露天風呂での邂逅
ニュー定山渓ホテルは7階建、やや古びた外観の観光ホテルだ。高橋先生によると築50年くらいらしい。
「「ニュー」って「NEW」だから新しいはずなんだけど、ホテル名に「ニュー」が付くと一気に昭和っぽくなるよな」
全裸で広い湯船に浸かる俺達部員一同は、友之の妙な説に頷く者、何のこっちゃ?と首を傾げる者などまちまち。でも友之が言った事もわからないでもないかな。以前、家族旅行で泊まった事のある伊豆は伊東の観光ホテルは鳩で有名な「ニューハ○ヤ」。最近は昭和レトロで人気らしく、その他にも「ホテルニューオカ○」「ホテルニューアカ○」とかも昭和っぽい印象だ。
まぁ、そんな事はどうでもいいのだけど、俺達はここニュー定山渓ホテルで入浴した後は体操クラブに戻って夕食、それから明日の大会に関するミーティングをする事になっている。
因みに今日の夕食や明日明後日の朝食は、高橋先生のお母さんや体操クラブキッズ保護者有志方々が作ってくれるのだそうだ。皆さん、有難う御座います。
え?じゃあ明日の夕飯はどうするのかって?勝っても負けてもお疲れ様会でジンギスカンを食べに行くのさ。勿論、勝って祝賀会にするつもりだけどな。
ニュー定山渓ホテルの大浴場は室内も露天風呂も広く、熱湯から温湯、壺湯や寝湯にサウナまで揃っている。身体や頭髪を洗い室内風呂で温まった俺達は、その後でそれぞれ興味のまま浴場内に散った。
俺は友之や貴文と露天風呂に入り、友之と貴文にはその後でサウナに入りに行こうと誘われたもしたけど遠慮しておいた。サウナってあの熱い空気が気道に入るのがちょっと苦手なんだよね、俺。
俺は壺湯に入ろうと露天風呂から上がると、室内から露天風呂へとわいわい騒ぎながら出て来る数人の少年達とかち合った。
その4〜5人のグループは皆色黒で、誰もが引き締まった筋肉質の坊主頭。その中心にいるのは中でも殊更目付きの鋭い奴で、俺はそいつに見覚えがあった。
(こいつは、空港でガン付けて来た奴だ)
俺の視線に気付いたのか、そいつも俺に視線を向け、自然と俺とそいつは対峙する形となった。全裸で。
といって、俺もそいつも何か言葉を発するでもない。ただ睨むでもなく、視線を交わして、見方によっては見つめ合っているようにも見えるだろう。
それでも偶然に、不可抗力でそうなってしまっあだけで、俺はそいつが気に入らない訳じゃなし、特に悪い感情がある訳でもない。だからちょっとこの状況に困って俺は視線を下げてみた。
と、タオルで隠しもしない中三にしては皮も剥けたまぁまぁなサイズのそいつの逸物が俺の視界に入ったのだ。
げげっ、見てしまった。でも俺の方が若干大きくね?なんて思って顔を上げると、そいつも下を向いていたようで、はっ!といった感じで顔を上げ、俺達は互いのナニを見合って再び顔を合わせる事に。
こうした場合、勝ちだとか負けだとかそんな小さな拘りは無視すべきだ。面倒事が嫌ならさっさと立ち去るのがベスト。なんだけど、そうしたらそうしたで「逃げんのかよw」
とか思われるのも癪だ。だから何か捨て台詞の一つでも言ってやりたい。
で、俺の口を突いて出たのがこれだ。
「タオルで前くらい隠したらどうだ?」
そう言った自分も前隠さずな訳だけど。
俺にフルチンを指摘された一同は一様に「何だと?」という感じで顔を顰め、リーダー格らしき俺と目が合った奴はずいと前に踏み出る。
「薩摩ん男は風呂で女々しゅう前など隠さん!」
どうだ!とばかりに胸を(若干股間も)張る。いや、威張る事でもないだろうに。しかし、見た目から思っていたけど、やはり九州からの代表なんだな。
「空港で見た顔じゃな?どこん代表や?」
何処の誰かと訊かれたら、こう答えるしかないのが俺、青木勇樹という男だ。
「通りすがりの神奈川県代表だ。憶えておけ」
するとご一同、俺の返事が気に入らないのか
「神奈川代表じゃと?」
「東京者が!」(いや、神奈川は東京じゃないよ?)
「馬鹿にしちょっとか?」
とご立腹。するとそいつはイキリ立つ一同を手で制するとニヤリと左口角を上げた。
「ふっ、ディケイドか。俺はウィザードが好いちょい」
ウィザードって、確か魔法使いのライダーだよな?貴文の兄ちゃんから以前レクチャーを受けて少しは知っているけど、俺は「通りすがり」云々の台詞が好きなだけで、平成ライブの事はあまり詳しくは無かったりする。
そいつは俺を同好の士と捉えたようだ。それ以上俺に絡む事は無く、お仲間に露天風呂の方へ顎をしゃくって「行っど」と促した。
なんだ、これで終わりか、と俺が思っていると、そいつはすれ違いざまに俺を呼び止めた。
「明日のショータイムが楽しみじゃ。俺は鹿児島代表の出水中剣道部、松野明や」
ウィザードが好きなんだな。という事はこいつの中で俺はファントム扱いされてるって事なのか?
「俺は横浜市立五浦中男子剣道部、青木勇樹。長風呂で湯当たりするなよ?」
「わいはおっかんかよw。そっちも湯冷めすっなよ?」
湯上がりの心配するあたり、お前も大概母ちゃんっぽいけどな。
空港で挑発的な視線を投げ掛けて来た連中とのまさかの全裸邂逅。
それにしても出水市か。実は我が青木家も明治維新の際に鹿児島の出水から川路聖謨に従って上京し、警視庁に奉職した出水郷士の末裔だったりする。西南戦争では抜刀隊として従軍したのだとか。まぁ態々言わなかったけど。
かつて故郷を同じくし、薩摩藩士として幕末を戦い抜いた出水郷士の二つの家。その後、両家は時勢の流れによって片や官軍、片や賊軍となって合い別れて死闘を繰り広げた。時は移り、今、何の因果か両家の末裔はこの戊辰戦争最後の地、北海道にて再び剣を交え、雌雄を決しようとしているのだった!
って、無いな。無い無い。
俺はあいつらのせいですっかり冷めた身体を室内の大風呂に浸かって温めながら、そんな妄想を思い描いてみた。
明日はいよいよ全国大会の本番だ。俺も友之も貴文も明日行われる大会で優勝しようと中学一年の春、みつば屋でクロスチェリオの誓いを立てた。俺達はその為に努力し、頑張って遂にここまでやって来たのだ。明日は相手が誰であろうと負けるつもりは無い。必勝!それだけだ。
(優勝目指して突っ走るさ。命、燃やすぜ!)