決戦!とどろきアリーナ
⭐︎ 美織視点
五浦中の試合が始まった。対戦校は相模原の中学。なんとなくだけど五浦中の試合に注目が集まっているのがわかる。やっぱり五浦中男子剣道部、即ち美少年剣士団を目当てに来ている女子が少なからずいるのだろな。まぁそれはいいかな。淑女協定とやらはYES美少年剣士団、NO touchらしいから。
去年の県大会で五浦中は1回戦に勝利を収めている。ならば、ここは恵美が言ったようにあまり心配しないで見守るのがいいのかもしれない。
1回戦。先鋒は私も小学校の頃に何度か顔を合わせているミキ君こと、戸田幹久君。ミキ君は勇樹の剣術道場の後輩でもあり、勇樹を「ユウ兄」と呼んで慕っている。でも私には何故か敵意剥き出しなんだよね。私、あの子に何もしてないはずなんだけど…
そうして1回戦は先鋒ミキ君の2本勝ちで始まり、五浦中は大将の山田君まで5人が危な気無く勝利して2回戦へと駒を進めた。
ちなみに、勇樹は特に気負った風ではなく、ここも相面で1本目を先取。その後積極的に攻め始めた相手選手の打突を竹刀で弾き、胴を抜いて2本勝ちした。これって勇樹の得意とする技なんだよね。
2回戦。去年はここで敗退した五浦中だけど、今年は1回戦と同様危な気無く五浦中男子剣道部は勝ちを決めた。しかも相手校は去年の県大会2回戦で五浦中に勝った平塚の中学校。勇樹達は今回、去年と同じ相手に同じ2回戦で勝って雪辱を果たした事になったんだね。
3回戦。これが準決勝に当たり、南足柄の中学が対戦校だ。しかも去年の県大会の準優勝校らしい。
流石は去年の準優勝校、実力のある選手が揃っていて、皆粘り強く戦い、先鋒次鋒と五浦中と拮抗して引き分けが続く。更に中堅戦では勇樹が一本を先取すると、相手選手はこれ以上の失点を抑えるためか防戦に回ったのだ。
続く副将戦と大将戦が引分けて終わると、勇樹が取った1本が決め手となって五浦中が3回戦を制した。遂に勇樹達が県大会決勝戦に進出だ!
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決勝戦、の前にお昼休憩が入る。気が付けば時刻は午前11時45分。決勝戦を残すのみとなった試合会場は選手達係員達も休憩に入って閑散としている。勇樹も五浦中の待機場所で何か口にしているのかな?
実は昨日、レイルでメッセージの遣り取りをした際に、私は勇樹に「お弁当作ろうか?」と提案していたりする。だけど「嬉しいけど」と前置きされて「少し空腹な方が身体も軽いし頭も冴えるから」と丁重にお断りされていた。
「少し空腹な方が身体も軽いし頭も冴えるから」というのはその通りなので、それは仕方ない事。私も勇樹には少しでも勝利の可能性を高めて欲しいからね。それに勇樹にお弁当を作る機会はこれからもあるだろうから。
この間に私と恵美は今朝、会場入りする前にとどろきアリーナ近くのコンビニで買ったサンドイッチとおにぎりで昼食。午前中の試合についてとこの後始まる決勝戦への期待で話が弾んだ。
午後1時になり昼休憩は終わると、いよいよ県大会決勝戦が始まる。
決勝戦の対戦相手校は去年の優勝校である小田原市の私立中学校。その名をば北条学園中等部男子剣道部となむ言ひける。
小田原は戦国大名北条氏所縁の地にして、東海道における江戸防衛の要たる小田原藩の城下町。それ故か小田原はなかなかの尚武の地らしく、近隣地域は元より静岡や愛知からも腕に覚えある少年剣士達はこぞって北条学園を目指すのだとか、そうでないとか。
そして始まった決勝戦はかなりの接戦。
先鋒の引分けから次鋒は1本取られて負け。ここで中堅の勇樹が2本勝ちして1対1、となった思ったら副将の中村君は粘って善戦したけど最後に1本取られて惜敗となって1対2。
この時、隣の席の恵美から女子から決して聞こえてはならない唸り声と相手選手への罵り声がしたのだけど、そこは聞かなかった事にしたよ…
だけど、そこで五浦中大将の山田君。優勝がかかった大将戦で相手の大将から1本取って勝利した。これで2対2となり、勝負は振り出しに戻る。
こういう場合、それぞれのチームから代表を出して雌雄を決する事となる。五浦中の代表はというと、そう、(私の)勇樹!
代表戦は1本勝負。中段に構える双方の代表選手。対戦相手校たる北条学園の代表は中村君を負かした副将だ。
敵(もう敵って言っちゃう)は中学三年生にしては身長高く、体格も大柄。パワーとスピードを兼ね備えた剣士。ルックスは断然勇樹が圧勝、この勝負も勇樹が勝つって私は信じてる。
「青木君、中村君の仇、討ってよね!」
私の隣で切歯扼腕して勇樹を応援する恵美。
そして主審の号令で試合が始まる。延長戦は3本勝ちではなく、時間制限無しの1本勝負。どちらかが先に1本取った時点で試合は終わり、勝敗が決まる。
中段に構えた双方の剣士は動かない。勇樹も小技で挑発したりせず、ピンと張った空気に会場内も静まり返っている。
だけど双眼鏡で対峙する2人を良く見てみると、動きが無いようでいて竹刀の切先、足元の動きや視線から絶えず2人が戦っているのがわかる。静にして動といったところ?
と、いきなり試合は動き出す。双方申し合わせたように攻勢に出る。
勇樹と北条学園の副将は相面を打つも双方頚を捻ってこれを避けて決まらず、残心から振り返って再度相面を打つ。双方抜けきれずに鍔迫り合いとなった。
このまま膠着状態になるかと思うところ。しかし、勇樹が半歩身を引いて僅かに膝を屈めると、相手選手も警戒するように僅かに身を引いた。
この瞬間、勇樹の身体が跳ね、その竹刀が相手選手の右小手を強かに打ったのだ。
静まり返った会場に「パンッ」と響く打突音と3本上がる五浦中の赤小旗。
私が思わず恵美を見ると、恵美も私を見ている。
(やった!)
(やったよ!)
以心伝心。互いの気持ちが伝わった。
主審が五浦中の勝利と県大会優勝を宣言。私と恵美は手を握り合って立ち上がり、抱き合って五浦中の勝利を喜び合った。
「「キャー、やったぁ、やったよ!」」
おめでとう、勇樹。それに五浦中男子剣道部のみんな。凄い、本当に凄いよ!
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⭐︎ とある剣道好き紳士視点
私は神奈川県のとある役所に勤めるしがない公務員。職種は公安職とだけ。そこそこ上級な役職に就いてはいるものの、今日は一剣道ファンとしてこの大会を観に来ている。職種柄剣道にも関係しているがスカウトではない。人事権なんて私には無いからね。
毎年こうして中学高校の県大会を観に来ているが、今年は番狂わせにエキサイティングな試合があって近年に無く楽しめたと言って良いかな。
特に決勝戦は優勝常連である北条学園と、こう言っては失礼だが県内数ある公立中学の一校である五浦中、意外な事に双方の実力は伯仲。延長戦で勝負が決まるとは驚きだった。
北条学園は私立の強豪校だから実力があるのは当たり前にしても、公立中学の五浦中は他の公立中学の剣道部と条件は変わらない。そうした中学の剣道部の優勝は指導者が良かったのか、たまたま素質ある部員が集まったのか。そうした運があったかもしれないが実に見事な勝利だった。
ふと隣の席を見てみれば、二人の少女が立ち上がり抱き合って五浦中の勝利を喜んでいる。その様子からすると五浦中の選手に二人の想い人がいるのだろう。
こうした青春群像のドラマを垣間見られるのも中学生高校生の試合を観戦する際の醍醐味と言えるかもしれない。
私は参加選手達に惜しみ無い拍手を送りつつ、来るべき全国大会で五浦中男子剣道部がどのような活躍をするものかと思いを馳せた。