地元中学進学組と中学受験組
僕が住んでる横浜市金沢区にあるこの地域。県の住宅供給公社が造り、購入した住民層は東京や横浜、川崎などに通勤するサラリーマンや中小企業の経営者が多い。
また、住宅地の周りは昔ながらの農地が広がり農家や自営業者が多く、そのためこの地域は異なる二つの住民層を抱えながら公立の小中高の学校は同じ学区となっている。
だからといって生徒同士で揉め事が起こる訳ではなく、目立って出身地域による派閥が出来る訳でも無く、割と仲良くやっている。まぁ、子供だから喧嘩ぐらいはするけれど。
ただ、小学校高学年、特に小学六年生に限って言えば多数派と少数派に分かれる事となる。それは中学受験して私立中学に進学する少数派とそのまま公立中学に進学する多数派。
小学校では元々塾通いしている子供は多い。それは学校での学習を補強するタイプの学習塾が主で、その中から五年生になって本格的に中学受験を目指す児童が進学塾に転塾する。
小学六年生の夏休みで受験組が進学塾の夏期講習を受けると、そこで何を吹き込まれるのか、2学期になり彼等受験組はあからさまに地元中学進学組を下に見始めるようになるんだ。まぁ、クラスに受験組は4〜5人くらいだから地元中学進学組は相手にしないのだけど。
とはいえ、受験組は勝手に自分達で固まるだけで、地元進学組も受験組について「へぇ、そんなんだ。頑張って?」ってなもんで特に対立したり問題化しないって聞いていたのだけど。
「何か言ってみろよ!」
と、僕は受験組のクラスメイトである岡田洋二に絶賛胸ぐらを掴まれて恫喝され中だ。
いや、別に僕はこいつに何も言ってないし、何もやってない。なのに何故かこいつに絡まれてしまっている。
〜・〜・〜
3学期になって受験組は早々に受験の最後の追い込みから受験となり、2月に入ればその合否が発表となる。幸いに僕のクラスの受験組は5人とも志望校に合格出来たようだった。美織は横浜は山手にある聖ルチア学園附属女子中学校に合格したと妹の真樹から聞いた。
まぁ、僕は受験組も一生懸命に勉強して合格したのだろうからそこは素直におめでとうと思っていた。それを直接口にするほど彼等と仲が良かった訳でもないし、機会も無かったから伝わってはいないだろうけどね。
美織からの視線は感じていたけど無視した。前のように憎々し気に睨んでいる訳ではない事には気付いてはいたけど、僕の中では美織はかつて幼馴染だった女子くらいにしか思っていないから。
すると、この受験組の岡田洋二がクラス内でイキり始めた。この岡田って花火大会で美織達と一緒にいた奴で、体格は僕より少し背が高く、顔は、まぁ、整っている方か?
でもこいつは僕に勉強でもスポーツでも及ばず、何かと僕を敵視する変な奴だ。それが中学受験で志望校に合格したものだからか、最近やたらイキりまくってクラス内で顰蹙を買って嫌われているのだ。本人は気付いていないようだけど。
しかもコイツ、言うにことかいて地元進学組にお前達は負け犬だのと痛い発言を繰り返している。地元進学組の女子は元から相手にしてないし、僕も含めた男子も無視していたのだけど、それをコイツは自分に何も言えないものと勘違いしたようで。
はぁ、と思わずため息を吐いてしまったところで運悪くこのイキり小六男子と目が合ってしまったのだ。
「何見てんだよ、青木」
「いや、たまたまなんだけど?」
誰が好き好んでこんな痛い奴を見るかっての。言わないけど。
「俺がセンルチに行くのが悔しいんだろ?」
「はぁ?」
センルチって言うのは「聖ルチア学園」の略ね。岡田はセンルチの附属男子中学校に合格して進学予定だ。
「はぁ?」のイントネーションが良くなかったものか、僕と岡田の遣り取りにさり気無く聞き耳を立てていたクラスメイト達(主に地元進学組)が一斉に「ぷうっ」と吹き出して笑い出したのだ。
「てめぇ!」
ほぼ全てのクラスメイト達から笑われて激昂した岡田は何故か僕の胸倉を掴むに至ったのだった。
「さっきから僕の胸倉掴んでるけど、僕がお前に何かしたのか?」
「うるさい!気に食わないんだよお前は!俺が死ぬ程努力していたのにお前は遊んでばかりだったクセに。なのに何でもかんでも俺より出来やがって」
言い掛かり、八つ当たり、逆恨み。努力したのは偉いと思うけど、それでも僕に敵わないって言うのならもっと努力すればいいだけの話だ。それで言い掛かりをつけられて、絡まれて暴力を振るわれたらたまったもんじゃないな。
僕が黙っていると岡田は得意になって更にべらべらと囀り続ける。
「だけどな、今じゃもう俺の方がお前より上だ。俺はセイルチに進学するんだからな。お前みたいな公立中の負け犬とは違うんだ!」
公立中学が負け犬なのか?コイツ、今クラス中を敵に回したぞ。
「それが受験組の考えなんだな?」
俺がそう尋ねると岡田は歪んだ笑いを見せるも、他の受験組の生徒達は地元進学組から「お前達もそう思っているのか?」という視線を向けられ蒼白になった顔貌で小刻みに首を横に振った。
「みんなそう思っているさ」
いや、違うって懸命に訴えているぞ?
「お前、美織ちゃんの幼馴染なんだってな?だがな美織ちゃんも俺と一緒にセイルチに進学するんだ」
知っているよ、と言おうとしたところで当の美織が介入して来た。
「岡田君、もう止めなさい。自分が何を言ってるのかわかってるの?」
「美織ちゃん、だってそうだろ?俺達は支え合って励まし合って聖ルチアへの入学を勝ち取ったんだ。何も考えていないコイツらとは違うんだ」
岡田発言に僕は思わず美織に視線を送った。僕と目が合った美織はいつもは涼やかな両眼を見開いて怯えたように顔を横に振る。
「違う、違うよ勇樹。私、そんな事考えてない」
小さく頭を振りながら岡田の言葉を美織は否定した。僕はそんな美織の言葉を聞きながら彼女が僕に話しかけるの久しぶりだななんて思ってしまっていた。
とはいえ、いい加減僕も腹が立って来た。岡田はいつまで僕の胸倉掴んでるつもりなんだ?どうせそれ以上の事なんて出来ないクセにな。
僕は胸倉を掴んだままの岡田の腕に右腕を絡めて体重を掛けてあっさり岡田の掴む手を解く。その態勢のまま右肘を岡田の顔に打ち出す振りをすると奴は「ヒッ」と小さく悲鳴を上げて退きその後ろにある机にぶつかって倒した。その様に再びクラスメイトから失笑が湧く。
「青木、金輪際美織ちゃんにちか「やめて!」」
激昂して何やら喚き出した岡田の言葉を美織が大声を被せて遮った。
僕は岡田に掴まれて乱れた襟元を直しながら岡田と向き合う。
「岡田、お前が自分達を勝組だと思うのは勝手だ。実際、一生懸命受験勉強したんだろうからな。でもな、中学受験なんてまだ入口もいいところだろ。そんなんでイキり倒してどうするんだ?見ていて恥ずかしいぞ。それから自分達に関わるな、だっけ?そんなのはこちらからお断りだ」
僕から逆に絶交宣言してやった。岡田はそれを聞くと「ゔっ」と変な呻き声を出して慌てて周囲を見渡す。そして自分(達)を見るクラスメイト達(地元進学組)からの蔑むような、厭うような視線に気付いて押し黙った。
この居た堪れない状況をどうしてくれるんだよ、と思っていたところでタイミングよくチャイムが鳴った。みんなこれを機会にわらわらと自分の席へと戻り、やらかした感のある岡田は呆然とそのまま突っ立っていた(邪魔くせぇ)。
自分に悪意を向ける奴に情けをかける事など出来ない。いじめとか仲間外れにするとかは好きじゃないから、僕から受験組に何かを仕掛けるつもりは無い。だけど僕と友之と貴文はこのクラスの中心だから僕から絶交宣言された以上、彼等は残り少なくなった小学校生活でクラスに居辛い思いをするだろうな。
美織からは依然何とも言えない視線を感じてるけど、もう進学先も異なる無関係な人だ。僕は敢えて彼女からの視線を無視して岡田に倒された女子の机を元に戻した。