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エストレリータ

我が家からシーサイドラインの海の公園南口駅まで歩く。


美織の家は駅とは真逆の方向にあり、俺の家からは300m程離れている。プロムナードの本番?であるアメリカでは男子がパートナーの女の子を車で迎えに行くのだそうだけど、残念ながらここは日本だ。高三で普通自動車免許を取得している奴は僅かだろうし、まして自動車を所有している奴はもっと少ない。普通自動車免許は近い内に取りに行きたいのだけど。


だからといって彼女を迎えに行きもしないで、何で一人で駅に向かっちゃってんの?という声もあろうけど、今日美織は諸々支度があるからと既にセンルチ女子高に行っているんだよね。俺は一緒に行こうか?と昨日尋ねたのだけど、聖ルチアプロムで目一杯お洒落して綺麗な姿を見せないからダメとの事。これは素直に従わないといけない奴だろう。


やがて海の公園南口駅に着くと、目の前に公園の砂浜と渚が広がる。ここも美織との思い出が一杯な場所だ。春には潮干狩りでアサリを獲ったし、夏は海水浴。ここは遠浅で波も穏やかなので海藻がハンパないのが泳ぐのには玉に瑕だったけど。


子供の頃はその他季節に関係無く両家の母親達が俺と妹の真樹と美織を連れて遊びに来ていた。黄色い外観のパン屋で好きなパンを買って砂浜にレジャーシートを敷いて食べて遊んで。俺はアジフライコッペが食べ応えがあって好きで、美織はカレーパンが好きだったかな。今も好きだけど。


〜・〜・〜


新交通システムシーサイドラインは高架鉄道なので車窓からの景色がよく見渡せる。


車内は空いているから席に座ってもいいのだけど、俺はこの景色を見ていたいのと折角クリーニングに出したズボンが皺になるのを防ぐため立ったままでいた。


八景島シーパラダイスのジェットコースターから海の公園の砂浜、磯子の工業地帯。


車両が進むにつれ車窓の景色は移ろい、俺の思いも過去から現在へと移っ行く。


幼馴染だった美織。物心付いた頃にはもう一緒にいた。引っ込み思案で臆病で幼稚園でも小学校でも一緒にいて俺が守って来た。そんな美織が父親と同じく医者になって研究者になろうと俺から距離を取って避けるようになる。


何故そうなったのか、あの時は訳がわからなかった。俺が何か嫌われるような事でも美織にしたのか?様々な考えが頭を過ぎるも何も思い当たらない。


その内避けられるだけじゃなく憎々しげに睨まれるに至り、俺の方からも美織を無視するようになった。


その頃だったな、ゲームをしたりして気を紛らわせていた俺に器用貧乏になるから何かに一生懸命になって努力するよう是親伯父さんに言われたのは。


努力するのは苦じゃなかった。美織の事を考えずに済むから、何事にも一生懸命になるのは気持ちが楽でもあった。そのうち友達が増えて仲間が出来て、剣道も楽しかった。


だけど、これらのきっかけとなったのが俺に頼らず、自分の力で自分の夢を成し遂げたいという美織の独立心からだったとは。後にして思ったのは、どうしてその時俺に自分の思いを一言でも言ってくれなかったのだろうか、言ってくれたらきっとああまで拗れる事は無かったのに、という事だった。


まぁ、同級生の岡田とか長束さんとか第三者の介入があったりで更に拗れた訳だけど。


三年、小六の頃の同級生達の手助けがあって三年かかって俺達は仲直りする事が出来た。そして幼馴染に戻り、今は恋人になっている。


何だか遠回りをしたような気がしないでもない。だけど遠回りをしたからこそ有坂美織という少女をより良く知り、理解出来るようになれた。そして俺自身、才能の上に胡座をかいた器用貧乏な男にならず、今の俺という男に成長出来たと思っている。


俺達が仲を拗らせる事無く過ごしていたら一体どうなっていただろう?それは今となっては違う世界線の彼方へ行ってしまって想像するしかないけど、人間万事塞翁が馬って事なんだろうな。


車窓に流れる景色を眺めながら取留めもなくそんな事を考えていると車両は新杉田駅に到着、俺はJR根岸線に乗り換えた。


〜・〜・〜


聖ルチア学園。ここに足を運ぶのは高二でボクシング部の部長と岡田に嵌められた時以来だから約一年半振りとなるだろうか。


あれ以降、センルチ男子高生から美織も俺もちょっかいを掛けられる事はない。俺がダンスのステップを教えたセンルチ男子高三年の三人によれば、あのボクシング部の部長と岡田は部員達から退部させられたらしい。しかもボクシング部と空手部からセンルチ女子高に話が回ったようで、折角の聖ルチアプロムでもあの元部長にはパートナーが出来ず、去年の聖ルチアプロムに参加出来なかったという。今年は岡田もそうらしい。まぁ因果応報だな。


(でも、まぁ油断は出来ないな)


何せここは俺にとっては敵地もいいところだから。


学園の門で聖ルチアプロム実行委員会の係員に美織から渡されてた入館証を見せ、学外からの参加者が集められる待機室に案内される。


室内には他校の男子生徒が十人程、俺のように母校の制服だったり、この日の為に奮発して購入した(であろう)スーツやタキシードを着てソファに座っていたり、壁にもたれていたりしている。知った顔はいない。


本来のプロムナードは男子生徒がパートナーの女子生徒を迎えに行ってエスコートするらしい。聖ルチアプロムでもパートナーが学園の女子生徒の場合は男子生徒が女子高まで迎えに行くのだという。俺のような学外の招待客の場合はそれが男子だろうが女子だろうが招いた側が待機室まで迎えに来る事になっている。


と、待機室のドアがノックされる。ドアが開けられると係員から室内の俺達に声が掛けられ、迎えが来た旨を伝えられた。いよいよ聖ルチアプロム開幕という事か。


係員に従って室外に出ると俺達を迎えに来たそれぞれのパートナー達が男女に別れて待っていた。そして自分のパートナーの元へと向かう。俺の元へは美織が静々と歩み寄って来る。


この時の美織の姿は、青いワンピースドレスに両腕にはベージュオペラグローブ。胸元を真珠のネックレスが飾り、黒いハイヒールのダンスシューズを履いている。髪型はサイドテールに纏められ、メイクがいつもより大人っぽく見せていた。


俺はその美しさに目を見張り言葉が出ない。


「どう、かな?」


おずおずと美織が感想を求める。


「と、とっても似合っている。綺麗だ、美織」


「あ、ありがとう」


思わず噛んでしまったけど、美織は嬉しさと恥ずかしさが入り混じった表情となる。


「勇樹も凛々しくて素敵よ?」


「まぁ俺のはいつもの制服だけどな」


ずっと美織を見ていたい。だけど聖ルチアプロムは始まったばかりだ。


ここで係員から各カップルにブートニアとプロムコサージュが配られた。美織が俺の胸ポケットにブートニアを差し、俺は美織の手首にプロムコサージュを通す。


「じゃあ、行こうか美織」


俺は美織に右手を差し出すと「はい」と美織がその手を取った。お互いに白手袋とオペラグローブ越しであるけれど美織の温もりを感じる。


美織の手を取ったまま係員の案内に従って通路を進むとダンスパーティ会場である大講堂の前に至る。そして大講堂の扉が大きく開かれると、講堂内では既に聖ルチア学園の参加者達がそれぞれのパートナーと共にあり、招待客の入場を待っていた。


俺が美織に視線を向けると、俺を見上げる美織と視線が交わる。俺達は見詰め合ったままどちらからともなく微笑んで頷き合う。そしてアナウンスに促されて入場すると、講堂内からは割れんばかりの拍手が起こった。歓迎しますって事かな。


〜・〜・〜


聖ルチアプロムのダンスパーティは実行委員長の開会宣言でワッと沸き、そしてポップなオールディーズの曲が大音量で流れ始めた。皆、それぞれのパートナーと会場のそこここで踊り始める。


流れる曲はロックにポップ、R&Bや時にはラテンミュージック。どれもノリが良くて踊るにも難しいステップは必要無しに簡単なステップで踊れてしまう曲ばかりだ。参加するみんながちゃんと楽しめるよう実行委員会が選曲したのだろう。何故か古いアメリカの曲が多いのはアメリカングラフティを意識しているのかな。


流れる色々な曲で踊りながら、俺と美織のステップは息が合ってばっちりだ。途中で休憩を入れてサービスのドリンクで喉を潤す。


「ノリと勢いで踊れそうだけど、ちゃんとステップ踏めた方が楽しめるね」


「その方が相手にいいところ見せられるしな」


「本当。勇樹、カッコいいよ」


「美織の美しさには敵わないけどな」


「…勇樹」


「…美織」


と、ここで流れる曲の音量が小さくなり、DJも務める実行委員長(男子)のMCが入った。なんだよ、いい雰囲気だったのに。


「皆さん、今年度の聖ルチアプロム、如何だったでしょうか?」


ここで会場から「最高!」「委員会、有難う!」などの声が掛かった。


「有難う御座います。ですが楽しかったひと時は今はもう過ぎようとしています。では皆さん、この時間の最後に三年間の高校生活を締めくくるとっておきの思い出をパートナーと作って下さい」


実行委員長がそう言い終えると照明が暗く落とされ、会場内はミラーボールが作るキラキラとした煌めきがゆっくりと回り照らす。そしてスピーカーから『エストレリータ』が流れ始めた。


チークタイムの到来。美織の腰に両手を回して彼女の身体をそっと引き寄せると美織は密着した俺の首に両手を回した。甘いラテンの旋律の中で俺達は抱き合い、曲に合わせてゆっくりとステップを踏む。


柔らかな美織の身体の温もり、息遣いに匂い。全てが伝わって来て愛しさが高まる。


こんな時、互いの気持ちは通じ合って言葉はいらないのかもしれない。だけど、こんな時だからこそ口に出して伝えたい事があるんだ。


「ねぇ、勇樹」


って、先に美織から呼ばれちゃった。


「うん?」


「小五の時、勇樹の事無視しちゃって本当にごめんなさい」


一体何を言い出すのかと思えば。


「もうそれは終わった事だろ?」


「うん。それから、」


「それから?」


「ずっと私の事、守ってくれて有難う」


「知ってたのか?」


「まぁ、何となくだけどね」


一体どのようなルートで今までの事が美織に伝わったのだろうか?それを知る術は俺には無い。あのかつての淑女協定のように女子の世界には男子が決して知り得ない、踏み入れない領域がある。


「これからも、ずっとずっと俺は美織を守るよ。何があっても」


「…勇樹、」


美織は感極まったように俺の名を口にすると、殊更首に回した両手に力を入れて密着して俺の胸に顔を埋めた。


「愛してるよ、勇樹。これからもずっとずっとあなたを愛する。ずっと私と一緒にいて!」


俺は美織の言葉に応えて彼女の腰を抱く両手に力を込めた。


「ああ、俺達はずっと一緒だ」


俺が美織に言おうとしていた言葉。すっかり先に言われちまったな。まぁ二人とも同じ事を考えていたという訳だからいいんだけどさ。


一時は疎遠になった俺達だけど、今は恋人になった俺の幼馴染はこれからもずっと俺と一緒にいたいみたいだ。


そして、それは勿論俺も同じ。今や俺の人生の目的でもあるのだから。


〜・〜・〜


疎遠になった幼馴染はどうやらまた仲良くしたいみたいです  fin


ご愛読、誠に有難う御座いました。これにて本編は終了です。この後、その他の登場人物のその後を描く番外編が数話続きますので、もう少しお付き合い下さい。

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