表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/82

いよいよ県大会

中学三年1学期の期末試験も終わり、いよいよ夏休みに突入だ。といっても、俺たちには制すべき中学生剣道神奈川県大会が控えている。


横浜市大会に優勝すると案の定校長先生は大喜びで、早速例の垂れ幕を発注したと剣道部顧問の高遠先生が教えてくれた。校長先生を始め先生方が俺たちの優勝を喜んで応援してくれるのは嬉しいのだけど、どうもあの垂れ幕はやはりこっ恥ずかしいんだよね。


横浜市大会の後、高遠先生も俺たちが優勝したことを大変喜んでくれた。大会当日、高遠先生は五浦中男子剣道部の顧問であっても試合の審判もしなければならなかった。もちろん、公平を期すため、俺たちの試合に審判として当たる事はなかったけれど、審判として忙しく立ち回る中でも、俺たちの試合結果をとても気にしてくれていたようだった。


「まぁ俺が鍛えたお前達だからな。当然優勝すると思っていたぞ」


大会当日は現地解散。高遠先生は大会の後始末もあったので、大会後最初の部活でそう言ってわははと豪快に笑った。


中学三年になってから俺達は高遠先生に道場張りの厳しい稽古をつけてもらっていた。そのため俺達も自分達のレベルアップを自覚していたし、自分達の言動に自信がついていた。「負ける気がしない」と言うセリフがよく漫画やアニメや小説に出てくるけど、あの時は正にそんな感じだったな。


俺の場合は決勝戦でセンルチの三浦から美織を賭けての勝負を挑まれてもいた。だから「負ける気がしない」に「(三浦を)叩き潰してやる」が加わった訳だけど、この勢いに乗って俺たちは県大会を制すべく、期末試験を間に挟みつつも部活に励んだ。


といっても、県大会のために猛特訓したとかそんな事はなかった。そこは高遠先生の提案で「自分の得意とする技をこの間に更に磨きをかけて伸ばそう」と言う内容の練習に終始した。県大会を前に徒に体力を消費したり、闇雲にあれもこれもと練習する事で自分自身に疑心暗鬼となるより、限られた時間の中で短所に胡座をかいて長所を伸ばそうと言う訳だった。


この高遠先生の方針は俺達にとても上手くはまり、県大会ではその威力を遺憾なく発揮する事となる。


〜・〜・〜


☆ 美織視点


1学期の期末試験を終え、夏休みを迎えた。そして早々に開催される。神奈川県中学生剣道大会。


私は勇樹と約束した通り、ここ川崎市はとどろきアリーナに応援に来ている。誰の応援かって?もちろん勇樹の、じゃなくて、勇樹がいる横浜市立五浦中学男子剣道部の応援だ。


勇樹には去年のクリスマスイブに私が謝って仲直り、いいえ、赦して貰って仲の良い幼馴染の関係に戻っている。今はお互い別々の中学に通っているから、小学生の頃よりも一緒にいる時間は少ないものの、ほぼ毎日レイルでメッセージの遣り取りをしているし、土日は一緒にどちらかの家かファミレス「ガルバルディ」で勉強会をしている。


勇樹とのレイルでの遣り取りや勇樹との勉強会。それらは中二の横浜市大会の日に大切な幼馴染だった彼を男の子として好きだと気付いた私にとり、彼と繋がり一緒にいられる至高の時間だ。その中で私と勇気は、他愛の無い話題から将来の展望までたくさんの思いを伝え合い、語り合ってきた。そうした意味では、今の私たちは子供の頃より絆は深くなっているように私は思っている。


そう、私は勇樹が好きなんだ。いやもう本当に大好きで、めちゃくちゃ惚れているんだ。淑女協定?そんなものは知りません。だって私と勇気は物心つく前から一緒にいる幼馴染なんだから。勇気の事を最も知り、わかっているのは他の誰でもない私なんだから。勇気の外見だけ見てキャーキャー言っている。女子たちとは根本的に違うんだ。


とは言え、今のところ幼馴染に戻れて、土日に勉強会として一緒にいられるに私たちの関係は止まっている。


私としては、もっと先に進みたい!でも、勇樹が私のことをどう思っているかわからないし、下手な事をして漸く元に戻った私達の関係を壊したくない。なので、私は夏休み中に勉強の気分転換を理由にどこかへ遊びに行こうと勇樹に提案してみた。幼馴染としてね。


それは一緒にショッピングするでもいいし、映画を見に行くでもいいし、地元の八景島シーパラダイスに遊びに行くのでも私は良かった。


だから、勇樹から湘南に行こうと言われたのは正に渡りに船。実は勇樹は海水浴なんて一言も言っていなかったけど、私達にとって湘南は=海水浴。子供の頃は、夏休みにはよく家族ぐるみで湘南に海水浴に出かけたからね。もうその路線で押し切って、更には一緒に水着を買いに行く約束まで取り付けた。


しかも勇樹ったら、私の水着ビキニ姿が見たいとか言うし!ちょっと驚いたし恥ずかしいけど、湘南に行くまでの1ヵ月位でダイエットしてウェストをちょっと絞れば大丈夫!


勇樹に自分のビキニ姿を見せるなんて恥ずかしいけど、きっとそれで私達の関係も一歩進められるはず。それに、いつもちょっとクールに決めている勇樹の男の子な面が見られて面白かったな。ビキニ姿が見たいと言った後も焦って恥ずかしそうにしていた勇樹、とても可愛かった。


〜・〜・〜


神奈川県大会が開催されるとあってとどろきアリーナは満席状態。神奈川県中から来た出場校の選手や関係者はもとより、応援の中学生も多くいる。


「って、やけに女子が多くない?」


応援席を埋め尽くす、女子中学生達(女子高生も?)をスタント席から見渡して思わずそう呟いてしまう。


「それは今をときめく美少年剣士団を拝めるとあっては、みんなきちゃうでしょ」


私の呟きを拾った親友の田村恵美ちゃんがそう続けた。


勇樹の応援で県大会に行くのに、私は小五六年時のクラスメイトで同じ中学受験組だった恵美ちゃんを誘った。恵美ちゃんと私はそれぞれ別の私立中学校に進学しているけど友人且つかつての受験同士だ。今も時々会っているし、レイルでメッセージの遣り取りやツブヤッキーのフォローをし合ってもいる。


私が勇樹と仲直りできたのは、この恵美ちゃんと中村貴文それと学級委員だった洞樹さんのお陰。そして恵美ちゃん、実は中村君と結構仲が良かったりする。


それは小学五六年で同じクラスだったこともあるけど、去年、外出先のみなとみらいでばったり再会したのだそう。その際に話に花が咲いた中で私と勇樹を仲直りさせようとなり、その計画を立てているうちに仲良くなったと言っていた。


私と勇樹の仲直りに恵美ちゃんが尽力してくれた。だから恩返しじゃないけど、恵美ちゃんと中村君が更に仲良くなれるよう手助けしたい。そんな思いで恵美ちゃんを県大会の応援に誘ったんだけど、彼女は自分でも中村君の応援には行こうとしていたみたいだから余計なお世話だったかな。


開会式、スタンド席から見下ろす会場には県大会出場選手たちが整列し、県のお偉いさんの話をじっと聞いている。私はその中に勇樹の姿を探すけど、さすがに遠い席から大勢の中の勇樹を見つけるのは困難。それでも私は勇樹の姿を探しつつ、昨日センルチ女子中第1剣道部の友達から聞いた話をふと思い出した。


それは先月の横浜市大会での事。センルチ男子中第1剣道部三年生の三浦君が勇樹に私を賭けて勝負を申し込んだと言うもの。


三浦君と言うのは先に述べた通り男子中三年生で、第1剣道部の中でも屈指の実力を有す部員だ。


私が通う聖ルチア学園では、中高ともに学業のみならず部活動にも力を入れている。特に運動部はスポーツ推薦やスカウトされて入校したスポーツ科生徒達からなる第1部があり、普通科の生徒達からなる第2部とは待遇や施設や部費の面で一線を画している。


剣道部も男子中女子中共に第1剣道部と第2剣道部に分かれていて、実力に差があるためそれぞれ別々に練習している。


とはいえ、同じ学園の剣道部なのでそれなりに交流はあり、三浦くんは中一の頃から合同稽古で私によく話しかけてくるようになっていた。そして中学3年になると、私の何を気に入ったのか、三浦くんは私を部活の際に校舎裏に呼び出すと告白したのだ。


私は勇樹が好き。なので当然私は彼からの告白は断った訳だけど、三浦君はその後も二度、私を呼び出して告白して交際を求めた。


しかも三浦君は私を呼び出すのに自分では来ず、第1剣道部の部員を、それも複数で私の元に寄越すものだからとても迷惑だった。


そもそも挨拶を交わすくらいの間柄でしかなかったのに、いきなり呼び出して告白するとか無いでしょ。断っているのにその後二度も告白して交際しろとか。その後はもううんざりして三浦君と顔を合わすのも嫌になってしまい、私は合同稽古には何かと理由を付けて休むようにしていた。


そんな三浦君が勇樹に勝負を挑んだのは、きっとファミレス「ガルバルディ」で私と勇樹が勉強会で会っている事を、その時に私達を見つけて絡んできた第1剣道部の部員達から聞いたからに違いない。


その勝負の結果がどうなったのかは、私が女子中第1剣道部の友達から勇樹と三浦の勝負について知らされる前から知っていた。というのも、市大会決勝戦の試合は撮影されていて、資料動画として視聴出来ていたから。


その試合では、試合が開始されると勇樹は緒戦で早々に三浦君から下り面で一本を先取。その後、めちゃくちゃな猛攻を加える三浦君を勇樹は闘牛士のように躱して往なすと、三浦君の胴を払って二本勝ちとなっていた。


正直、私には嫌なイメージしか無い三浦君だけど、彼がセンルチ男子中第1剣道部のなかでも群を抜く実力者であるのは事実。その三浦君が全く歯が立たず、彼から二本勝ちした勇樹は更にその上を行く実力者なんだとその時はつくづく思った。


その動画を見た時は勇樹の動きに惚れ惚れとした。一緒に見た女子部位達が勇樹を見て「凄い!」「恰好いい!」「強い!」と騒いだけど、勇樹の幼馴染な私がちょっと優越感に浸ったのは内緒。


だけど、女子中第1剣道部の友達から勇樹と三浦君の勝負の話を聞いた後で市大会決勝戦のあの試合動画を見ると、その試合の違った面が見えたのだ。


それは勇樹の私を守ろうとしてくれている強い意志。私は勇樹に三浦君からしつこく呼び出されて告白されている事を今まで話した事は無かったのだけど、三浦君から勝負を挑まれて彼の私に対する危険性を洞察したのだろう。だから三浦君の私への執着を断つために完膚無きまで三浦君を叩きのめした。それがあの試合動画から窺える裏の面なのだ。


また勇樹が私を守ってくれていた。今回の事もそうだけど、きっと子供の頃から私が知らないところでも勇樹は私を守ってくれていたのだろう。知っている部分も多いけど。


私はこの事実を知っても、もう勇樹に頼らず自分一人の力で!などと思う事は無かった。小学五年の頃にそう思って暴走して空回りして勇樹を傷付け、いろいろな人を傷つけてしまった。それはもちろん全部私が悪いのだけど、彼に赦して貰って幼馴染に戻れるまでに三年もかかったのだ。だから同じ過ちを犯すような事は絶対にしない。今は勇樹の守ってくれる想いを有難く思い、そして大切にしたいと思っている。


勇樹は三浦君から勝負を挑まれた事について、私には何も語らなかった。それは私に知らせる必要が無く、余計な心配を掛けまいと判断したからなんだと思う。なので、私からこの件について勇樹に話を振る事はしない。それはきっと勇樹の心遣いを無にする事になると思うから。


〜・〜・〜


会場に整列していた選手達が三々五々と別れて行く。開会式が終わったようだった。


選手達が退場すると、大会スタッフ達が素早く複数の試合会場の設営に動いた。第1試合には横浜市代表である横浜市立五浦中学男子剣道部も含まれている。間も無く勇樹の、いや、勇樹達の勇姿が見られる事だろう。


(勇樹、頑張って!)


私は思わず両手を組み合わせ、祈るようにギュッと両目を閉じた。













評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 賭けがバレバレでしたなww その後おとなしくしてくれてるなら良いけどね。 中学生時代も剣道をやっていたが団体は県大会までしか行った事は無かったなぁ…… 関東は剣道あまり強くないのよね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ