あれから三年
⭐︎ 美織視点
3月16日、今日この日は聖ルチア学園女子高等学校の卒業式前日。
私の通う聖ルチア学園には男子校と女子校の合同で卒業式前日にダンスパーティを行う伝統がある。
それはどうしてかと言うと、聖ルチア学園は経営母体がアメリカに本拠を置くミッション系の学校だから。そのため学園の行事はアメリカ的なものが多く取り入れられ、卒業前のダンスパーティもその一つ。プロムナードがその原型らしい。
そのダンスパーティは聖ルチアプロムと呼ばれて生徒達にも好評で、その歴史も半世紀に及ぶ。
始まりはアメリカの聖ルチア教団がここ横浜に学校を建学した第二次世界大戦後、まだ横浜が進駐軍に占領されていた頃に遡る。
この頃の学園の生徒は外国人子弟が多く、日本人はGHQの教育プログラムや米国系奨学金制度で入学した少数の学生しかいなかったそう。
やがてサンフランシスコ講和条約で日本が独立を回復。その後学園の生徒も日本人が殆どとなったものの学園にはアメリカの文化が多く残った。イースターにハロウィンにクリスマス、そしてプロムナードもその一つ。
特にプロムナードは堂々と男子生徒が女子生徒をダンスに誘える貴重な機会。故に男女共に気合が入り、聖ルチアプロムでパートナーになった相手と結ばれると幸せになれるなんてジンクスもあったりする。
卒業式と違って聖ルチアプロムはカリキュラム上の行事ではないから参加不参加は個人の自由。
昔は男子校の生徒が女子校の生徒を誘うのが基本だったみたいだけど、時代は変わって今はその逆もあり。また、パートナーは学園の生徒じゃなくてもよくて、学外の生徒でもいいし、姉妹兄弟、父母、従姉妹だっていい。流石に父親、母親をパートナーにする生徒はいないみたいだけど。
そして私も今や聖ルチア学園女子高等学校の三年生。当然私も参加します、パートナーを誘ってね。
私のパートナーはこの世にただ一人。幼馴染にして最愛の恋人、私の騎士、青木勇樹。
そう!私、有坂美織は勇樹と付き合っているの。私と勇樹は恋人同士なんです!
勇樹は私の恋人なんだ。彼が私に告白してくれたのは今から丁度三年前、彼が山田君や中村君と一緒に受験した県立雪村高校の合格発表日。
その日は勇樹の家で雪村高校入試合否のメール通知を待っていたんだけど、勿論勇樹は合格(あ、他の二人も合格ね)。私は勇樹のお母さんや妹の真樹ちゃん共々勇樹の合格を喜んだ。まぁ、勇樹は試験後の自己採点で大丈夫だろうって言っていたけど、世の中に絶対は無いから、やっぱりちゃんと合格となれば嬉しいよ。
私と勇樹はその後二人で昼食にいつものイタリアンファミレス『ガルバルディ』に出かけてドリンクバーで乾杯。昼食後はそのまま八景島に遊びに行ったんだ。
そして夕方になって勇樹は八景島の海に面した広場で私に告白してくれた。
凄くドキドキして、でも待ちに待った瞬間だったから本当に嬉しくって。
「俺、美織が大好きだ。ずっと美織と一緒にいたい、ずっと美織を守りたい。俺の恋人になってくれ」
勿論、私の返事はYESの一択。
「私も勇樹が大好き。私だって勇樹を支えたい。私を勇樹の恋人にして下さい」
その日はよく晴れて風も少しあったから空気が澄んでいて、夕陽をバックにした富士山の黒いシルエットが綺麗で。そんな黄昏時に恋人同士になった私達は見つめ合ってキスをして抱きしめ合った。
あの時の勇樹の唇の感触や温もり、抱きしめられた嬉しさや守られている安堵感、そして勇樹のとっても良い匂い。全部今でも憶えているし、これからも絶対に忘れない。
そうして幼馴染だった私達は恋人同士となった。その四月を迎えて私達はそれぞれの高校に進学、勉強に部活動に恋愛にと充実した三年間を過ごして今日に至ってる。
勇樹が合格した県立雪村高校は県下一の偏差値を誇る進学校で男子校。男子校だから勇樹に要らぬちょっかいを出す女子がいないので、そのあたりは安心だったかな。
その雪村高校では、勇樹は中学三年間頑張って全国大会優勝までした剣道を辞めてしまった。
ついでに言うと、勇樹と一緒に雪村高校に入学した山田君と中村君も剣道部には入っていない。勇樹は空手部に、山田君はバスケットボール部に、中村君は物理学部にそれぞれ入部した。
それについて勇樹は、
「叶った夢の先には新しい夢が必要だし、どこで何をしていても俺達三人は親友って事かな」
と言っていた。
勇樹達三人は一緒に雪村高校に進学したけど中学の頃とは違って別々の道を進んでいる。とはいえ仲違いした訳じゃなく、三人は親友で今も仲が良く何かと連んでる。
そして勇樹は入部した空手部で高校二年生の時に組手個人戦でインターハイに出場して優勝、翌年の三年生でも優勝を決めている。
〜・〜・〜
この三年間、私と勇樹は恋人として過ごすも、今まで通り勉強も一緒にしている。勇樹は雪村高校でも好成績を維持していたけど、進学先を国立の帝都大学の法学部に決めてからは持ち前の努力を発揮して追い上げが凄まじかった。
高校二年生の模試ではC判定、それが高校三年の最初の模試でB判定となり、更にはA判定。そして受験を迎えると危なげなく合格してしまった。
私はというと、エスカレーター式に進学した聖ルチア学園女子高等学校から勇樹と同じく国立帝都大学医学部に合格しました。ずっと勉強してきた甲斐があって、この春から学部は違うけど勇樹と私は同じ大学でキャンパスライフを送るのです。
〜・〜・〜
聖ルチアプロムは正午から始まるアメリカ式の立食ダンスパーティ。だけどここは日本だから男子生徒がパートナーの女子生徒を車で迎えに行く事は叶わない。
なので日本ナイズされたこのパーティでは生徒は男子も女子も普段通りに登校してそれぞれ準備にかかる。そしてパーティ開始前になると男子生徒が女子高にパートナーを迎えに行き、共にパーティ会場の講堂に向かうのだ。
パートナーを学外から呼ぶ場合、実行委員会が発行する参加許可証が必要。だから学外から招待されたパートナーは予め許可証が渡され、女子校内の控室で待機する事になっている。
この日、三年生の教室は着替えやメイクする女子生徒達によってさながらメイク室のようだ。私も制服からドレスに着替え、髪型を整えてメイクして身支度を終えると控室に勇樹を迎えに行く。
この日の為に買った青いワンピースドレスにダンスシューズ。髪型はサイドテールに纏めてメイクも普段よりもちょっと大人っぽくしてみたんだ。お母さんから借りたパールのネックレスもポイント。勇樹はどんな反応するのかな。褒めてくれるといいんだけど。
私が控室に行くと、私の姿を認めた勇樹がこちらに歩み寄って来る。そして私の前に立つと、私達は暫し見つめ合う。
「どう、かな?」
「とっても似合ってる。綺麗だ、美織」
「あ、有難う。勇樹もキリッと凛々しくて素敵よ?」
「まぁ、俺のはいつもの制服だけどな」
県立雪村高等学校は戦前の旧制高校から続く優秀で伝統ある高校。その制服は選ばれし者のみが袖を通せる希少な物で、制服姿の雪高生は地元では女子の憧れだ。
「じゃあ、行こうか美織」
そんな旧海軍の礼服にも似た雪村高校の学ランをビシッと着こなした勇樹が白手袋を着用した手を私に差し出した。
「はい」
私がその手を取ると、勇樹のリードで私達は控室を出てパーティ会場へと向かう。
勇樹から差し出されたこの手を、幼かった私は浅はかな意地と強がりから一度払い除けてしまった。それが誤りだったと気付いても、それから疎遠になった私達が幼馴染に戻れるまで三年もかかってしまったのだ。本当、なんて私は愚かだったのだろう。
でも失ってみてわかる事もある。それは繋いだこの手を二度と離してはいけないって事。
私は中学二年のクリスマスイブで勇樹に赦してもらって仲直り出来た時、もう二度と勇樹の手を離さない、勇樹から離れないと誓ったんだ。
もう意地を張ったり、強がったりなんかしない。私は自分の勇樹への思いに素直に生きる。
繋いだ手。私と勇樹、二人で歩む道。ずっとずっと一緒だからね。