横浜市大会決勝戦①
昼休憩が終わり、13時になると決勝戦が始まる。俺達五浦中男子剣道部の布陣はそれまでと変わらず、先鋒がミキに次鋒がタイチ、中堅が俺で副将が貴文、大将は友之だ。
対するセンルチ男子中学第1剣道部は、と言っても誰が誰だかわからない。だけど昨年の市大会で見た奴が2人いた。一人は例の三浦で、奴は何と中堅で俺と対戦する事となる。
因みに俺は三浦に美織を賭けて勝負を挑まれている。俺はそれを受けた訳だけど、仮にその勝負に負けても俺は奴に従うつもりは毛頭無い。
剣道部の皆にも言ったけど、俺は三浦に勝負を申し込まれて「その勝負、受けて立つ」とは言った。だけど奴の言った条件に従うとは一言も言ってないからな。
そうなった場合、そりゃ酷い、卑怯だ、それでも男か!などなど奴等は言い立てるだろう。だけど、それこそ未成年者の口約束であり、そこにどんな法的根拠、義務、強制力、罰則があるというのだろうか。それも一人の女の子の人権を制限するような事に従う訳が無いし、誰にもそんな権利は無い。三浦が明らかにおかしいのだ。
大体、奴の言う"勝負"自体その概念が曖昧だ。俺と奴との勝負なのか、五浦中とセンルチとの勝負になるのか。その辺りも奴は何も言っていなかった。
何れにしろ、それは仮に俺が負けた場合の話だ。俺は当然奴に勝つつもりだし、勝つからには奴の美織への妄執を断つため完膚無きまで叩き潰すつもりでいる。
奴も強豪センルチ男子中学第1剣道部の中堅になるくらいだから相当な実力があるのだろうが、そんな事は関係無い。しかも昨年よりも強くなってもいるだろう。だけどレベルアップはお互い様ってね。この決勝戦、楽な戦いとはならないだろうけど、俺は、俺達は必ず勝って市大会を制してやる。
〜・〜・〜
両校の先鋒から大将までのそれぞれ5人、コートの端に対峙して整列し、主審の号令により相互に一礼する。決勝戦の始まりだ。
先鋒ミキと次鋒のタイチが早々に面小手着装、俺と貴文と友之は正座して試合に臨むミキの背中を黙って見送る。
先鋒戦は初手からミキが押され気味で推移。センルチの三年生と思しき大柄な選手はミキに反撃の隙を与えず一方的に攻め続ける。
一方のミキは相手選手の打突を捌きつつ、半身を切って体当たりを躱す。それは一見相手選手の攻撃に手も足も出ないように見えるけど、俺にはミキが相手からの攻撃に耐え、捌き、躱してひたすら反撃の機会を窺っているのがわかった。
その証拠に試合開始からそろそろ2分になろうけど、相手選手はミキを攻め切れていない。そしてミキが一瞬体勢を崩し(た振り)、それをチャンスと見たのか相手選手が面を打った。ミキはその打突を竹刀で弾くと、相手選手の空いた胴を払う。
(あれって俺の得意技じゃん!)
ミキはいつの間にか会得していた俺の得意とする技で胴を払うも、(態と)崩した体勢からでは打突が浅くて一本にならない。だけどこれは次の技への布石であり、ミキは振り返る相手の面を打つ。
その打突は俺から見ても実に見事。タイミングといい、踏み込みといい、打突といい、これは面で一本決まる、とそう思えたほどだ。しかし、そこは敵さんも「強豪校の先鋒は伊達じゃない!」といったところ。相手選手は頚を捻って打突を避けると、竹刀を握る両手をぐんっと突き出しミキの身体を突き飛ばしたのだ。
突き飛ばされたミキが後方に倒れたため試合は中断。そしてミキが立ち上がってから試合が再開すると同時に試合終了を告げる笛が鳴り、先鋒戦は引き分けで終了した。
〜・〜・〜
続いて次鋒戦。センルチの次鋒はタイチと背格好は同じくらいか。おそらく同じタイプで実力も拮抗すると思われ。
互いに打突を激しく交わし合い、止まること無く動き続ける。その勝負は互角。双方に小旗が1本ずつ上がるも決め手とはならない。その結果、次鋒戦も引き分けに終わった。
互いに礼をして引き揚げ、タイチは試合の3分間で全力を尽くしたのか荒い息で肩を上げ下げさせて戻って来た。
「ユウキ先輩、俺、いっぱいいっぱいでした。後、お願いします」
試合を終え下がるタイチと、これから試合に臨む俺。すれ違いざまグータッチするとそんなタイチの声を聞いた。
「お疲れさん、任せとけ。叩き潰す」
開始線で立ち止まり一礼、三歩前進して竹刀を中段に構えて蹲踞。俺と三浦、二人の切先が交わる。
立ち上がり、主審が試合開始を告げた。
「始め!」
開始と同時に双方気合いを飛ばすと、反時計回りに足を運んで相手の出方を窺う。
今のところ三浦は隙を見せず、俺からの挑発にも乗る気配は無い。だけどかなり俺の動きを警戒しているようで、肩に力が入っているのがわかる。
と、三浦に動きあり。奴は正面から右に位置を移りつつ、俺の左面を狙って打ち込んで来た。俺は竹刀でその打突を弾いて防ぎ、空いた奴の胴を打たんとする。しかし奴はこの動きを狙っていたようで、すかさず俺に素早い下がり面を放ったのだ。
しかし俺からしたらこれも想定内。頚を捻ってその打突を躱すと、竹刀を持つ両腕で奴の腕を払い除け、同時にこちらも奴に下がり面を打った。
俺の下がり面は見事の頭頂を叩き、残心をとる俺の耳に主審の「面あり!」の声が響く。
三浦はどうやら俺が面を狙う打突を竹刀で弾いて空いた胴を払う技について知っていたようだった。知っていて尚、俺の面を狙ったのは、その技を逆手に取ろうとしていたと思われる。
自分の力量に自信があるならそれも悪い作戦じゃない。俺の技を知っていたという事はそれだけ俺に対するアドバンテージとなるし、試合運びの幅も広がるからな。
とはいえ、格闘技全般、いやスポーツ全般について言える事だけど、技は一つ打って終わりではない。中にはそういう技もあろうけど、技は別の技と組み合わせて大技になって最大の効果を発揮するものだ。後の先がそれであり、自分が打ちたい技に嵌るよう幾つもの小技で誘導する。
三浦は俺があの技を使うように態と面を打ち、その先で下がり面なり小手を打つつもりだった。そして案の定、俺が三浦の打突を竹刀で弾くと、ここぞとばかりに下がり面をうったのだ。
そこまでは良かったけど、俺だってその先を見ていた訳なんだな。
「2本目、始め!」
試合再開。面の奥から三浦が俺を見る目付きは"睨む"を通り越して憎悪すら見て取れる。俺、あいつにそれ程憎まれるような事したかな?
きっと美織絡みなのだろう、実に面倒で腹立たしい。美織も本当に変な男に粘着される。美織は見た感じ隙がある訳でも、押しに弱そうなタイプでもない。寧ろ気が強そうで冷たい印象すら抱かせるのに。
やはり美織には俺が付いてなければダメなんだろう。そう思うのも自意識過剰っぽいかな。
などと考えている場合じゃないな。今ここで俺がやらなければならないのはこの試合に勝つ事だから。それも美織を我が物にせんと執着し、俺に憎悪の炎を燃やす三浦を二度とそんな気を起こせないよう完膚無きまでに叩き潰すほどに。