番外編 山田友之、その恋の行方②
俺達三人の中で一番早くに彼女が出来たのは貴文の奴だ。あいつ、中二の頃から小六の頃の同級生である田村恵美と付き合っていやがった。
二人の馴れ初めを聞けば、中二の秋頃にみなとみらいの本屋でばったり出会い、本屋に併設されているカフェでお茶したのが始まりだったとか。その時に互いに勇樹と有坂の蟠りに苛立っていて、二人をどうにか和解させたいと思っていた事がわかり「よし、やろう!」となったのが切っ掛けだそうだ。
勇樹と貴文、二人ともそれぞれ幼馴染や同級生との仲を深めている最中も、二人ほど雪村高校への合格率は高くなかった俺は吉澤の事が好きであったものの受験勉強に余念が無かった。クロスチェリオの誓いは全国大会優勝だけじゃなくて雪村高校合格もだ。俺だけそこから脱落する訳にはいかなかったのだ。
受験勉強を頑張った甲斐もあり、俺も脱落する事無く勇樹や貴文と共に入試で雪村高校に合格する事が出来た。しかし、気がつけばもう卒業間近。
中学を卒業したら俺と吉澤は進学先が違う。勇樹と貴文はそれぞれ彼女と付き合っているから、中学を卒業した後も当然自分の彼女と付き合っていける。だけど、俺と吉澤は中学を卒業してしまえば単なる小学校や中学校の同級生、敢えて剣道部の部長同士だったと主張しても、ただそれだけの関係となってしまう。進学先で新しい日々に飲み込まれ、忽ち疎遠になってしまうだろう。
吉澤とは家も同じ地区で近いんだし会いに行きゃいいじゃん、部活の連絡事項があったからレイルも交換してあるんだし連絡だってとる事が出来るだろ?
まぁ、そうした意見もあろうぜ。だけどな、家が近いからって単なる中学の同級生が女子の家を訪ねて行けるか?レイル交換しているからって単なる中学の同級生がメッセージ送れるか?出来る奴もいるだろうが、俺には口実でも無い限り出来ないね。ストーカー扱いされかねないし、そして口実なんてそもそも無いんだ。
それに吉澤は私立の共学高校に進学する。吉澤のような可愛い女子を共学の男共が放っておくはずがない。
だから、俺が吉澤に告白するチャンスは今しか無かった。そうした焦りがレイルのメッセージで一方的に吉澤を呼び着けるという愚策に己を走らせてしまった。
少し冷静になってみれば、俺はどうにも一方的で失礼で非常識な事をしてしまった。
「吉澤の都合も考えず、本当に申し訳ない」
「それはわかった、わかったから」
俺が再び頭を上げると、吉澤は「うっ、ううん」と作ったような咳払いをして俺に今回の用向きを尋ねた。
「で、どうしたの?急に呼び出したりしてさ」
吉澤が心なしかそわそわしているように見えたのは気のせいだろうか?
俺は心を落ち着かせるため大きく深呼吸すると吉澤を見据え、彼女の両手を握って切り出した。
「吉澤、俺はお前の事が大好きだ。頼む、俺と付き合ってくれ」
俺にいきなり両手を握られ一瞬ビクッとなった吉澤だったが、俺が告白すると大きく目を見張り、次いで視線を俺から外した。
「山田君の気持ちは嬉しいんだけどさ、私、青木君が好きだったんだよ?それでもいいの?」
吉澤の返事は意外なものだった。
「青木君が好き」だと!
いや、待て。そうじゃない。よく思い出せ、俺。吉澤は「青木君が好き」の後に「だった」と言ったぞ?合わせたら「青木君が好きだった」だ。過去形だろ、それ!
そんなの知っていた事だ。吉澤が勇樹の奴を好きだった事くらい知っていたさ。だから俺は前に勇樹の尻に一発蹴りを入れているしな。
「そんな事は全然問題が無い」
俺がそう断言すると、吉澤はその表情をほっとしたように緩ませた。
「そう。それなら良かった」
良かったか。そうかそうか。うん、それで…
「…」
「…」
それで、吉澤の気持ちというか、返事はどうなんだろうか?
「それで、どうなんだろうか?」
「え?何が?」
「その、返事を聞かせて欲しいのだが…」
吉澤は一瞬真顔になると、何故か俺に対して抗議の声を上げたのだ。
「返事って、私したよ?青木君が好きだった私だけど、それでもいいのって」
え?
「もう!だから、そんな私で良かったらお願いしますって事!」
「それって、Yesって事?」
「そう。Yesって事!」
いや、吉澤。それはわかり難いだろ。でも、まぁ、照れて俺を睨んでいる吉澤を見ればそんな事はどうでもいいか。なにせ、吉澤が俺の告白にYesって言ってくれたのだからな。
〜・〜・〜
こうして俺と吉澤は気持ちが通じ合って恋人同士となった。まずはお互いに名前呼びするという初日のミッションをクリア。春休み中はデートして、高校の入学式後には明美を彼女の高校まで迎えに行って周囲の男共へ俺という彼氏の存在をアピールした。
高校で俺は以前から興味のあったバスケットボール部に入部、まぁ県大会までは行ったぜ?明美は中学から引き続き剣道部に入部した。
明美が言うには、中学で男子剣道部の活躍を目の当たりにして自分達女子剣道部も影響を受けて結構頑張ったと。だけど男子剣道部ほど顕著な結果は出せず、中三の市大会決勝でセンルチ女子中第1剣道部の壁を崩せず負けてしまった。その結果に納得出来なかった明美は高校でそのリベンジを図るべく、敢えてセンルチのライバル校に入学して再び竹刀を取ったとの事だった。
明美の言った通り、彼女の高校生活は剣道一直線。そんな明美を俺は尊重して交際を続けた。そして明美は高校三年で遂にセンルチ女子高第1剣道部を破りインターハイに進出、そしてベスト8入りする結果を出したのだ。本当は優勝したかったみたいだけどな。
そんな明美を恋人である俺が褒めて慰めたのは言うまでもない。その日はその流れで俺達は初体験を、ゲフンゲフン。
〜・〜・〜
そして現在、俺と明美は27歳。
俺は雪村高校から防衛大学校に進学し、今は海上自衛隊の幹部自衛官として護衛艦「あしたか」に乗り込む艦隊勤務。
明美は都内の私大に推薦入学して教員となり、今は母校の五浦中学で国語教師として教鞭を取っている。勿論、女子剣道部の顧問だ。
〜・〜・〜
昨日は俺達の結婚式だったんだ。式場は横浜の山手にある洋館のレストランで、勇樹の妹の真樹ちゃん(モデル)の伝手で貸切挙式する事が出来た。
勿論、地元横浜の親友や友達、仲間達や恩師には誰よりも早く連絡した。みんな急な事だったけどなんとか都合付けて参加してくれ、俺には感謝しか無い。
貴文はその二年前に田村と結婚している。貴文は大学でロケット工学を専攻し、今はJAXAに就職して有人輸送船の開発に従事している。田村は港区にある有名私大を卒業して自動車メーカーに就職。二人の新居は横浜のJAXAの家族寮で、俺も勇樹も何度かお邪魔したが、まぁ幸せそうで何よりだった。
高遠先生は誰もが予想したように中学の全国大会の翌年に高橋先生と結婚、今やニ男一女の良きお父さんだ。
あれから天元破砕流剣術は勇樹の伯父さんが経営する警備会社に取り入れられ、今や世界中のその道の人達から注文されて中々の人気らしい。そのため高遠先生は教職を辞して道場経営に専念し、奥さんとなった高橋先生は今も教員を続けている。
俺達の結婚は実は二年前に予定していたんだ。それが二年延期となったのは、俺の仕事が影響している。
その年、東ヨーロッパの戦争に端を発した世界情勢の悪化が遂に東アジアにも及び、東シナ海での状況に俺の乗艦する護衛艦「あしたか」も出撃して仕事が大忙しとなったからだった。
因みに、警察庁に入庁した勇樹もその煽りを受けてやはり結婚式が延期となった。
それは東アジアに飛び火した世界情勢の悪化により、以前から我が国に潜入している大陸某国と半島某国の工作員(とその協力者)を無力化する防衛省・警察庁・海上保安庁合同作戦が国内で実施され、勇樹が警察特殊部隊の現場指揮官となって作戦に従事したからだ。
そうした状況も我が国の勝利で取り敢えずの鎮静を見たため、漸く俺も無事に東シナ海から母港の横須賀に帰る事が出来、明美との式も挙げる事が出来た訳だ。
〜・〜・〜
「ごめんな明美、待たせちゃって」
「ううん、こうして友之が無事に帰って来てくれたんだから、私はそれで十分よ」
あぁ、明美のなんと愛おしい事か。この一言が聞けただけで東シナ海の戦いで命懸けで国を守った甲斐があった。
新婚旅行先の北海道は羅臼のホテルで俺と明美は一戦交えた後、二人寄り添って窓越しに初夏の星空を眺めている。
(そういえば、俺と貴文が公園で勇樹に声掛けたのも今くらいの季節だったな)
「おい、お前。同じクラスの青木だろ?お前もゲームやんの?俺らと一緒にやらねぇか?」
子供の頃の俺はちゃらんぽらんで、なんか面白い事でもないものかと期待するちょっと大柄で運動神経がいいだけの奴だった。自分がどんな大人になるかなんて考えもしなかった。
だけど今にして思えばあの時、公園で一人でつまらなそうにゲームをする勇樹に声を掛けたのが俺の人生における分岐点だったのだろう。
あれからとてもありきたりとは言えない人生を歩んで来ている。剣道に勉強に全力全開な勇樹に着いて行くのは正直言って大変だったが、俺の今があるのは奴のお陰だ。
愛する妻と国を守るために戦うのは男子の本懐。実に数奇にして痛快だ。
俺はあの少年の日の出会いを懐かしむと同時に、出会いそして共に青春を駆け抜けた親友への感謝を改めて抱いた。