番外編 もう一つの幼馴染達の物語②
「ちょっ、真樹ちゃん。どこに行くの?」
「いいから黙って着いて来なさい!」
ミキの文句をスルーして、ミキは私に手を引かれるまま歩き続け、少しして私達は天元破砕流剣術の道場に到着。
道場は住宅街の外れにある。広い敷地内、昔ながらのお屋敷と言ってもいい日本家屋が母屋で、その西側に道場が建っている。私は勝手知ったる他人の家、道場の入口の引き戸を開けると少年部稽古の真っ最中。道場の奥からは竹刀を打ち合う音や鋭い気合の声が響いて来る。
「ミキちゃん、ここって、」
「ここは天元破砕流剣術の道場よ。ミキにここで私の兄に会わせてあげる」
「真樹ちゃんのお兄さん?何で僕が?」
「つべこべ言わない。暫く稽古を見てなさい。そのうちに兄が来るから」
「う、うん」
そう言ってミキに稽古を見るように促すと、不承不承といった感じで道場の奥を覗き込んだ。
道場内ではちょうど兄が自分より一回り体格が大きい上級生と打ち合っていた。兄の相手はその大きな体格を生かして兄を押し潰さんと鍔迫り合いで体重を掛けている。兄は左右に身体を摺り足で振るも相手は兄を逃さない。相手は更に兄に圧迫を加え、竹刀の柄で兄の面を甚振ると兄の頭が前後に揺れた。しかも兄の足に足払いまで仕掛けていた。
これはこういう剣術だからいいのだけど、兄を甚振るこの上級生には腹が立つ。
と、兄が相手の右脇をするりとすり抜ける。そして相手の右脚に自分の右脚を引っ掛けて襟を掴んで投げ、更に倒れた相手の面を強かに打ち据えた。
(やったー!強い!お兄ちゃん最っ強!)
やったやったと他の門下生にばれないように喜んでいると、ふとミキの様子が気に掛かった。なのでチラッとその様子を窺うと、ミキは両目を見開いて固まっていた。
「ミキ、ちょっと、大丈夫?」
私に声を掛けられても暫く黙って固まったまま。そして少ししてから視線は兄に固定されたまま、こちらに向きもしないで徐に口を開いた。
「あの人が真樹ちゃんのお兄さん?」
「そうだよ。強いでしょ?カッコいいでしょ?」
「うん、そうだね。本当、強くてカッコいい…」
どこか熱に浮かされたような口調で、ミキは兄を讃える私の言葉に同意した。
〜・〜・〜
どうやらミキは兄の戦う姿を見て惹かれてしまったようだった。稽古の後で私が兄に会わせると、最初はあうあうと緊張して言葉も出なかったミキ。だけどミキが兄に
「何だ、いじめられているのか、お前?」
と言い当てられるとミキは更に言葉を詰まらせてしまった。
そして兄がそんなミキの肩にぽんと手を置いて
「今までよく頑張ったな」
と労るように声を掛けると、ミキはぶわっという感じで双眸から涙を溢れさせ、声を上げて泣き出してしまったのだ。
さっき公園でべそべそと泣いている姿を見たばかりだけど、そう言えばミキはいじめを受けていても学校では一度も泣いていなかった。きっとそれは男の子としてのプライドとか、そういったものだったのかな。
二人の男の世界に女子の私は入れず、私は泣いているミキと、そんなミキの肩に手を置いたまま何か語りかけている兄を見ているしかなかった。兄があの時に何をミキに言ったのかはわからない。その後で兄に尋ねても「ん〜、何だったかな」と惚けられ、後に恋人になった頃にミキに訊いても「内緒」と教えてくれなかった。まぁいいんだけどね。
それからミキは変わった。勿論、良い方に。
早速、次の日からミキは天元破砕流剣術の道場に入門して熱心に通うようになった。兄の事をいつの間にか「ユウ兄」と呼ぶよになっていて、勝手に私のお兄ちゃんを「ユウ兄」なんて呼ばないでよ!と突っかかる私とはちょっと険悪になったりもした。まぁ、すぐに私に許可を求めてきたから渋々許可してあげたけど。
剣術を習い始めだからってすぐに強くなる訳じゃない。だから学校でのミキに対するいじめはその後も暫く続く事となる。だけどそれまでと違ってミキはやられっ放しではなかった。いじめ男子達にしっかりと抵抗するようになった。
元々運動神経も良いミキだ。小三の夏休みが明けて二学期になると、クラスのいじめ男子達はしっかりとミキからの報復を受けていた。
二学期が始まり、これまで通り、いえ、生意気にも抵抗するようになったミキをわからせるべく、二学期開始早々にクラスメイトの前で更にいじめて恥を掻かせてやろう。おそらくそんな思惑で早速仕掛けてきた連中をミキは待ってましたとばかりに一人で容易くボコボコに打ち倒した。
恥を掻かせるつもりが、逆にミキ一人に三人掛で仕掛けて負けて赤っ恥を掻いたいじめ男子達。ミキの腹蹴りで朝御飯を吐き(クラスメイト、汚ねえ臭えと言って退避)、顔面への肘打ちや回し蹴りで鼻血を出し(女子達悲鳴を上げて退避)、恐怖から四つん這いで逃げようとして小便漏らしがバレて(皆さん半笑い)。
流石にそれだけの出来事だったから、誰が呼んだのか先生がすっ飛んできて、負傷したいじめ男子達を保健室へ、ミキを職員室に連れて行った。
その後、怪我を負わされたいじめ男子達の親が激怒して騒ぎ出したけど、クラスメイト達がそれまでミキへのいじめを見て見ぬ振りをしていた罪悪感からかいじめ男子達がミキを小二の頃からずっといじめていたと先生や自分達の親に打ち明けた。
ミキの親も黙っておらず、自分達の息子を一年以上もいじめ続けた事への怒りを学校側といじめ男子達の親にぶつけて裁判も辞さない構えに出たのだ。
これによって、逆にミキへのいじめを放置していた学校側といじめ男子達の親はいじめ息子を連れてミキとミキの両親に謝罪する結果となった。尤も、ミキの両親は謝罪を受け入れずに慰謝料を請求する裁判を起こし、その後は和解となって市といじめ男子達の親が慰謝料を支払う結果となった。
いじめ男子達はその後転校して行った。
「ありがとう、美樹ちゃんのお陰だ」
いじめ騒動が終わって、遠足帰りのバスの車内での事。クラスのみんなが疲れて座席でうつらうつらと舟を漕いでいる中で、隣の席に座るミキが私にそっと感謝の言葉を口にした。
一瞬、何の事?と思ったけど、まぁすぐにわかった。
「別に私が何をした訳じゃないわ」
だって、いじめを克服したのはミキ自身の力なんだし。
「真樹ちゃんが僕をユウ兄に会わせてくれたから、あいつ等をやっつける事が出来た」
「それはミキが頑張ったからじゃないの?」
「それでもだよ。あの日、僕はもうこれ以上はダメだと思って、いじめられているから転校したいって親に打ち明けようとしていたんだ。真樹ちゃんが声を掛けてくれなかったら、きっと逃げるように転校して、嫌な事から逃げる人間になっていたと思う」
逃げる事が必ずしも悪い事ではないと思う。そう母方の祖父が以前言っていた。三十六計逃げるに如かず、だっけ?あ、おじいちゃんは今も元気だよ。
「ふ〜ん、じゃあそういう事にしておいてあげる。でも、」
「でも?」
「ミキも男の子なんだね。まぁ、うちのお兄ちゃんには全く及ばないけど、ちょっとは見直したわ」
私がそう言うとミキは俯いてしまった。顔が紅いのは車窓から差し込む夕陽が照らして、って事にしておこう。
〜・〜・〜
いじめを自らの力で克服したミキ。その後も剣術の稽古に励み、いつしか道場で兄に次ぐ実力となっていた(少年部でね)。そして進学した五浦中に入学すると兄を追って剣道部に入部。兄と共に中学二年の夏に全国大会の団体戦で優勝を果たした。
私とミキはやっぱりよくあるように中学生にもなると互いに同性の友人との付き合いが多くなった。また私には部活の他にモデルの仕事もあったから小学生の頃より話す事も会う事も少なくなっていった。それでも私が最も親しくする男子がミキである事に変わりはなかったけど。
だけど、中学を卒業すると私は山手にあるミッション系女子大の附属女子高に、ミキはやはり兄を追いかけて県立雪村高校にそれぞれ進学。私達は更に接点が無くなって疎遠になってしまった。
因みに兄は高校で剣道部ではなく空手部に入部したのだけど、ミキは兄から「自分の人生なんだから自分の道を歩け」と言われたそう。それに対してミキは「そんな事は当たり前です。僕は高校では空手部に入るつもりでしたから」とドヤ顔で答えたんだって(兄談)。
それを聞いて、ちょっとミキってストーカーみたいって思ってしまったのはここだけの話ね?