泣いた石
会津地方にも殺生石の伝説は、あり色々と資料などを読んで自分なりに加工して書いてみました。
東北地方にある福島県会津地方。
ここの土地には、古い古い昔話がありました。
然る格式高い神社に、九尾の狐が化けたとされる殺生石の欠片がありました。
殺生石とは、平安時代に帝に取り付き悪政を敷いた玉藻の御前が、陰陽師によって正体を見破られて、那須の地において息絶えたと同時に石に化したのです。
玄翁和尚によって砕かれた殺生石は全国各地へと飛び散りました。
その石の欠片が会津地方にもあったのです。
しかし、その石は、殺生石ではなく、涙石と呼ばれていました。
涙を流したように、いつも塩水で濡れていたからです。
何故、涙石と言われているのか?
それは、こんな逸話があるのです。
ある所に、一人の若者がおりました。
その若者は、その地を治める陰陽師の一族の長の子でしたが、力が無い事で、周りから仲間外れにされておりました。
いつも一人ぼっちだった若者でしたが、彼は、泣き事一つ言わずに、じっと耐え忍んでいました。
そんな若者には、毎日欠かさず行う事がありました。
殺生石の掃除です。
かつて悪さをしたとは言え、石になっても酷い扱いを受けるのは哀れと思った若者は、いつも殺生石を掃除し、供え物をしました。
「昔、悪さをしていたとは言え、石になっても懲らしめられては、憐れじゃろう」
いつも言いながら、若者は水で綺麗に掃除してやりました。
若者の心の優しさに、殺生石は何時しか若者が毎日、来る事を楽しみしました。
そんなある時、若者の前に数人の男たちが来ました。
「ふんっ。九尾の狐も石に化けたら、ただの石だな」
一人の男が鼻で笑うと石を蹴りました。
それを合図に大勢の男たちが石を蹴ったり叩いたりしました。
殺生石は、動けない事に怒りを感じながら、罵倒を受け続けました。
「こら!!何してるんだ!?」
若者の怒鳴り声が聞こえました。
「この石は、もう罪を償った。それを罵倒するのは人間の道に反するぞ!!」
「力無き者が吠えるな!!」
男たちは石から離れると若者を取り囲み、袋叩きにし始めました。
若者も必死に抵抗しましたが、多勢に無勢。
どんなに頑張っても、若者は勝てずに結局は袋叩きにされて昏倒してしまいました。
「ん・・・・・っ」
どれくらい昏倒していたのか。
若者が眼を覚ますと朝日が出る前でした。
「いっ・・・・・・・・」
起き上がろうとしましたが、身体中に痣や傷があり起き上がるのも苦労した。
「・・・・・もし、どうなさいましたか?」
若者が振り返ると、綺麗な着物を着た黒髪が綺麗な女人が立っていました。
「・・・・・・・」
若者は、女人の美しさに眼を奪われました。
しかし、自分の情けなさに恥ずかしさが起り、眼を背けました。
「な、何でもありません・・・・・・・」
「そのように、お顔を痣だらけにして、何でもありませんではないでしょう?」
女人は優しい声で若者に語り掛ける。
「・・・・・・・・・」
「何か訳が、あるなら話して下さい。私でも、話し相手にはなります」
女人の優しい声と態度に若者は、昨夜の事を話し始めました。
「・・・そうでしたか」
最後まで話し終えた若者は、女人の言葉に頷いた
「えぇ。昔は、悪さをしたとは言え、石にまで罵倒する事は無いと思いまして」
「貴方様は、心優しいのですね」
女人の言葉に若者は首を横に振った。
「私は、優しくありません。ただ、人の道に反する事をしたくないだけです」
「いいえ。貴方は、優しい方です」
人の道に反するとは言うが、人間ではない石に対しても優しい心を持ち合わせる若者は、本当の意味で優しいと女人は言い続けた。
「貴方のような美しい方に言われると、嬉しいです」
若者は、痣だらけの顔を赤くしながら、言う。
「つかぬ事を聞きますが、貴方の名前は?」
「私は、葛葉と言います」
「葛葉。なんと良い名前だ」
若者の正直な言葉に女人は、温和な笑みを浮かべると懐から、何やら取り出した。
「これは、傷薬です。これを痛む所に塗れば、たちどころに治りましょう」
「でも、どうして見ず知らずの私に・・・・・・・?」
「貴方が心優しい男性だからですよ」
葛葉は、笑みを浮かべまま姿を消した。
若者は渡された傷薬を持ち家へと帰宅して行った。
家に帰った若者は、誰に挨拶をする訳でもなく、離れへと向かった。
今にも潰れそうな離れは、若者が生まれた時から住まわされている離れだった。
その離れに入った若者は傷薬を取り出して、痣と傷がある所に塗ってみた。
するとどうだろう。
見る見る内に傷と痣が治って行くではないか。
「これは・・・・・・・」
若者は、眼を見張ったが、きっと神仏が化けたのだろうと思った。
傷が癒えた翌日、若者は何時ものように殺生石に行った。
「昨夜は、掃除が出来ずにすまなかったな」
石に謝ってから若者は掃除を始めた。
丁寧に水を掛けて、汚れを落とした。
それから供え物をした。
暫く殺生石を見ていた時だった。
「その様子ですと、傷は治ったようですね」
振り返ると、昨夜の葛葉が立っていた。
「昨夜は、ありがとうございました」
若者は礼を言ってから傷薬を返した。
「いいえ。貴方のような方に役に立てたなら、嬉しいです」
葛葉の笑みに若者は顔を熱くさせた。
「で、では、私はこれで・・・・・」
若者は一礼してから葛葉の前から走り去った。
その翌日、若者は殺生石に行き掃除をした。
その時も何時の間にか葛葉が現れて、他愛無い話をするようになった。
若者は葛葉の温かい笑みと心に何時しか恋い慕う気持ちが芽生えたのを感じた。
しかし、自分のような者には、嫁は出来ないと考えて決して自分の気持ちを伝えようとはしなかった。
そして葛葉に会うのが日を追うごとに辛くなり、会っても逃げるように走り去るようになった。
それが若者は心苦しかった。
そんな、ある夜、若者は殺生石の前に来ていた。
「・・・殺生石。今日は、少し私の話を聞いてくれ」
若者は、石の前に座ると瓢箪を取り出した。
「ここで何時も会う葛葉という女人に、私は恋い慕う気持ちが芽生えてしまった」
「だけど、私のように陰陽師の家に生まれながら力も無い者には、嫁など貰えない」
「きっと葛葉殿は、然る身分の高い御方だ。私のように落ち零れには、絶対に嫁になど貰えない」
若者は涙を流していた。
叶わう恋をした自分を憐れんでの涙かもしれない。
「どうして、私は葛葉殿を好きになってしまったんだろう」
どうして自分には力が無いのだろう。
若者は瓢箪を口に含んだ。
中身は酒だった。
「私は、何て無力なんだ・・・・・・・・・」
「貴方は無力などではありません」
若者は、聞き慣れた声に思わず身を固くし振り返るのが怖かった。
「・・・こんな夜に、どうしたのですか?」
若者は振り返らずに葛葉に話し掛けた。
「今宵は、満月。どうしても外で見たかったのです」
透き通るような声に若者は、拳を握った。
「貴方様は、どうしたのですか?」
「・・・いえ。私は、ただ酒を一人で飲みたくなって来たんですよ」
若者は、先ほどの独り事を聞かれたのか心配でしょうがなかった。
「そうですか。私も一緒に居させてもらえませんか?」
葛葉が近寄って来る気配を感じ、若者は立ち上がろうとした。
「わ、私は急用が・・・・・・」
しかし、若者の肩を葛葉の白い、白い雪のような肌をした手が止めた。
「最近の貴方は、私を避けております」
どうしてですか?
と尋ねてくる葛葉に若者は、何も言わなかった。
「・・・私が嫌いですか?」
「いえ!!た、ただ・・・・・・・」
若者は、言おうとした。
だが、言ったら自分の気持ちを葛葉に知られてしまう。
それは嫌だった。
「ただ、何ですか・・・・・・・?」
続きを促す葛葉に若者は、ぽつり、ぽつりと喋り始めた。
自分が、葛葉を好きになったこと。
だが、葛葉とは身分違いの恋だと言い、諦めようとしている事も。
「・・・・私は、貴方に相応しい男ではありません」
若者は、今宵限りで姿を消すと言った。
「・・・貴方は、本当に御優しい方ですね」
葛葉の手が若者の背中に回り込んで抱き締められた。
「貴方に相応しいか、相応しくないかは私が決める事。貴方は、十分に私の夫に相応しい方ですわ」
「しかし、私は無力です」
若者は葛葉の言葉が信じられないように言葉を出した。
「無力ではありません。貴方には、人を・・・・いえ。妖しにも優しい御仏のような方です」
それは人として、とても大切な事だと言う葛葉。
「貴方様が、宜しければ・・・・・・私を妻にして下さい」
若者は葛葉の手を握った。
「私のような者で良いのですか?」
「貴方だから良いのです」
若者は振り返り葛葉を抱き締めた。
葛葉も抱き締め返した。
その時だった。
大勢の松明が若者と葛葉を照らした。
松明は若者の家族たちで、若者が夜中に居なくなったのを知り女と密会を重ねているに違いないと考えて探していたのだ。
家族たちは若者には不釣り合いな女人と居る事に怒りを露わにした。
「この者は、碌な事をしない。今ここで懲らしめてやる」
家族たちは手に棍棒を掴み、若者に襲い掛かった。
若者は、葛葉を背中に隠すと家族たちに飛び掛かった。
「今の内に逃げて!!早く!?」
葛葉は若者の鬼気迫る声に急いで逃げ出した。
若者はそれを見届けて家族たちと戦ったが、多勢に無勢で等々、殺されてしまった。
家族たちが消えてから葛葉が若者の前に再び姿を現して近付いた。
若者は冷たい骸となり動かなかった。
しかし、その顔は笑っていて好いた女人を助けられた事を誇りに思っていたようだ。
「・・・・・・・」
葛葉は若者の名前を言いながら、冷たくなった骸を抱き締めて泣いた。
そして、若者を抱いたまま殺生石の中へと消えて行ってしまった。
葛葉の正体は、殺生石だった。
石に戻っても泣き止む事はなく、殺生石は昼も夜も泣き続けた。
泣くと同時に殺生石は、那須と同じように毒を撒き散らし誰も寄り付かせなくなった。
そして何時しか時が経ち、この地を訪れた天海上人が殺生石の噂を聞き付け、殺生石のある場所へと赴いた。
「・・・これは・・・・・・・・」
天海上人は、目の前の石を見て言葉を失った。
殺生石は毒を吐きながら泣いていたのだ。
その傍らには、髑髏が一体あった。
天海上人は毒で死んだ者と最初は思ったが、髑髏が寄り添うようにして殺生石にあるのを見て思い直した。
一度、村へと戻った天海上人は、村人たちに髑髏の者を訊き尋ねた。
村人たちは髑髏の正体を教え憐れな若者であったと話す。
「・・・・・何と、憐れな」
天海上人は、若者の非業の死と殺生石が泣いている訳を知り村人たちの力を借りて、小さな御堂を建ててやり殺生石と髑髏を丁寧に弔った。
それでも殺生石は泣き続けた。
いつしか村人たちは、殺生石の事を涙石と呼ぶようになった。
今でも涙石は、非業の死を遂げた若者の為に泣き続けていて、止む事はないそうだ。
これは、古い昔話。
人の優しさを知った妖しと若くして亡くなった若者の悲しい悲しい物語・・・・・・・・・