試合終わって、陽は落ちて
『祝!中学生剣道神奈川県大会優勝並びに全国大会出場』
みつば屋は五浦中正門の道路を挟んだ向かいにある駄菓子屋だ。そのみつば屋から五浦中正面玄関の壁体を望むと、県大会の結果をこれでもかと道行く人々に知らしめているこの垂れ幕が目に入る。
先週行われた県大会の結果に母校市立五浦中学は湧いた。その結果の一つがこの新しい垂れ幕だ。毎度こっ恥ずかしくはあるけれど、まぁ、少しは誇ってもいいのかな、と思わないでもない。
〜・〜・〜
県大会の閉会式、優勝校である俺達の代表として部長にして大将の友之が舞台に上がり大会審査員長から優勝旗を授与された。
昨年が2回戦での敗退だっただけに、舞台上で優勝旗を持つドヤ顔の友之の姿は胸に迫るものがあったな。だけど俺達の目標は飽くまで全国大会優勝。道はまだ途上と言えよう。
「勝って兜の緒を締めよ、だな」
貴文の言葉に完全同意、俺は黙って頷いた。
閉会式に参列する前、俺はさり気無く応援に来てくれている美織を会場内に探した。だけど流石にアリーナに来ている大勢の中から美織を見つけるのは非常に困難だった。
(仕方がない。後でレイルでメッセージを送るか)
そう考えているうちに閉会式は終わった。
そのまま解散、とはならず。俺達は一度五浦中に戻ると夏休み中であるにもかかわらず部活動などで登校していた生徒達や出勤していた先生方の出迎えを校門で受けた。とどろきアリーナに応援に来ていた誰かが連絡していたようだった。
部長の友之は高遠先生と共に優勝の報告と応援の礼を述べ、校長先生から次の目標はと尋ねられる。まぁお約束な流れだね。
「勿論、全国大会優勝です!」
この言葉に一同「おぉ〜!」と大盛り上がり。更には誰かからのリクエストで今や男子剣道部だけじゃなく全校的に広まった"最強三唱"をする事に。
「目指すは全国制覇、五浦中ぅ最強!」
友之のこうした周りを巻き込むノリの良さはリーダー向きだと思うよ。ここにいる生徒も、先生も、見に来たご近所さん方もすっかり友之のペースに飲まれて大声を張り上げたものだ。
「「「最強!最強!最強!」」」
皆で声を合わせて叫んだ最強!×3。すっかりくれた夕焼け空に響き渡った。
〜・〜・〜
解散となったその足で俺はそのまま美織の家に行こうと思っていたら、美織が田村さんと一緒に出迎えの中にいた。二人とも川崎のとどろきアリーナから直でここに来たのだろう。
出迎えてくれた生徒達が部活動に戻って校門辺りが閑散となると、美織が俺の元にタタタッと駆け寄って来る。
「勇樹、優勝おめでとう!」
「ありがとう、美織」
五浦中から俺と美織の家までは時間にして徒歩15分ってところだ。陽は更に暮れて西の山の端に僅かな残光が見えるだけ。辺りはすっかり暗く、街灯が照らす住宅街の歩道を俺と美織は並んで歩く。
今の俺達にあまり会話は無い。この辺りは閑静な住宅街だから時々思い出したように鳴く蝉の音と、たまに通り過ぎる自動車の走行音だけが聞こえるのみだ。
だけど俺達の間に会話は無くても気不味さは無く、黙っていても満たされる心地良さが二人の間に漂っている。
それでも俺達はポツポツと会話を始める。
「試合、凄かったね」
「そうか?」
「そうだよ」
まぁ確かに決勝戦の北条学園は強かったな。
「あれが聞いていた"最強!"ってやつなのね」
「美織もやったのか?」
「うん。凄い盛り上がってた」
そんな会話を交わしつつ、もうすぐ美織の家に着いてしまいそうだ。
「次は全国大会」
「そう。札幌だってさ」
「夏の北海道とかいいよね。でも流石に応援に行くには遠いな。もっと近くだったらいいのに」
美織がちょっと悔しそう呟く。美織は美織で夏期講習とかやるべき事があるからな。
「それは仕方無いって。"純白の彼カノ"と良い結果をお土産に持って帰るからさ」
"純白の彼カノ"とは北海道土産として有名なクッキーでホワイトチョコレートを挟んだお菓子だ。そして良い結果とは当然全国大会優勝の事。前者は買えば入手出来るけど、後者は手に入れるに難易度はかなり高い。
「本当?嬉しいな。きっと勇樹なら両方持ち帰れるよ」
「だといいけどな」
「いいけどな、じゃなくて絶対持ち帰るって気持ちが大事なの!」
「ああ、努力するよ」
「うん。きっと大丈夫」
ふんす!とガッツポーズする美織は可愛い。
学校から徒歩15分の家路はゆっくり歩いても20分。俺は美織の家に着いても何となく離れがたく、美織も家に入らないのでそのまま家の前で話し続ける。
「湘南行く日、決めないとな」
県大会が終わって全国大会が行われる8月下旬まで1ヶ月ほど時間がある。俺には部活と受験勉強があるし、美織も特進クラスの夏期講習がある。お互い中三で忙しくもあるけど、一日二日くらいは予定の合う日もあるだろう。
「うん。あと、えっと、水着を買いに行く日も、ね」
「そ、そうだな」
言われて途端に恥ずかしくなる。
湘南に行こうと言ったら、いつの間にか海水浴に決まっていた。それから水着を買いに行く事も。
「ああ。次の勉強会で予定を決めようか?」
「うん」と嬉しそうに頷く美織。
いつまでもこうしていたいけど、いつまでもそうはしていられない。俺は名残惜しいけど、そろそろ帰る事に。
「勇樹、送ってくれてありがとう」
「いや、俺こそ応援に来てくれてありがとうな。そろそろ行くよ」
「うん。それ、じゃあね」
「あぁ、それじゃあ」
踵を返す俺の背に美織から声がかかる。
「勇樹、今日はお疲れ様」
「大丈夫。大して疲れてないよ」
振り向くと目が合う俺と美織。
「……(美織)」
「……(勇樹)」
「うおっほん」
突然背後から聞こえた態とらしい咳払いにビクッとなる俺達。恐る恐る振り向いて見ると、そこには帰宅した美織の父さんが立っていた。因みに表情は暗くてよくわからない。
「野暮な事は言いたくないが、暑いから早く家に入りたいんだがね」
俺達は「お、お父さん、お帰りなさい」「おじさん、ご、ご無沙汰してます」とあわあわ。「連絡するね」と手を振って俺は美織の家を辞した。
帰宅すると、我が家も父さんが早く帰宅していて、俺の県大会優勝を喜んでくれた。母と妹の真樹は全国大会の開催地が北海道と既に知っていたようで。
「ねえ、今年の夏の家族旅行は北海道にしようよ?お兄ちゃん応援ツアー!いいでしょ、お父さん?」
真樹に北海道旅行をねだられた父さん。更に真樹に腕に抱き付かれると、父さんは職務中に決して部下には見せないであろうデレっとした表情を見せた。