卒業式、妹は幼馴染同士の和解を願う
校庭の染井吉野も満開を迎え、今日は小学校の卒業式。
式は朝から予定通り進んでつつが無く終わった。式が終わると帰宅、ではなく一度教室に戻って父母等が見守る中で最後のホームルームが始まる。
僕達の担任の先生は大学を卒業して4年目となる立花律子先生。ほんわかとした雰囲気の可愛い系先生で女子生徒たちからは「りっちゃん先生」と呼ばれて慕われている。でも実際は見た目と違って抜け目の無いしっかりとした面倒見の良い優秀な先生だ。
「小学五年生の頃から今日までの2年間、みんなの先生が出来てとても幸せな気持ちでした。みなさんは何があってもこの2年生を共に過ごしたクラスメイトです。この先進む道が違ってもそれは変わりません。みなさんが卒業しても私はみなさんの先生です。またいつか何処かでみなさんと会える日を楽しみにしています。本日は卒業おめでとう」
そう言って一礼する立花先生に生徒と父母達から大きな拍手が起こる。僕も拍手しながらも先生の言葉の裏を考える。「みなさんは何があっても 略 クラスメイトです」か。先生は2月に起きた「岡田はっちゃけ事件」(貴文が命名)についてどうも知っているようだ。
何気なく教室内を見回してみる。欠席者はいないものの心なしか俯いて元気なさ気な生徒が一人いる。ズバリ岡田だ。
あの事件の後、岡田と美織以外の受験組の生徒達が僕に謝りに来たのだ。一人は男子で女子が二人。ってか何で僕に?と思ったけど、この3人にしてれば自分達は岡田と一緒にされたくないし、私立中学に進学してもこの小学校のコミュニティから爪弾きにされたくないのだろう。
僕は3人が岡田みたいに考えているとは思っていないから気にしない旨を伝え、卒業しても仲良くしようぜと言って受験組の男子生徒(吉村君)と握手してみせた。その後二人の女子とも握手すると何故か貴文が拍手、つられてクラスメイト達も拍手し、一応解決となった。
それをどこからどうやってか立花先生は知り得たようだ。やはりこの先生只者じゃないな、油断出来ない。生徒の中にスネークがいるんじゃないかと思ってしまう。まぁ、もう卒業するから接点は無くなるけどね。
ホームルームが終わり教室から退出する際、僕達卒業生は先生に挨拶して一人一人何かしら先生から言葉を貰う事となっている。“青木"の僕は出席番号一番なので早々にだ。
手に卒業証書の入った筒を持った僕は教室の出入り口で立花先生に一礼。
「立花先生、2年間お世話になりました」
「青木君、卒業おめでとう。五年生の途中から雰囲気変わったみたいだけど何かあったのかしら?」
やっぱりよく見ているよ、この先生。
「それは、まぁあれです。男子三日会わざれば刮目して見よって奴です」
「あら、難しい言葉を知ってるのね?」
「伯父の受け売りですけど」
「でも本当ね、先生驚いたわ。一生懸命頑張ってる青木君はとてもいいと思う。中学でもほどほど休みを入れて頑張ってね」
「はい。有難う御座います」
「それと、」
まだ何かあるのかな。
「最後の最後で大事にならないようにしてくれてありがとうね」
立花先生は最後に声を潜めてそう言った。やっぱり知っていたか。僕は「何の事です?」と肩をすくめてすっとぼけて見せると何故か先生は僕の頭をわしゃわしゃと撫で回し、折角朝早く起きて整えた髪型をめちゃくちゃにしてくれた。何故か大人は僕の背中や肩を叩いたり髪型をめちゃくちゃに乱したがる。
僕は身を屈めて先生の手から逃れると一礼してそのまま校庭に向かった。
〜・〜・〜
で、僕が今どこにいるのかといえば、体育館の裏だったりする。呼び出されて来ている訳だけど、別に岡田に先月の意趣返しで呼び出されたという事ではない。ではどうしてかと言えば、昨夜に妹の真樹からそうするよう請われたからだった。
昨夜の事、夕食後の風呂上がり。僕が自分の部屋でベッドに横たわっていると、ノックと共にドアが開いて真樹が「入るね」と言って部屋に入って来た。
「ノックしたらドア開ける前に何か言えよ」
「いいじゃん。私とお兄ちゃんの仲なんだからさ」
まぁ真樹なら別に構わないけどさ。
僕が起き上がってベッドの縁に腰掛けると、真樹は既に勉強机の椅子に座っていた。
「それで、何か話があるんだろ?」
「流石、理解の早いお兄ちゃんは嫌いじゃないわ」
フッと笑って肩をすくめる真樹。これは先に観たアメリカ映画と某錬金術師の漫画の影響だろう。僕だってわかりやすい妹は好きだよ。
「では単刀直入に訊くけど、美織ちゃんと仲直りはしないの?」
美織と仲直りか。僕と美織は仲が良かった幼馴染だっただけに喧嘩くらいした事はあった。大抵はその翌日くらいにどちらともなく謝って仲直りして終わるのだけど、今回に関して言えばそもそも喧嘩じゃない。僕が美織から一方的に避けられ、無視され、睨み付けられたのが原因だ。理由については飽くまで憶測ではあったけど是親伯父さんから教えて貰っている。本人から聞いた訳じゃないからそれが本当かどうかはわからない。だから真樹の問いについてはこう答える。
「仲直りも何も僕と美織は喧嘩なんてしていない。してない喧嘩の仲直りなんて出来ないよ」
真樹は僕の答えを聞くと綺麗な顔を顰めて溜息を吐く。
「うん、喧嘩じゃない件はわかった。じゃあさ、一度会ってみて話し合うってどうかな?そうしたらお互いの誤解も解けると思うから」
また真樹が調子の外れたような事を言う。
「誤解?だから誤解すらしてないんだって。理由はあるにしろ僕が美織から突然避けられ、無視され、睨まれた事実が全てだ。誤解も何も無いよ」
僕がそう言うと真樹は「あぁ、もう!」と苛立たし気な声を吐き出し、次いで深呼吸して気分を落ちつかせて再び僕と対峙する。
「お兄ちゃんって本当理屈っぽいんだから。お兄ちゃんの言い分が正しいのはわかったよ。確かにいきなりそんな事した美織ちゃんが悪いよね。じゃあさぁ、美織ちゃんに釈明の機会を与えてあげてよ」
釈明ねぇ。まぁ、話の続きを聞こうか。
「でも美織は4月から聖ルチア女子中に進学するんだろう?だったら別に僕にどう思われようがどうでもいいんじゃないか?」
「そんな訳無いじゃん!」
僕の返答に真樹は猛然と食ってかかる。
「そうだからこそ美織ちゃんはお兄ちゃんと仲直りしたいんだよ。なんでお兄ちゃんは頭良いのにそういうのがわからないの?」
「いや、僕は頭が良いんじゃなくて、ちょっと器用なだけだよ」
「そういう理屈はいいから。美織ちゃんに会うの?会わないの?」
きっとあの時、美織には美織のそうしなければならなかった理由があっただろう。だけどそれは全て美織の事情だ。いきなり理由も知らされず避けられ、無視され、憎々し気に睨まれ、美織も真樹も僕が傷付いていないとでも思っているのだろうか?何が今更仲直りだ。そんなの都合が良すぎるじゃないか。くどいけど喧嘩してないから仲直りじゃないし。
「じゃあ、会わない」
え⁉︎と真樹は驚く。今までの僕なら真樹の頼みを断ったりしないから拒否する僕が意外だったのだろうか?
「どうしても?」
「どうしてもだ。美織が僕に謝るというのなら美織が僕のところに来るのが道理だ。真樹は美織とメッセージアプリで遣り取りしているのだろう?美織にはそう伝えておいてくれ。僕からは美織に会いになんて行かない」
頑なな僕に真樹は一瞬途方に暮れた表情になったけどすぐに態度を一変。急に椅子から立ち上がって僕の前で床に膝を突き、それから両手を祈るように組むと上目遣いに僕を見上げた。
「お兄ちゃん、真樹のお願い。美織ちゃんに会ってあげて?」
「ゔっ」
意表を突く真樹のお願いポーズ、愛妹モードに思わず変な声が出てしまった。
「お願い、お兄ちゃん」
尚も追い込みの"追いお願いポーズ"。
「そ、それは、卑怯だろ」
僕の口調に自身の勝利を確信した真樹は余裕を感じさせる口調で僕に約束を迫る。
「美織ちゃんと会ってくれるよね?」
結局、妹には敵わず。僕は美織と卒業式の後に体育館裏で会う事になった。なってしまった。はぁ。