表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/82

北の大地にて

お盆も過ぎた8月下旬。地元横浜、と言わず全国の殆どの地域は茹だる様な残暑が続いている事だろう。


「地球という星は自己調節機能を持つ一種の生命体である」とする説があるそうなのだ。それを"地球ガイア説"というらしいけど。


それによれば、地球上の平均気温が上昇すると、上昇した気温を調節するため地球は地表を寒冷化させるらしい。要するに地球さんが「最近体温がちょっと熱くなったから冷やすか」となる、と。そうすると温暖化に続いて小氷河期が来るらしい。


何で「地球ガイア説」なんて俺が知っているのかといえば、以前貴文の家に遊びに行った時に貴文の兄ちゃん(大学三年)が「力が欲しいか!!くれてやろう!!」って言いながらとある漫画を片手に貴文の部屋に乱入して力説していたからだったりする。貴文は兄ちゃんの乱入にかなり嫌そうな表情をしていたな。


まぁ、その説が正しいとして、この残暑の厳しさからすると地球さんはまだ調節には取り掛かっていないように思えるよ。


だがしかし、このうんざりする残暑。俺達五浦中男子剣道部にとっては過去の話。だって俺達は今、中学生剣道全国大会出場のため北海道に来ているんだからな!


風は乾いて爽やか、クラーク博士が指差す空は高く青く澄み切って、もう既に少し秋っぽくもある。気温は暑くなく寒くもなく、スポーツをするにはもってこいの環境と言えるだろう。


〜・〜・〜


今日、俺達は中学生剣道全国大会出場のため羽田空港から国内便に乗り、昼間に新千歳空港に降り立った。


まずは今朝7時30分に五浦中正門前に俺達は集合、神奈川県剣道連盟がチャーターしたマイクロバスで羽田空港へ。態々マイクロバスを手配してくれたのは有難いけど、横浜と羽田空港は近く、京急線で1時間もせず着いてしまう。正直、電車で行っても良かったんじゃないかと思わないでもなかった。その事を高遠先生に言うと、


「確かに電車の方が安いし、時間も正確で予定も組みやすい。だけどな、朝の通勤時間帯に防具袋なんかの大荷物を持った集団が満員電車に乗ったら大変だろ」


そりゃあそうか。俺達も動きにくいし、通勤客にも迷惑かける。それに誰かしらはぐれそうだしな。


そうした意味でマイクロバスのチャーターは正解なのだ。俺は大人達の配慮に感謝しつつ車内を見渡すと、はしゃぐ者や居眠りする者などバス車内はちょっとした旅行気分。やがて1時間程してバスは無事に羽田空港に到着した。


俺達五浦中男子剣道部を今回引率するのは顧問の高遠先生。だけど流石に高遠先生一人で10人からの中学生集団を引率しつつ大会参加の事務処理などをこなすのは大変だろう、という事で五浦中から高橋麻巳子先生が高遠先生のサポートに就いている。


この高橋先生、埼玉女子体育大学を卒業して今年度から五浦中に新任の体育教師として勤務している。大学ではトランポリンをしていたそうだ。身長は160cmくらい、メリハリのあるプロポーションでショートカット。結構キリッとしつつも可愛らしい顔立ちで、体操のお姉さんって感じ。


友之が女子剣道部部長の吉澤さんから聞いたところに拠ると、この高橋先生は高遠先生に気があるらしい。今回の高遠先生サポート役も自ら買って出たそうだ。


それを聞いて俺は女子の情報網の精度と、女子剣道部の吉澤さんがそんな女子間の情報を漏らすほど友之と親しくなっている事に驚きだったな。友之は前から吉澤さんの事が好きみたいだったから仲が進展しているようから友として喜ばしい。


〜・〜・〜


羽田空港から新千歳空港までのフライトは凡そ1時間半ほど。10時に飛び立ち11時30分過ぎに着陸、その後の移動やら荷物の受取りなんかで時間がかかると時刻は12時を過ぎた。


「お腹空きましたね、高遠先生?」


「じゃあ予定通りここで昼食にしましょう」


という先生同士の話し合いがあり空港内のフードコートで昼食を摂る事に。


俺達は部員と引率の先生とで総勢12名。この人数で予約もしないで店に押しかけても席がある訳も無い。ならばと俺達はフードコートで二手に分かれて昼食を摂る事になった。


と、ここでフードコート内を見渡してみると、いるいる。防具袋と竹刀ケースを持った剣道部員っぽい男子中学生の集団がそこかしこに。


「あの子達、全国大会に出る選手じゃない?見てみてどう?青木君」


「どう?と言われましても高橋先生、遠くから見ただけじゃ何とも言えませんよ」


いや、また無茶な事訊くなこの先生。


二手に、高遠班と高橋班に分かれた俺達。俺は高橋班となり、高橋先生たっての希望で昼食はラーメンになった。


「だって札幌に来たんだよ?ならラーメンっしょ?」


いや、ここはまだ千歳市な訳だけど、と思ったものの口には出さず。


何故か俄仕込みな北海道弁まで使って本番札幌味噌ラーメンにハイテンションな高橋先生。この先生って、


「ユウ兄、なんか、俺、この先生ってもっとちゃんとした人だと思ってました」


「あぁ、俺様っていうか、女だからあたし様って感じだな。きっと付き合う男は振り回されて大変だろう」


俺は同じ高橋班になったミキと顔を見合わせ、互いに苦笑いをする。そして高橋班になった部員達と共に嬉々としてフードコートに出店している札幌の有名ラーメン店に向かう高橋先生の後を追った。


あっ、チャーシューを追加トッピングした大盛り味噌ラーメンは大変美味しゅうございましたよ。


〜・〜・〜


待望の札幌味噌ラーメンを食べてご満悦な高橋先生に続き、予め決めていた高遠班との集合場所に急ぐ。


と、ここで俺は何やら剣呑な視線を感じた。その方へ視線を向けてみる。するとそこには半袖ワイシャツ学生服の色黒短髪集合が屯している。そして案の定、皆漏れ無く竹刀袋と防具袋を持っていた。


その集団の性別に年代、服装と所持品、そして何よりここにいるタイミング。彼等も明日の全国大会に出場するどこかの都道府県代表校の連中である事に間違い無いだろう。


「ユーキ先輩、あいつらこっち見てますよ」


ショウが俺に身を寄せると小声で囁いた。


「近眼なんだろ?相手にするな」


こっち見てるからって一々相手してられるか。揉め事起こして出場取消しとか洒落にならないからな。


とは言いつつ、やっぱりちょっとは気になる。俺がチラッとそいつら、特にその集団の中で一際鋭い視線を寄越す奴に視線を向ける。


そいつは別段俺達を睨んでいるとか、ガンを付けている訳ではなさそうだけど、注意深く俺を観察しているような感じだ。


そいつの身長は170cmくらいであるも、半袖ワイシャツの上からもわかる発達した逆三角形を成す僧帽筋に広背筋、鍛えている事がわかる三角筋と前腕筋。おそらく体脂肪率も低いだろう引き締まった身体だ。


表情も太い眉に切長の目、固く結んだ唇は意志の強さを感じさせる。


一瞬俺とそいつの視線が交わると、そいつは僅かに左口端を上げた。なるほど、俺なんか目じゃねえってか?いいだろう、その挑発に乗ってやろうじゃないの。上手く対戦出来たら、の話だけどな。せいぜい勝ち抜いてくれたまえ。


〜・〜・〜


新千歳空港から札幌駅まではJR北海道の快速エアポートで40分ほど。動き出した列車はホームを抜け北の大地を駆け抜ける。


「「「おおーっ!地平線だ(じゃん)!」」」


今回の五浦中男子剣道部ご一行はみんな北海道は初体験。日本離れした広々とした風景に思わず歓声が湧き、一同車窓にかぶりつきだ。


「お前ら、小学生じゃないんだからそういうの止めろ。恥ずかしいだろうが」


「他の乗客の迷惑にならないようにね」


北海道のでっかいどうな車窓風景にテンション上がった俺達は高遠、高橋両先生から注意を受けてしまった。


「「「は〜い」」」


皆に釣られて初めて見る広大な風景に俺も少々舞い上がってしまったかな。背伸びして大人ぶってみても中三男子なんてなんだかんだでまだまだ子供って事かな。


「ふんっ、これくらいの景色、埼玉にもあるぜ。鴻巣や深谷あたりに行けばな!」


と、まるで周囲に聞かせるような殊更大きな声が車両内に響いた。きっと面倒くさい事案に違いない。ここは聞こえなかった振りが最適解だ。


だけど、ちょっとどんな奴か見てみたいという誘惑に駆られてしまった。いけないいけないと思いつつ、つい、チラッと声がした方へ視線を走らせると、俺を窺っていたのかそいつとばっちり目が合ってしまった。


しまった!と思っても後の祭り。そいつは嬉々として俺に絡んで来たのだった。


「何見てんだよ?」


うわぁ、やっぱり面倒くさい奴だったわ(事変勃発)。


「いや、お前がこっち見てたんだろ?」


「あぁん?」


やだなぁ、なんか北関東の臭いがするよ。


そいつは厳つい顔つきに刈り上げて前髪をオールバックにしたちょっと昭和の不良チックな風貌だ。ゴツく大柄な体格とでなかなかな威圧感を醸し出している。


と、貴文が不穏な空気を察して間に入る(調停工作)。


「お前達、埼玉県の代表か?」


「だから何だ?埼玉じゃ悪いってのか?」


いや、誰もそんな事言っていないのだけど。それにさっき自分で埼玉云々言ってたじゃん。


「埼玉か。じゃあ通行手形見せろ」


あっ、折角貴文がこの場を収めようとしてるのに馬鹿友之、余計な事を言いやがって(挑発行為)。


「通行手形だと?そんなもんある訳ねぇだろうが!」(事態再発)


そりゃあ『○んで埼玉』ネタを出されたら怒るって。


「松田、どうした?」


「こいつ等が因縁付けて来やがってよ」


そいつ(松田?)の出した大声を聞いて埼玉代表の他のメンバーがこちらに来てしまった(戦力逐次投入・事変拡大)。どうすんだ、これ。


「済まんな、こいつのはジョークだ。他意は無い」


と、貴文が友之と松田(だっけ?)達との間に入って再び事態を収めようと動いた。って言うか、こいつらから先に絡んで来たのだけどな。


しかし、こういうのは理屈じゃ無い。舐められてたまるかという感情の問題だ。とは言え、ここでどっちが悪いとか、どっちが先に仕掛けたとか言い合っても埒があかないのも事実。早いところ落とし所を見つけなければどっちも引くに引けなくなってしまう(戦線拡大)。


(仕方無い。アレを出すか)


俺はキャスター付き防具袋の上に括り付けているバッグのポケットから包装された菓子を3つ取り出すと、そいつ等に差し出した(和平工作)。


「まぁまぁ、そうカッカすんなって。揶揄って悪かったな。これでも食って機嫌直してくれよ」(和平交渉開始)


それは船の形をした洋風饅頭で、白い包装袋には客船と別れのテープを振る独特なキャラクターが描かれている横浜銘菓。


「って、これは、ハーバーか!」


「そうだ。ハーバーだ」


「い、いいのか?」


「あぁ、俺達の友好の証だ」


俺は差し出したハーバーに未だ及び腰な松田にやや強引に手渡した。


「友好の証か。だったら受け取らなければならないな。わかった、受け取ろう」


松田はそう言って俺からハーバーを受け取った。


「貰ってばかりは性に合わねぇ。俺達からも」


松田が傍の後輩(多分)に「おい、あれを」といった感じで目配せすると、後輩君は黙ってキャリーバッグから透明なビニールで包装された白い和菓子を取り出して松田に渡した。


「これを受け取ってくれ。これは埼玉銘菓、俺達からの友好の証だ」


「お、おう」


松田から手渡された白い和菓子。その表面には「十万石」の焼印が。


「こ、これは十万石饅頭!」


これに強く反応したのが貴文だ。


「お前、知っているのか?」


「勿論だ。従兄が鶴ヶ島だからな」


「鶴ヶ島か。確かベイシアに支店があったな」


いや、なんかディープな埼玉トークになってるぞ。因みにここはJR北海道の車両内だけど。


更に友之がトークに参戦する。


「十万石饅頭って前に貴文ん家で食ったうまい、うますぎるって饅頭か?」


「そうだ、それだ」


「これ、美味いよな!」


友之の言葉に松田達は笑みを浮かべると、松田は友之に右手を差し出した。


「十万石饅頭を好きな奴に悪い奴はいない。友よ、俺は埼玉県代表行田学園中等部剣道部主将、松田悟士だ」


その右手をガッチリと握る(講和条約成立)。


「俺は神奈川県代表横浜市立五浦中学男子剣道部部長、山田友之だ。友よ」


新千歳空港から札幌駅に向かうJR北海道の車両内でガッチリ握手する埼玉県代表校主将と神奈川県代表校部長。何とも不思議なシチュエーションだな。


「ところで、お前は何でハーバーを持っていたのだ?」


お前呼ばわりは無いと思ったけど、折角の友好ムードに水を差すからそこは聞かなかった事にする。


「北海道に来ても地元を忘れないためさ」


実は俺にこのハーバーを渡したのは、今朝見送りに来てくれた美織だったりする。有難う、美織。ハーバー、役に立ったぜ。


「お前もか!俺もだ」と松田。


ここで俺達は埼玉、神奈川関係無く「俺等どんだけ地元が好きなんだよ」と大笑い。


そして快速エアポートは札幌駅に到着。俺達は車両から降りるとホームで互いにレイルを交換。ついでに互いに「大会頑張ろうぜ」とエールも交換し、それぞれの宿泊するホテルへと別れたのだった。


全く、まだ大会前だっていうのにどいつもこいつも血の気が多いったらないな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 埼玉各地のせんべい「甘味に負けた……」
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ