は女性の騎士様とかが割り当てられるものじゃないんですか!?」

「教会の女性騎士は少ない。一般聖女の、それもこんな特殊かつ急な事情で、都合よく女性騎士が割り当てられるわけないじゃないか」

「日中はともかく夜はだめです! 近くの宿屋にでも泊まってればいいじゃないですか!」

「それでは夜間に何かあった時に対応が遅れる。それに、君の浄化スキルの問題がいつ解決するかわからない以上、ずっと宿屋で宿泊するわけにはいかない。真面目な話、教会から宿泊費の支給はないんだ」


 ブレドナートは冷静かつそれなりにまっとうな答えを返してくるので、プリフィエールは攻め手を失ってしまう。

 だが譲ることはできなかった。

 だからプリフィエールは、自分の中で一番大きな問題を口に出した。

 

「わたしが恥ずかしいからダメなんです!」

「俺は恥ずかしくないから大丈夫だっ!」


 プリフィエールが思い切って理由を言葉にすると、ブレドナートは即座に切り返してきた。


「うわーっ! この人、話が通じません!」

「それはこちらのセリフだ。君の方こそ、感情に任せて駄々をこねるものではない」


 それからしばらく言い合いを続けたが、あくまでも拒否しようとするプリフィエールに対し、ブレドナートは一歩も譲らなかった。

 いつまでも決着がつきそうにない。そうお互いが思い始めたところで、ブレドナートが妥協案を出した。


「わかった。それなら今日一日、いっしょに過ごしてみて判断してくれ。どうしても嫌なら、夜は家の外で野宿でもすることにしよう」

「わかりました。それで妥協しましょう」


 プリフィエールは、その提案を受けた。そして、何か理由をつけて、一晩くらいは野宿させてやると心に決めるのだった。


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