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彼女が水着に着替えたら

眩しい太陽、雲1つない青空、陽射しはじりじりと肌を焼く。波は穏やかで潮騒は海水浴客達の賑わいとシャレオツな海の家から流れる陽気な音楽とで殆ど聞こえない。


ここ片瀬海水浴場は、江ノ電江ノ島駅から直近、歩いて数分の距離にある。砂浜には江の島大橋を挟んで幾つもの海の家があり、俺もその中の一店で更衣室を借り海パンに着替えて(というか家から既に履いて来ているけど)、手荷物を預けて出て来たところだ。


今の俺の出で立ちは、頭には黒いキャップをかぶり、紫外線避けにサングラス。上半身は裸で下はネイビーブルーの海パンに足はビーサン。


(見られているな)


俺が一人で居るからやたらビーチの女の子達が遠巻きに、あるいは近くからも何気にジロジロと俺を見るのだ。


「ねぇ、お兄さんカッコいいじゃん。私達と遊ばない?」


「!」


不意に2人組の女の子達から声をかけられた。彼女達はトロピカルな柄のビキニにキャップ、腰にはブルーとエメラルドのパレオをそれぞれ巻いている。


(くっ、なかなかの谷間だ。パレオはエメラルドだと)


高校生にしてはお色気ムンムン(死語)、女子大生だろうか?


「ごめんなさい、誘ってくれて嬉しいんですけど、人を待っているので。それに僕、中学生だから、」


と、後々の面倒がないように気弱な男子中学生感を前面に出してお誘いをご遠慮申し上げる。


「え、君、中学生なの?そっ、そうかぁ」


「じゃっ、じゃあまた今度ね」


二人の美人女子大生(多分)は残念そうに、それでいて気まずそうにその場から立ち去って行った。


(ふっ、お姉さん達、まだまだだね)


今の俺と女子大生風お姉さん達との遣り取りに周りの女性たちは聞き耳を立てていたのか、俺が中学生と知れると「う〜ん、かっこいいけど、さすがに中学生はね」といった雰囲気となり、いくらか注がれる視線は減ったように思う。


まったく、せっかく海に来てるんだから、俺なんか見てないで楽しんだほうがいいだろうにな。


そう思って俺が周囲に呆れた視線を投げつけていると背後に人の気配が。


「勇樹、お待たせ」


まぁ、振り返らなくても声で美織とわかる。


「いや、ぜんぜ、ん…」


つば広の麦藁帽子を被り、白いパーカーを羽織った美織が振り返った俺の目に映った。


美織は帽子を脱ぎ、肩に掛けたトートバッグを砂浜に置くと、ちょっと恥ずかし気に「どう?」と俺に尋ねる。


どう?って、そりゃあ帽子被るからってサイドテールにした髪型も、パーカーの下の黒いビキニも、スラリとして色白の美織にめちゃめちゃ似合っていて可愛いけどさ、


「そ、そう?ありがとう」


美織は恥ずかしそうに俯いてもじもじ。え?でも俺まだ何も感想言ってないんだけど。


「勇樹、心の声がダダ漏れだったよ。褒めてくれるのはいいけど、恥ずかしいから気を付けて?」


「え、俺、さっき思ってた事、まんま口に出してたって事?」


「う、うん」


か〜、やっちまった。そんな事ってあるのか?


「でも嘘なんて言ってないぞ?本当に美織に一緒に買いに行った黒いビキニが似合っていて、凄く可愛いくて綺麗で「あ〜、もうわかったからいいよ!」」


美織は俺の言葉を強引に止めると、トートバッグ手を右肩にかけ、左手で俺の手を掴むと「もう行くよ」と言って波打ち際の方へ引っ張っていった。


〜・〜・〜


波打ち際、波がかからない辺りにレジャーシートを敷いて荷物を置く。といっても俺のデイバックと美織のトートバッグくらいだけど。


夏休みで海水浴シーズンとは言え、平日の午前中だ。広い浜辺はそれほど混んではいない。


「じゃあ、早速海に入るか?」


俺はひと足先に波に足を入れて美織を誘う。


「ちょっと待って」


美織はそう言ってレジャーシートから立ち上がってパーカーを脱いで俺を追って渚に駆け寄る。美織が近付くと一瞬、女子のいい匂いと日焼け止めクリームの匂いが混ざった匂いが鼻腔をくすぐった。


先日、美織と俺は二人でみなとみらいにあるワールドポーターズへ水着を買いに行った。館内にはシーズンだけに水着販売の特設会場が設けられ、多くの女性客が水着を買いに来ていたものだった。


中には彼氏と一緒に来ている女の子もいて、俺は美織の彼氏じゃないけど、大勢の女の子の中で恥ずかしげに所在無くしている彼氏さん達にはなんとなくシンパシーを感じた。


その時買った黒いビキニを今、美織は着ている。黒いビキニって大胆なんじゃないかと思ってたけど、実際に着ている美織を見ると似合ってい肌の露出が多くてドキドキする。美織って着痩せするんだな。


「もう!あんまり見ないでよ」


俺の視線に気付いたのか、美織は片腕で胸元を隠しながら「むうっ」とちょっと怒ったような表情をした。その表情がまた可愛いのだけど。


「ごめんね、っと」


俺は照れ隠しに屈んで水を掬うと美織に掛けた。


「冷たい!やったなぁ」


って事で海水の掛け合いが始まり、午前中は海水浴場で遊んだ。


昼には海から上がってレジャーシートを撤収、海の家で昼食を摂る。俺達が入ったのは「グレース」という南アジア風の海の家で、俺はバターチキンカレーを、美織はシーフードカレーを食べた。値段は少々割高だったけど、味量ともに申し分は無かったな。あ、勿論昼食代は俺が二人分払ったさ。


〜・〜・〜


湘南エリアってガイドブックとかでは纏めて一括りにされるけど意外と広く、それでいて道は狭くて混んでいるから乗用車でもバスでも移動は時間がかかりそんなに回れない。折角来たのだからあちこち行ってみたいだろうけどね。


そうした訳で、昼食後は海の家でシャワーを浴びて着替えると、俺達はそのまま近くにある新江ノ島水族館へと向かった。


チケットを買って海底の様に薄暗い館内に入ると空調が効いて汗が引く。並んで相模湾ゾーンを見て回る俺達。浅瀬を再現した水槽から潮溜りの水槽、そして圧巻の相模湾大水槽。


真鰯の群れに「わぁ、リアルスイミーね!」と美織。


水槽の底から上がって腹を見せるエイ。


「エイの裏面の顔?って滑稽だよな」


鯵や鯖の群れが泳いで来ると、


「美味そう!」

「美味しそう!」


そう言ってからお互いに顔を見合わせ、同時に吹き出して笑った。


それからイルカショー。とても面白かったのだけど、二頭いるイルカ、その一頭が水槽内を高速で周回している最中に俺達の前で糞をしたんだよな。それを観た美織が「あ!」って嬉しそうな声を上げてさ。


実は美織って子供の頃から排泄系の下ネタが大好きで、どうもその辺りは今でも変わりが無いようで。


茶色いイルカの糞はあっという間に周囲の水に溶けたのだけど、そこへ後から二頭目のイルカが泳いで来た。


二頭目のイルカがそこを一頭目と同じく高速で通過すると、それによって高い波が生じて。何と水槽を越えたその波飛沫を最前列席のカップルと家族連れがザッパァンと被ってしまったんだな、これが。


「「あっ!」」


思わず俺達の口から漏れた声はイルカショーの歓声に呑まれて誰に聞かれる事は無かった。


「勇樹、前の席の人達、イルカのウン「地球はこんなに小さいけれど正義と愛とで〜♪」」


美織にそれ以上言わせまいと、俺は思わず貴文のお兄さんに以前良い作品だから見ろ見ろと勧められた古いUFO的なスーパーロボットアニメのOPサビを歌って阻止。


危なかった。危うく美織から女の子が人前で口にしてはいけない単語が出るところだったぜ。


「どうしたの?急に」


「いや、だって美織がウン○とか言おうとしたからさ」


美織は俺の指摘に「あっ!」と恥ずかし気に俯くも、すぐに誤魔化すように話題を変える。


「で、でもさ、前の席の人達、全然気にしてないみたいよ?」


確かに水槽前のカップルも家族連れもイルカの排泄物が溶けた海水を頭から浴びても全く気にする事無く、寧ろ突然のアクシデントを楽しんでいる風ですらあった。


「そうだな。知らないって事は幸せな事だな」


〜・〜・〜


イルカショーはその後もイルカがジャンプしてクス玉を割ったりして観客達を楽しませてくれ、盛り上がって終わった。続いて多少の時間を空けて始まったアシカなどの海棲哺乳類のショーを観ると時刻は16時。そろそろ中学生は撤収に取り掛からないと帰宅が遅くなる頃だ。他人様の大切な娘さんを預かっている訳だからね。


俺と美織は水族館を出ると江の島の参道を江ノ電の駅に向かって歩いた。途中で参道にあるカフェに寄って暫しの水分補給の後に帰路に着く。


帰りは藤沢から来た往路とは逆に江の島駅から鎌倉に向かう。何故かって?それはお土産に鳩サブレを買うためだ。


俺達は運良く揃って海側席に座る事が出来た。電車は江ノ島駅を出て腰越駅を通過して七里ヶ浜沿いに出る。鎌倉高校前駅で停車すると地元の高校生達が乗車して少し混んできた。


電車が動き始めると線路は七里ヶ浜沿い。車窓からの景色は暗い空と夕陽をバックにした黒い富士山、明かりが灯る江の島に夕焼けが映える相模湾。


「綺麗」


「そうだな」


神奈川県で生まれ育った俺達だけど、何度観てもこの景色はいい。


「今日は楽しかった。また一緒に来ようね、勇樹」


「勿論。何度だって」


美織と二人で来た湘南、江の島。本当に今日は楽しい一日だった。まだ終わった訳じゃないけど。


電車が鎌倉駅に着くと俺達は早速鳩サブレを購入、JR横須賀線に乗り換えて大船経由で横浜に帰った。美織を自宅まで送ると、別れ際名残惜しそうに手を振る美織に俺も何度も振り返って手を振った。


俺も帰宅すると「お土産は?」とせがむ真樹に鳩マークの黄色い紙袋を渡す。


「ひゃっほ〜い、鳩サブレだ!」


ふっ、まだまだ可愛いもんだな。俺は喜ぶ妹を微笑ましく思いながら、明日の練習、そして三日後に札幌で行われる全国大会へと意識を切り替えた。




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