休憩時間ニ訪レルモノタチ
4回戦に勝つと、次はいよいよ決勝戦。だけど4回立て続けに試合しているので、その流れですぐに決勝戦に臨むのはさすがにきついものがある。と言うわけで、決勝戦まで1時間ほどの昼休憩を挟むこととなる。
まぁ試合に出る選手プラス補欠の6人は体が重くなるから昼食はとらず、水分補給くらいしかしないけど。
五浦中男子剣道部の待機場所で俺たちはしばしの休憩中。一年生部員たちまで昼食抜きにするわけにはいかないので、一年生部員達6人は集まってワイワイと話ながら昼食をとっている。彼等が少々興奮気味なのは、俺達の試合を見たからだろうか?これが刺激になって部活に勉強に頑張って欲しい、彼らの先輩の身としては切にそう思う。
「勇樹」
そんなことをランチタイム中の一年生部員達を見ながら考えていると、隣の席に腰を下ろしていた友之が不意に俺の名を呼んだ。
「どうしたよ?改まって」
「いや、さっきはサンキューな」
さっき?さっきとは… あぁ、3回戦の大将戦の事だな。そう言えば、あの後バタバタしたまま4回戦が始まってしまったから、落ちついて3回戦の振り返りをする暇もなかったな。
「まぁいいって事よ」
「俺が仮に負けても、その後に勇樹がいると思ったから気が楽になった」
「強かったもんな、三菩提の大将」
「ああ。とんでもなかったよ」
友之がこうまで言うからには本当に三菩提中の大将は強い奴なのだろう。見るのと実際に竹刀を交えるではまるで違うだろうから。
「おい、噂をすればなんとやらだぞ」
貴文が顎をしゃくって示す先には三菩提中男子剣道部の坊主頭集団が立っていた。
〜・〜・〜
五浦中男子剣道部の待機場所を訪れた三菩提中剣道部の面々は、3回戦で戦った先鋒から大将までの5人。遺恨を残すような試合ではなかったはず。一体何の用かと訝しんでいると、その5人の中から副将だった白人男子がずいっと前に出て徐に口を開いた。
「五浦中男子剣道部の皆さんでよろしいですか?」
三菩提中副将の流暢な日本語にだらりと寛いでいた俺たちは居住まいを正すと、俺達を代表して貴文が対応した。
「そうです。それで三菩提中の皆さんが我々に何の用ですか?」
貴文の声からは若干の彼らに対する警戒のニュアンスが感じられた。まぁそれも無理はないと思う。そもそも対戦相手校の部員が試合後に訪ねてくるなんて異例な事だ。彼等がどんな用件かは知らないけど、こちらはこれから決勝戦を控えているのだ。トラブルを引き起こすような事だったらごめんだな。
「そう警戒しないでいただきたい。私達はただ私達を打ち破った皆さんに興味があるので挨拶をしに来たのです。そしてちょっと話が出来たらいいなと思って伺いました」
三菩提中副将がそう訪問理由を明かす。
「そうですか。県下の強豪校とその名を轟かす、三菩提中の皆さんからそのように言っていただけて大変有難く思います」
え?これ言ったの誰?驚きで思わず顔を見合わせた俺と貴文が声のした方を見ると友之が立っている。
「「えぇ〜!」」
「何驚いてるんだ?俺だってこれぐらい言えるわ!」
思わず揃って驚きの声を上げてしまった。俺と隆史に友之が抗議の声を上げた。
「良きかな良きかな。仲良き事は美しきかな」
そんな俺たちを見た三菩提中の大将が仁王様似の顔を崩して頷いた。いや、それって夫婦仲の事じゃなかったっけ?祖父宅の床間にそんな色紙が飾ってあったような?
「拙僧等は仏教者として剣即是空、空即是剣をモットーに剣をもって悟りを開かんとする者。試合も是修行の一環、己の剣道を全うする事に重きを置いている」
三菩提中の大将は自己紹介もすっ飛ばし、そのように自分達の剣道を悟りを開く為の修行と説明する。
「貴殿等の剣道は勝ちにこだわっているように見受けられた。しかし拙僧には貴殿等がただ勝ちにこだわっているようには見えず、貴殿等には剣を振るう理由があるように思えてならず。差し支えなかったならその理由を拙僧等にお教え願えぬか?」
いきなり剣道をする目的を言えと来たか。
野球やサッカーなどプロになれる可能性のあるスポーツならいざ知らず。中学生がどうして剣道をするかと言えば、大抵はなんとなく小学生の頃からの延長であったり、かっこいいからとか、強くなりたいからとか、そんな理由だろう。それに対して、三菩提中の剣道部は剣道を悟りに至る修行の一環と捉え、更に俺たちにも勝ちに拘る何らかの理由があると見抜いてその理由を尋ねるのだ。
三菩提中大将がそう尋ねると、部長の友之を始めとする五浦中男子剣道部員達がお前が説明しろとばかり一斉に俺へと視線を向ける。まぁこれは仕方がない、全国大会優勝とか俺が言い出した事だからな。
「俺たちは努力してより高みを目指そうと、その手段の1つとしての剣道だ。そして努力の目標として全国大会優勝を目指している。俺達が勝ちにこだわっているのはそのためだ」
昨年は県大会2回戦まで進んだけど、市大会決勝戦レベルで全国大会優勝なんてブチ上げた訳だから、さて三菩提中の皆さんはそれに対してどういう反応示すだろうか。
三菩提中剣道部の面々は俺の言葉を聞くと「おお!」と一斉に響めいた。
「素晴らしい!」
と、三菩提中の大将が両手で俺の手をぎゅっと握る。
「拙僧は貴殿の、その心意気に感服仕った。大きな目標を立て、努力して高みを目指す。これは剣道を通じて悟りを開かんとする拙僧等と相通じよう」
大将の言葉に副将がうんうんと頻りに頷く。そして呆気にとられている俺達に副将はこんな提案をしたものだ。
「五浦中と私達の戦いは既に終わりました。どうでしょう、これを機会に私達と昵懇願えませんでしょうか?」
俺は未だ大将に手を握られたまま、友之と貴文は三菩提中剣道部からの「これから仲良しになってね?」コールに戸惑って顔を見合わせる。
まぁ、いきなりいちゃもん付けてきた何処かの私立中学の奴と違って友達申請だ。拒む理由なんてある訳がない。
こうして俺達五浦中男子剣道部と私立三菩提中剣道部は友好関係を結ぶ事となり、互いに自己紹介しつつアドレス交換するに至った。
因みに三菩提中剣道部の大将は英安寺悠恵といい、ガチでお寺の息子で出身は東京は日野市。実家のお寺は境内に道場を併設して彼の父親である住職が師範を勤めるこれまたガチな剣道一家だそうだ。
副将のイケメン白人男子は阿洲田譲治。父親は英国貴族の三男で、日本に留学中に仏教に惹かれて改宗したばかりか出家、僧となり信州の山寺の住職になったのだとか。母親も英国貴族で、譲治君の両親は幼馴染なんだそう。今は一家4人(妹あり)で日本に帰化、彼も立派な日本人と言えよう。
俺と対戦した中堅は斎藤一慶君。彼の実家は会津若松のお寺で、先祖は会津藩士なんだとか。話してみると言葉少なだけど、いい奴だったよ。
決戦前の思わぬ珍客だった。貴重な休憩時間が削られた感はあったものの、何故か気分が良くなっていた。別れ際に一慶(もう名前呼びなんだぜ)が俺に不動明王の真言を唱えてくれたからだろうか。
〜・〜・〜
さて、休憩時間が終わるといよいよ決勝戦が始まる。「行くぞ」と友之の掛け声で皆が防具と竹刀を持って会場へと移動する。俺もペットボトルに半分残った麦茶をごきゅごきゅと飲み干し、頬を両手でパンと叩いて気合を入れて皆の後を追った。