余は如何にして恋人を守りしか①
ざわざわと周りがうるさい。罵声に野次、全て俺に向けられた悪意だ。
ここは聖ルチア学園男子高等学校、その格技棟ボクシングジム。俺はジム内に設けられているリング上に立っている。いや、立たされている。
どうしてセンルチの学生でもない俺がそんな所でこんな目に遭っているのかと言えば、罠を仕掛けられて誘き出された訳なのだけど。
センルチ男子高ボクシング部の部長から決闘を挑まれたのだ。因みに俺は空手部でボクシング部ではないし、この部長と何ら面識も無い。
じゃあ何で?って、そりゃあ例によって何処かで美織と会ったか見たかしたボクシング部の部長が美織に惚れたようで。そして美織に俺という恋人がいると知り、俺から美織を奪うべくこうしてボクシング部と空手部も絡めた大規模な罠を仕掛けて来たという訳だ。
今日は聖ルチア学園男子高等学校空手部から県立雪村高校空手部が練習試合を申し込まれて相手方のホームに出向いている。
その練習試合が終わって俺達県立雪村高校空手部が帰り支度をしていると、センルチ男子中に進学した小六の同級生だった岡田が俺に会いに来て格技棟を案内したいと言って来たのだ。
正直言って面倒臭いし、俺はこいつが嫌いだ。って言うか、どの面下げて俺の前に顔出せるんだ?という感じだ。しかし岡田は、
「小学校の頃は本当に悪かった。反省しているんだ。それで俺もボクシング部で頑張っているから青木に見て欲しいんだ」
などと空手部の皆の前で曰ったものだから、部長の先輩が「よし。勇樹、行って同級生の成長を見てこい」と。因みにこの先輩は何かと感激する人で、感激キャプテンと呼ばれている。とてもいい人なんだけど、人がいいって面も多分にあるんだよね。
部長にそうまで言われたら岡田相手であっても断り辛い。本当は一度雪村高校に戻る予定だったけど、俺だけボクシング部を見学してから家に直帰する事になった。
センルチ男子高の校舎内を岡田の話を適当に聞き流しながら進み、やがて格技棟に至る。ボクシング部のジムでは汗臭い中、20人ほどの部員達が練習に励んでいた。
岡田に促されてジム内に入り、暫く練習風景を見ていると岡田から「リングに上がってみないか?」と誘れた。俺が(面倒臭いから)申し出を固辞していると近くで練習していた部員達も上がれ上がれとやたら勧め、雰囲気的に上がらざるを得なくなり。
そして渋々リングに上がると、真打登場とばかりに背の高い横分け細マッチョな雰囲気イケメンが登場してリングに上がって来たのだ。
(え、誰?)
そいつは謎に俺を見下した態度と口調でこう言ったものだ。
「お前が美織さんと付き合っている男か?」
「そうだけど?」
「俺はセンルチ男子高ボクシング部の部長で伊吹丈太郎だ。お前、俺と美織さんを賭けて決闘しろ。そして俺が勝てばお前は美織さんと別れろ」
やっぱりこのパターンか…
〜・〜・〜
中学三年の夏に全国中学生剣道大会で優勝した。その二学期からは受験勉強に全力を挙げ、俺は友之と貴文と共に志望校である県立雪村高校に合格した。その合格発表の日、俺は夕方の八景島で美織に告白し、その日から俺と美織は恋人同士となった。
なったのだけど、それからもデート先で俺が雉を狩に行っている間に美織が柄の悪い高校生にしつこくナンパされる事があった(強制排除したけど)。
その事があって俺は考えた。この先どうすれば美織を守れるのだろうかと。
どうしてか美織は変な輩に執着されてしまう。無論、それは彼女の意に反する事ではあるけれど、小学生の頃から起こっている。
以前、センルチ男子中第一剣道部の三浦が美織に懸想した時、俺が美織と付き合えば美織に言い寄る奴は減るんじゃないかと後輩のショウが俺に言った。それは確かにそうなのだろうけど、どうも美織の場合はそれだけじゃダメみたいなのだった。
俺と美織が共学の同じ高校に通ったならば、美織に俺という彼氏がいると知れ渡る。そうなれば美織に下手なちょっかいを掛けるような奴は出ないだろう。出たとしても、すぐにわかるだろうから実力強制排除してしまえば良い。その事実が更に抑止力にもなろう。
しかし、現実は俺と美織は別々の高校に進学している。美織は私立の女子高に通うも、そのすぐ近くに系列の男子高があって、そこの男子学生共が良からぬ事をしでかさないとも限らないのだ。
美織に恋人がいるという事実だけではダメなのだ。美織を守るにはとんでもなく格好良く、とんでもなく強く、とんでもなく頭の良い並の男じゃとても太刀打ち出来ない恋人が美織にはいるのだと周知させなくてはならない。そういう結論に俺は至った。
自分で言うのもなんだけど、俺は容姿に恵まれている。美少年剣士なんて呼ばれていたくらいだからね。県下一高い偏差値の進学校に合格したのだから頭も良いだろう。ならば残るは腕力か。
剣道は中学時代に全国大会で優勝している。剣道三倍段なんて言われているけど、剣士は世の中の人々からは竹刀が無ければ弱いと思われている。実際、そんな訳は無いのだけど。
俺が入門している剣術、天元破砕流剣術は戦場での組み討ちも想定した突き技、蹴り技、投げ技、関節技も含まれる総合格闘技だ。俺はその二段を師範から授けられている。そして是親伯父さんが経営する警備会社で時折近接格闘のレクチャーも受けているから腕に覚えはある。
だけど、それはあまり他所に知られてはならない事柄でもある。それらを大っぴらに喧伝出来ない以上、何か別の格闘技を始めて武勇伝で名を挙げる必要があった。
そこで高校に入学した俺は剣道部には入らず空手部に入部した。これは空手で俺の天元破砕流剣術の技や是親伯父さんの警備会社で習った近接格闘技を隠すためと、単純に空手をやってる奴=喧嘩強い奴というイメージがあるからそのイメージを自分に付けるためだ。
因みに俺と友之と貴文は雪村高校入学に当たって話し合い、それぞれが望む道へ進もうと決めていた。剣道を続けるも良し、別の事を始めるも良しという訳だ。
俺はそうした訳で空手部に、友之は以前から興味があったというバスケットボール部へ、将来航空宇宙関連分野に進みたい貴文は物理学部にそれぞれ入部した。剣道部からは残念がられたけど仕方無い。
空手部に入部した俺は一年生の頃に新人戦で優勝、二年になって組手個人戦でインターハイに出場して優勝した。それで俺の武名も横浜や川崎で知れたかと思っていたけど、こうして罠を仕掛けられているからには俺もまだまだという事だな。
〜・〜・〜
リング上で俺の前には横分け雰囲気イケメンが立ち、尚も如何に自分が美織に相応しいかとめど無く語り続け、リングの周りをボクシング部員といつの間にか来ている空手部員達が逃げられないように俺を取り巻いている。まぁ逃げようと思えばさっさと逃げられる訳だけど。
おそらく、このナルシスト野郎はここで本気で俺とやり合おうなんて気は無いのだ。絶対優位な状況で俺を殴り、俺の情け無い姿を録画して美織と別れろと脅すといったところだろう。岡田もかつて恥をかかせた俺を痛めつけてざまぁをしたいって感じか。
甘っちょろい奴だ。甘っちょろい連中だ。所詮は閉ざされた私立学校の世間知らずのお坊ちゃん共だな。ならば自分達は何をしても傷付かないと思っているこいつ等に、集団であれば何をしてもいいと思っている連中に自分達が誰を相手にしているのか教えてやらなければならない。
「その決闘受けてやる。御託はいいからさっさと掛かって来いよ。こんな事までしないと女一人モノに出来ない卑怯者が」
「何だと!」
自覚無しか。救いようがない。
「ほら、先手譲ってやるぞ?」
「キサマァ!」
軽く煽ってやると、激昂したそいつが殴りかかって来た。