結果で努力の証明を
決勝戦の延長戦、何とか上手くいったな。
俺と対戦相手の実力は多分ほぼ拮抗していた。沖縄県代表剣士達が使っていた縮地だか瞬歩だか知らないけど、一瞬で距離を詰めるあの妙な足技。あれが使えなければ延長戦の行方はどうなっていただろうか?それは何とも言えないけど、あの足技が俺の勝因である事に間違いは無いな。
あの足技を切り札として使える状況を作るために試合を組み立てた。それに相手が上手く乗ったのも勝因の一つだろう。
小学五年のあの日に是親伯父さんに諭された、器用貧乏になるなって。それからの俺は自分の器用な才能に驕らず努力するようになった。剣道でも地道に努力して頑張って、仲間と誓った全国大会優勝を遂にこの手に掴んだ。だけど、その最後の決め手となったのが器用貧乏な真似技になったとは、実に皮肉なものだと思う。
とはいえ、そこに俺は既に拘りは無い。全国大会優勝という目標、それはもう単に俺一人のものではなくなっていたから。友之に貴文、二年生のミキにショウにタイチ、一年生の部員達、顧問の高遠先生に支援してくれていた校長先生や先生方、五浦中のみんなに部員達の家族。多くの人達の希望と期待と願いが俺達に寄せられていたのだ。ならば俺の事情など関係無く全力全開、全ての能力をフル活用するまで。ほら、立ってる物は親でも使えって言うじゃん?
〜・〜・〜
剣道は礼に始まり礼に終わる武道。優勝したからと言って他のスポーツのようにその喜びをその場でストレートに表現してはならない。控え目な表情ならいいのかもしれないけど、ガッツポーズや万歳などは以ての外。
延長戦の勝敗が決し五浦中と出水野添中の双方が向かい合い、互いに一礼。それからコートの外に出れば喜びを爆発させても誰に何を言われる事は無い。俺達は抑えていた感情を解き放った。
"やったー!!"
俺達は抱き合い、泣き笑い、喜び、そして讃え合う。俺は泣きながら抱き着いて来たミキを抱きしめて「お前も頑張ったな」と頭を撫でると、その上からミキ共々友之に抱きつかれた。
そして最後に最強三唱だ。
「五浦中男子剣道部、最強!」
「「「最強!最強!さいっきょー!!」」」
いささか対戦相手に対し遠慮が無く無礼にも思えたけど、それこそ俺達は0からのスタートだったのだ。ここは大目に見て欲しい。
「みんな〜、写真撮るわよー!」
そんな喜びの大騒ぎも終わりが来る。高橋先生の掛け声で俺達は一先ず冷静さを取り戻すと、携帯電話を構える高橋先生の前に三年生を中止とした二列横隊に並んだ。
パシャ
「はい、チーズ」と言った後で高橋先生がシャッターを押す。
きっと後でこの写真を見る事になるだろうけど、一体俺はどんな顔で写っているだろうか?それはその時の楽しみにするとして、今は別の欲求が勝っている。早く美織にこの結果を伝えたいんだ。
会場に閉会式のアナウンスが流れ、俺達は防具と竹刀を片付けると、いつの間にか整えられた会場へ係員に促されて向かった。
〜・〜・〜
閉会式が終わり、続けて剣道雑誌の取材を受けた。写真を撮られて、インタビューを受けて、何て答えたか憶えていない。
それから帰り支度をしていると多くの人達から声をかけられた。その中には沖縄県代表の主将もいて、やはりと言うべきか決勝戦の延長戦について苦言を呈された。と言っても本気で文句を言って来た訳じゃなくて、
「あれで我々の技を極めたなんて思わないで下さいよ」
との事。
沖縄県代表校の主将は金城詠司という背の高い細マッチョな男で、目付き鋭く髪型をリーゼント風なオールバックにしている80年代のツッパリみたいな外見をしていた。だけど言葉遣いは丁寧で、物腰も柔らかく紳士的。まぁ悪い奴ではないのだろう。
「まさか。本家本元には遠く及ばないよ。もう二度と使うつもりはないさ。あの一回で下半身がガクガクだ」
あの足技は本当に凄かった。延長戦で使ったたった一度の半端な技で下半身、特に左下腿が攣りそうになったと話したら金城は気を良くしたようだった。
そこで少しあの足技の秘訣を教えてくれたのだけど、砂浜での走り込みであの足技に必要な足腰の筋肉が鍛え上がるのだそう。
次いで俺達に話しかけて来たのは決勝戦の相手校、鹿児島県代表の出水野添中学の連中だった。
「言おごった事は色々あっが、おいん達の負けは負けだ。ぼっと出で優勝すっとはわい達は大したもんじゃ(言いたい事は色々あるけど、俺達の負けは負けだ。ぼっと出で優勝するとはお前達は大したものだ)」
「いや、最後のギリギリな悪足掻きだった。まともにやったら勝負の行方はわからなかったよ。もう二度とごめんだな」
俺が肩を竦めると、
「おいはまいっどやってみよごたっどんな(俺はもう一度やってみたいけど)」
出水野添中の松野主将はそう言って右手を差し出したので俺達は握手。友達になったって事なのかな。レイルの交換もしたしな。あ、沖縄県代表の金城ともね。
〜・〜・〜
優勝を果たしたものの、すぐに閉会式があり、雑誌の取材を受けてと慌しく、そしてその後も会場閉鎖に伴って会場内でゆっくりもしていられず。俺達は急いで荷物を纏めて会場から出ると、迎えに来てくれていた高橋体操クラブのマイクロバスに乗り込んだ。
バスが動き出し国道を進み出すと、高遠先生が前の席から立ち上がって俺達に労りの言葉をかけてくれた。
「みんな、優勝おめでとう。本当に優勝しちまうとは、大したものだ。今日は疲れただろう?特に選手の六人は昼食も摂らず腹も減っているはずだ。今夜は応援に来てくれている校長先生が札幌の美味いジンギスカンの店を予約してくれている。心置き無く勝利の味を堪能してくれ」
イェーイ!!
歓声が沸く。
「やったー!ジンギスカンだぜ」
「いっぱい食うぜ!」
マイクロバス内は高遠先生のジンギスカン堪能しろ宣言で大盛り上がりだ。やっぱり男子中学生は食い気の方が勝るかな。
国道は俄かに渋滞となり、渋滞に嵌ったマイクロバスは徐々にスピードを落とし、やがて停車した。さっきまでの騒ぎは既に治まっており、部員達は疲れから皆席でこくりこくりと舟を漕いでいる。
俺も疲れて身体はクタクタなのだけど、まだ気が張っているのか目を瞑っても眠れず。仕方無く車窓からの景色を漫然と眺めている。
「どうした?眠れないのか?」
そんな俺に貴文が席を移って話し掛けて来た。
「身体は疲れているんだけどな。まだ気が張ってな」
「実は俺もだ」
あいつはああだけどな、貴文が顎を尺って促す方を見れば、友之が大口を開けて眠っている。
「流石。あいつは大物だ」
「大将だからな」
俺と貴文はそんな友之を眺めてふふっと笑い合う。
その後は会話が途切れて黙り込む俺達だけど、不思議とその沈黙は嫌じゃない。その沈黙を破ったのも貴文からだ。
「実はまだ優勝した実感が無いんだ」
「うん?」
「だってそうだろ?確かに全国大会優勝を誓ったが本当に優勝するなんて。そのために頑張って来たが、俺は剣道なんてした事もなかったし、今だって剣道始めて三年に満たないんだぞ?」
貴文一人が頑張った訳じゃない。友之も俺も、一つ上の先輩方も、一つ下の後輩達も、みんなで協力し、努力し、励まし合ってここまでやって来た。
「きっと俺達だから出来たんだよ。俺達の中の誰か一人が欠けてもおそらく無理だった。俺達が揃ったのが奇跡であり、俺達の力で成し遂げた。努力すれば仲間が出来てチャンスも生まれる、って事じゃないか?」
貴文はう〜んと唸って腕を組む。
「天は自らを助くる者を助く、って事だな」
クリスチャンの貴文はそう解釈して納得したようだった。
努力したからって何でも必ず叶う訳じゃない。だけど努力無しには何も始まらず、何も成し遂げる事は出来ない。そして一人の努力じゃ出来ない事も友達と、仲間と力を合わせて努力を積み重ねれば不可能を可能に、成し難き事も成し遂げる事が出来る。俺は、俺達はこの足掛け三年間という時間と剣道という手段でそれを証明する事が出来たのではないかと思う。
マイクロバスは渋滞を抜けたようでゆっくりと走り出す。夕食のジンギスカン、きっと予約した時間には間に合うだろう。
優勝が受け入れられたのか、隣の席で貴文もうとうとし始めていた。どうもこの車内で起きているのは運転している高橋先生のお父さんと俺だけかな。漸く出来た自分時間。俺はバッグから携帯電話を取り出すと、
『優勝したよ!』
と美織にレイルでメッセージを送った。