延長戦の行方は
☆ 二年生、ミキ視点
ユウ兄は本当に凄いんだ。強くって、カッコ良くってさ。何でも出来ちゃって、頭も良くって優しくって。兄弟のいない僕にとって憧れの頼りになる兄貴分。
強くなれって無理矢理入門させられた剣術道場だったけど、ユウ兄と出会えたから、その点は母さんに感謝してる。
中学で入部した剣道部で全国大会優勝を目指しているってユウ兄が道場で僕に教えてくれた。それを聞いて僕もユウ兄と一緒に優勝したいって思った。以来、小学六年から道場での稽古も更に頑張って、中学生になって当然剣道部に入部してユウ兄と、先輩や友達と優勝目指して頑張って来たんだ。
正直言うと、ユウ兄に着いて行くのは大変だ。ユウ兄が当たり前に出来ている努力は他の部員にとっては当たり前じゃない。才能があるのに更に努力しているんだから。
だけど、僕は自らユウ兄に着いて行くと、一緒に全国大会優勝を目指すんだと決めたのだから弱音なんて吐けない。それに先輩やショウやタイチも誰一人として弱音なんて吐いてない。ユウ兄の弟分として彼等に絶対に負けられない。
そうして僕はユウ兄の傍に立てるよう頑張って、頑張って遂にここまで来たんだ。
今ユウ兄は全国大会決勝戦、その更なる最終決戦たる延長戦に臨もうとしている。その勇姿は男の僕でも惚れ惚れしちゃうくらいカッコいい。
この延長戦、その一本で全てが決まるんだ。ユウ兄が勝てるって僕は信じてる。だってユウ兄ってそう思わせる人だから。
「始め!」
主審の掛け声で延長戦が始まった。ユウ兄も敵もやたら気合を張り合うような事は無く、竹刀を合わせたまま僅かに身体を揺すり、合わされた剣先を小刻みに当て合っている。
一見すると動きが無いようだけど、二人の間で激しい鬩ぎ合いが行われているのが僕にはわかる。
と、力が入ったのか、当て合っていた双方の竹刀が剣先から中結までズレ落ちる。ユウ兄と敵は打ち込まれる事を防ぐため鍔迫り合いに移行して一気に双方の距離が詰まった。
ユウ兄と敵は迫り合いながらも互いのの出方を窺って膠着状態となり、暫くして主審によって試合が中断され双方離される。
再び元の立ち位置から試合が始まった。するとユウ兄が遠距離から敵の面を狙った打突を放った。え?それって悪手なんじゃ!
案の定、敵は相面を狙った素早い打突を返す。遠くからの大振りな打突に対しユウ兄の内懐に踏み込んでの面打ちだから、断然敵の放つ打突の方が鋭く早い。
ユウ兄の面が打たれちゃう!思わず目を瞑りたくなったけど、頑張ってその衝動に耐える。と、その寸前でユウ兄は僅かに首を傾げて敵の打突を躱し、敵の打突が有効打となる事は避けられた。ふぅ。
ユウ兄はすかさず鋭い下がり面を打つも敵は竹刀でこれを避ける。
と、ユウ兄は後方に跳んで下がった一瞬、その一瞬だけユウ兄の動きが止まってしまったんだ。
敵もそんなユウ兄を見逃すはずは無く、ユウ兄を討ち取ろうと僅かに竹刀を振りかぶって左足に力を込めた。
(嘘だ、ユウ兄が負ける訳ない!)
だけど、僕はそこで信じられないものを見る。ユウ兄が瞬時に敵との距離を詰め、自分を打たんと振りかぶった敵の僅かに空いた胴を打ち払ったんだ。
バシッと会場内に胴を打つ打突音が響く。
この時まですっかり忘れかけていたけど、ユウ兄はとても器用な人だ。一度見たり体験した事がすぐ自分でも出来るようになってしまうのだ。
ユウ兄が一瞬で敵との距離を詰めたあの足運び、あれは僕も苦戦を強いられた沖縄県代表選手達が使った縮地とか瞬歩とか言われている高速移動方法。ユウ兄は沖縄県代表との試合で苦戦しながらも、その技を盗んでいたんだ。
それじゃあ、その技を切り札にしてさっきの状況になるように狙って試合を持って行ったって事?凄い!やっぱり凄いよ、ユウ兄!
「胴あり!」
主審の判定と共に三本の赤い小旗が上がる。って事は?って事は!
「優勝、五浦中!」
僕の涙腺は全開して崩壊した。