15歳の夏休みが勉強と剣道だけじゃ寂しい
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横浜市大会に優勝して少しだけ日常が戻った。次の神奈川県大会は7月下旬に行われ、更に勝ち進んだら全国大会は8月の中旬に行われる事となっている。
このスケジュールは二年生はともかく、高校受験を控える公立中学の三年生としては非常に厳しいと言わざるを得ない。何故ならいくら県大会、そして全国大会に出場するといっても剣道ばかりしている訳には行かない。夏を制する者は受験を制するの言葉があるように、夏休みは受験生にとってとても大切な時間だから。
そうした点でも公立中学より私立中学は大抵が中高一貫、三年生も受験勉強を気にする事無く剣道に邁進出来る分、やはり有利だと言えるだろう。
尤も、俺達五浦中男子剣道部は普段からしっかり勉強と部活を両立させているから高校受験もさほど不安は無いけどな。
とは言え、勉強を疎かにする事は出来ない。という訳で市大会に優勝した週の週末にはしっかりと美織との勉強会も行っているのだ。
〜・〜・〜
「レイルでも伝えたいけど、横浜市大会優勝おめでとう、勇樹」
「ありがとう、美織」
ここはいつぞやのイタリアンなファミリーレストラン「ガルバルディ八景島店」、時は土曜日の昼下がり。最近は互いの部屋に加えてこのファミレスで勉強する事も多くなった。この店は俺達の自宅から近くて歩いて行く事が出来るし、店の雰囲気もイタリアっぽい割には落ち着いて、ドリンクバーだけで長居も出来るからね。
俺と美織は勿論勉強をしに来ている訳だけど、その合間に小休止を入れてお喋りなんかもしている。今日は直近にあった横浜市大会での事や、それに関連した話題が多いかな。
だけど三浦から美織を賭けて勝負を申し込まれた件は伏せている。何故って、解決したとはいえ態々そんな厄介事を美織に聞かせて心配かける必要は無いからね。
「県大会は絶対応援に行くからね」
地区大会や市大会はまだ1学期中で、しかも平日に開催されたから部員以外は来られない。他に会場に来るとしたら選手の家族くらいだろうか。それでも中学生ともなれば「母ちゃん、絶対来るなよ!」とか言ってそういうのを嫌うお年頃だ。それでも来る母ちゃんは来るけどね。
それが県大会ともなれば夏休み。開催される会場も川崎市のとどろきアリーナだ。チケット制ではないから関係者以外でも家族や親戚は元より、友人知人から一般の剣道ファンまで席ある限り来場可能。
「うん。無理しなくていいけど、来てくれたら嬉しいな」
難関校の医学部を目指している美織にとって中三の夏休みは勉強時間として貴重だ。それは例え中高一貫の私立校であっても変わらない。いや、中三での成績が高校での特進クラスや特待生選抜の基準となるそうだから尚更なのかな。
「いやいや、行くよ。勇樹が頑張ってる姿見れば私にも刺激になるし」
「そっか」
「うん。それに気分転換にもなるし」
「まぁ、気分転換は大事だよな」
確かに夢のため、将来のためとはいえ15歳の夏休みが勉強ばかりじゃつまらないよな。それに適度に休みを入れたり、別な事をして気分転換した方が勉強の効率も上がるってものだ。
「そう、大事なの。それでね、勇樹」
「うん?」
「夏休み中、気分転換でどこか行かない?その、幼馴染、なんだしさ」
不意のお誘いにドキッとした。ちょっと上目遣いなのも。
「も、問題無い。幼馴染だしな。湘南とかいいよな」
「ふふ、勇樹、湘南好きだよね、子供の頃から」
「ま、まぁな」
そう、何を隠そう、俺は湘南が子供の頃から大好きなのだ。夏ともなれば美織とも家族ぐるみで海水浴に行ったし、江ノ島の民宿に泊まったりしたものだった。
「うん、いいよ、湘南。じゃあ水着も買わなきゃだね。勇樹、一緒に買いに行ってくれるんでしょ?」
「え?水着?俺も行くのか?」
「当たり前じゃない!だって勇樹が湘南に海水浴に行きたいって言い出したんだよ?ちゃんと責任取ってくれなくちゃ」
「うん、まぁ、そうなんだけど…」
って、そうだっけ?何故か俺が言い出しっぺのようになってるけど、美織が気分転換が必要だって言ったから、じゃなかったっけ?
「じゃあ決まりだね。楽しみ!」
という訳で夏休み中に美織と水着を買いに行き、気分転換で湘南の海(のどこかは未定)へ海水浴に行く事が決まった。
「ねぇ勇樹、どんな水着がいいかな?」
「えぇ⁉︎ええと、やっぱビキニ、かな?」
「ビキニかぁ。えぇと県大会後だと後一ヶ月はあるから、うん大丈夫」
思わずビキニとか言ってしまったけど、美織に訊かれたからとは言え、自分の好みを吐露してしまった。とても恥ずかしい。
しかも美織がそれを聞いてビキニを買うと言うのだ。
「買うって事は着るって事だよね?」
馬鹿か、俺は。当たり前だろう、何て事言ってるんだ。
「勿論。勇樹だって見たいからビキニって言ったんでしょ?」
揶揄うような美織の口調。挑発するように俺の顔を覗き込む。
「見たいよ、そりゃあ!」
やばい、思わず力説してしまった。美織も俺の勢いに驚いて固まってしまっている。
「…そ、そんなに見たいんだ?」
「ごめん。流石に引くよな」
「そんな事無いけど。勇樹も男の子なんだね」
「そりゃあ、な」
恥ずかしさで互いに黙り込んでしまった。チラッと美織を見たら、美織もチラッと俺を見て視線が合う。
「…」
「…」
「シニョール、シニョーラ、ご注文のお料理をお持ちしましたワン」
「「!!」」
と、そんな状況を破ったのは犬型配膳ロボットだ。どうやら先に注文したエッグタルトとチーズケーキを持って来たようだった。
俺達はふふっと笑い合うと、ロボットの棚からデザートの皿を取り出し、「お食事、楽しんでワン」と言って去って行くロボットの背中を見送った。
「デザート食べて、もうひと頑張りすっか?」
「そうだね」
美織と水着を買いに行くのは照れくさくて恥ずかしい。だけど数年振りに美織と一緒に湘南の海に行くというスペシャルイベントだ。それを楽しく過ごすために県大会、頑張らないとな。本末転倒だから、とても部のみんなには言えないけど、何だか一気にモチベーションが上がった気分だ。