努力して上を目指して
あの夏休み伊東温泉旅行で是親伯父さんから叱咤激励(説教?)を受け、僕は少し変わったと思う。それまでのように何事も「出来たからそれでいいや」ではなく、出来たら更に上達出来る様に、勉強でも問題を解いたら更に難しい問題に挑み、といった具合に何事にも一生懸命努力するようにしている。
自分が将来何になりたいか、何がしたいのかはまだわからないし見つからない。変身ヒーローのマスクドファイターは常に頭の隅にはあるけど、それはそれとして。
父さんと母さんは僕が何事にも一生懸命取組むようになって喜んでいたし、嬉しそうだ。後に母さんから話を聞く機会があったのだけど、父さんも母さんも僕が毎日だらだら(しているつもりは無い)過ごしているのに成績が良かったり、スポーツも出来てしまえる事で僕の将来を危惧していたんだそうだ。
要するにあの伊豆伊東温泉旅行、僕の両親と伯父とが僕を矯正するため仕組んだものだったという訳だね。
それについて、僕には何となく複雑な思いが無くもないけど、それだけ僕が両親を心配させていたという事だから仕方ないね。
そんな小学六年生の夏休みは友之や貴文とで地元の花火大会を見て終わった。一昨年までの夏休みは美織の家族とうちとで旅行に出かけ、キャンプをしたりプールに行ったり、お盆には盆踊りを踊り、そして夏の終わりは花火大会で打ち上げ花火を見上げたものだった。
そういえば、今年の花火大会には美織も中学受験組の友達と来ていた。紺色に朝顔柄浴衣はキリッとした佇まいの美織に良く似合っていた。
美織は僕と一瞬目が合うと顔を背けて足速にその場から立ち去った。嫌われているとは思っていたけど、そこまでとはね。正直、ちょっとショックだったかな。でもそれで気持ちに踏ん切りがついた。もう美織には同じ未来を目指す新しい仲間がいる。ならばもう僕の出る幕は無く、今までの幼馴染だったとい感傷も捨てよう。もう僕と美織は別々の道を歩きだしたんだ。
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秋を迎えると小学校は運動会に修学旅行と幾つかの学校行事がある。
あの夏の旅行で是親伯父さんに言われた事を自分なりに膾炙して、僕は徐々に努力する事についての方向性について定めつつあった。
伯父さんには努力して更に上を目指せと言われた。それならば僕も中学受験をして偏差値の高い私立中学を目指すのかといえば、それは違う気がした。将来の目標も決まっていないのに私立中学に進学するのは徒に両親に高い学費を負担させてしまう。それでは申し訳ないし、妹の真樹にもそのツケが回ってしまいかねない。
父さんと母さんは中学受験して私立中学に進学しても大丈夫だと言われたけど、僕は良く考えた上で中学受験はしない事にした。その代わり、地元の公立中学に進学して勉強も頑張って県下で最も偏差値の高く、国立大学への進学率も高い県立雪村高校を目指す事にした。
その県立雪村高校に進学するなら相当の努力が必要となる。でもそこへ進学出来たならきっと大事な何かが見つかるような気がした。将来を選択する上でより幅も広がるだろうしね。
そして僕にはもう一つ、明確な目標が出来ていた。
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クリスマスが過ぎ、大晦日を超えてしまえば新年となる。僕は二日から早々に剣術道場の寒稽古に参加した。
僕が通っている剣術道場は剣道も教えているけど剣術が本来で、その名も高く「天元破砕流剣術」。何でも、戦国時代から続く合戦の組討ちで用いた甲冑兵法が元になっていて剣術、居合術、棒術、柔術を今に伝えている、そうなんだけど、僕的にはそこは眉唾だと思っている。でも内容は理に適った合理的な武術で、無駄に大袈裟で勿体ぶった表現は無いから憶え易いんだよね。
今日の稽古が終わり汗を拭いてジャージに着替えると、練習生達で道場の掃除を行う。
「おい、勇樹」
掃除を終えると、僕は高遠理人師範代に呼び止められた。高遠先生は師範の息子さんで現在大学四年生だ。来年からは県内の公立高校の先生になる事が決まっている。坊主頭に太い眉、大きな両目に高い鼻梁、そして固く結ばれた唇。身長も高くて筋肉に覆われたガタイの良い体格は見るからに武芸者然としていて、戦国時代にタイムスリップしても名を挙げそうだし、異世界に召喚されてもS級冒険者にでもなりそう。
「はい、高遠先生。何でしょうか?」
高遠先生は僅かに身を屈めて僕の顔をまじまじと見ると、「う〜む」とその頑丈そうな下顎に手を当てて考え込む。
「?」
いきなり顔を見られて考え込まれると落ち着かないものがあるな。
そして高遠先生は僕の困惑をよそに徐に口を開いた。
「お前、顔付きが変わったな。何があった?」
僕は是親伯父さんに言われた事を先生に話した上で、これから自分がどうするかを伝える。
「顔の事は分かりませんけど、勉強にスポーツに一生懸命努力して更に上を目指そうと思ってます」
僕がそう述べると高遠先生は「そうか」と頷き、ニコリと笑うと僕の背中をバンバンと叩く。
「いい事だ。今までの勇樹はそつ無く何でもこなしていたが、技を修得してそれまで。器用ではあってもそれ以上の伸びが無かった。だが、ここ最近のお前は明らかに違う。伸びようと足掻き、そして伸びている。勇樹の将来が楽しみだな」
師範代の高遠先生は実に愉快そうに笑いながら右手で僕の髪をぐしゃぐしゃにした。伯父さんといい、高遠先生といい、何で大人は僕の背中や肩を叩いて髪をぐしゃぐしゃにするんだろ。結構痛いし、髪整えるのって面倒臭いんだよな。
因みに高遠先生から是親伯父さんについて訊かれ伯父さんの名を伝えると、高遠先生は驚愕の表情を浮かべて「あの茂庭是親先生か」と呟いた。伯父さんって本当に凄い男なんだな。
父さんに伯父さんに高遠先生、僕の周りには凄い男がいる。まだ朧げながらだけど、僕もそうした男になりたいと思ったんだ。