待ち人来らず
卒業式、最後のホームルームが終わった。僕が真樹と約束した体育館裏に行こうとすると、
「青木君」
背後から呼び止められた。
振り向いてみると同じクラスの中学受験組の女子の一人、長束美穂さんが立っている。
長束さんは長い黒髪を三つ編みにした赤い縁の眼鏡が似合う真面目可愛い系の女子だ。
「長束さん、どうかした?」
「あの、」
長束さんは何かもじもじとしてなかなか要件を切り出して来ない。う〜ん、僕もこの後体育館裏で美織と会う約束があるからここでゆっくりもしていられないんだよなぁ。仕方ない、こちらから動くか。
長束さん、進学する私立中学の制服を着ているからそこから攻めよう。
「長束さんが来ているのって北品川女学院の制服でしょ?可愛くって似合ってるね」
「え、本当?ありがとう」
俯きもじもじからぱぁっと表情が綻ぶ長束さん。
「それで、どうしたの?」
はっとした長束さんはおずおずと要件を切り出した。
「あの、良かったらレイルの交換してくれないかな?」
「もちろんいいよ。卒業してもクラスメイトだからね」
「うん、ありがとう」
僕は手早くポケットから携帯端末を取り出すと、長束さんとメッセージアプリのレイルを交換した。
「ねえ、時々連絡してもいい?」
「もちろんいいよ」
「やった!」と言って小さくガッツポーズする長束さんはとても可愛いと思った。長束さんはどうやら目的を果たしたようなので、僕も先を急ぐ事にする。
「じゃあ、僕はこれからちょっと用事があるから行くね」
僕が踵を返そうとすると「待って」と再び長束さんに呼び止められた。
「青木君、これから美織ちゃんと会うんでしょ?美織ちゃんなら岡田君達と打ち上げ会に行ったから体育館裏には行かないよ」
「そうなの?」
「うん」
どういう事だろう。僕と美織が卒業式の後に体育館裏で会う事を知っているのは僕と真樹と美織の3人だけのはずだ。
「そういう事だから。じゃあ私行くね」
長束さんはそう言うとそそくさとこの場を後にした。
「さて、どうしたものかな」
長束さんは美織が体育館裏には来ないと言った。しかも、あの岡田なんかと一緒に打ち上げ会に行くからと。普通に考えて2月の岡田はっちゃけ事件で言い合いになった美織と岡田が仲良く卒業式の打ち上げ会とやらに行くとは思えないのだけど。
だけど、僕のクラスで卒業式の打ち上げ会なんて催していないから、美織が行くとしたら進学塾の打ち上げ会か。だったら同じ進学塾に通っていた美織と岡田が打ち上げ会に行くというのも有り得ないとは言えないか。
どうやら僕は約束をすっぽかされたのかもしれない。このまま帰ってしまおうかとも思ったけど約束は約束だ。しかも、長束さんから美織は来ないと言われたからとこのままおめおめとうちに帰ったら、
「他人の言った事を真に受けて約束の場所に行かないとか有り得ない!」
と真樹が激おことなるのは必定だ。
ここは誰に何と言われようと僕には体育館裏に行く選択しかない。
しかし、僕が実際に体育館裏に行っても美織は来てなかった。それから1時間程待ち続けるも遂に美織が来る事はなかった。
〜・〜・〜
「ねえねえ、どうだった?ちゃんと美織ちゃんと仲直り出来た?」
だから喧嘩してないんだから仲直りじゃないって。
帰宅した僕に早速真樹がわくわく感を漲らせて尋ねてきた。
「来なかったよ」
「えっ?」
僕はクラスメイトの女子から美織が(多分)進学塾の卒業式打ち上げ会に行ったと伝えられ、それでも体育館裏に行って1時間待ったけど美織は遂に来なかったと真樹に伝えた。
真樹は目を見開いて驚くと、次いで落胆したように「…そう」と呟いて自室に戻って行った。
僕達一家はそのまま僕の卒業祝いのため二泊三日で草津旅行に出かけた。その旅行の後は藤沢市に住む父方の祖父母、次いで杉並に住む母方の祖父母に会いに泊まりで出かけ、美織と会う機会は失われたまま僕は中学校への入学を迎えた。