僧兵団との戦い②
副将戦、三菩提中の副将は何と白人イケメン男子だ。
三菩提中って仏教系だろ?ってまぁ入学するに人種や信仰は問題無いだろうからいいのか。それを言ったらキリスト教系の大学に進学するにクリスチャンじゃなきゃ駄目なの?って話だしな。
三菩提中副将の身長は貴文よりやや高いものの体格は同じくらい。試合前に見たらやはり坊主頭だったから、その辺りは容赦無いようだった。
問題は三菩提中副将の実力だ。奴の国籍まではわからないものの、白人だけに見た目からは実力のほどを窺い知る事は出来ない。しかし強豪校剣道部の副将なのだから、そこら辺は推して知るべしか。
対する我等が副将は中村貴文。中学一年で俺と友之と共に男子剣道部の門を叩いて以来、今年度で三年目。小学生の頃は眼鏡博士君的なゲーム少年だったな。それが今や身長も伸びて細マッチョでクールなインテリ系イケメンだ。さすが、美少年剣士団!
剣の腕前も大いに上がっていて、優れた観察眼と独自理論による戦術が合わさって昨年の公式戦デビュー以来、練習試合も含めて負け知らずだ。
副将戦は双方牽制から挑発の小競り合いへと推移する。だけど次第に貴文が防戦に回る事が多くなる。それは相手選手の方がリーチが長いためだろう。大砲よりも航空機、航空機よりも長距離ミサイルがより遠くから攻撃出来て有利なように、攻撃は少しでも遠くに伸びる方が優位に立てるのだ。
だがしかし、そこに屈する貴文ではない。遠くから打突が来るのならば、と考えた事だろう。貴文は接近しての戦いに変更、相手選手の側方に回り込み、或いは内懐に入り込んで徹底して付き纏ったのだ。
とは言え、あまり接近戦が続くと剣道もボクシングのクリンチ宜しく審判によって試合を中断させられてしまう。結果、再び中段に構えて対峙し、折角自分の戦術に持ち込めても試合中断によってその優位は失われてしまうし、相手選手にも警戒されて同じ手は使えなくなってしまうだろう。
貴文の巧妙なところは、折角自分優位に持ち込んだ試合運びを失わないため、ランダムなタイミングで一瞬相手選手から離れて審判からの試合中断を防いでいた。
相手選手の内懐に入り込み、頃合いを見て一瞬パッと離れ、再びすぐに側方に回り込んで接近する。しかも離れるパターンを読まれないように。こんな貴文の戦術に相手選手は苛立ったようで貴文を押したり自分から離れようとする動きが目立ち始める。
と、貴文が相手選手に瞬間的に体重を掛ける。そんな貴文の動きに相手選手はストレスがマックスになったのか、遂に貴文を力一杯後方に押し出そうとした。その動きを逃さない貴文じゃない。待ってましたとばかりに至近距離から面を打つ。勿論それでは一本は決まらない。打ち込みが浅いし、残心も取れないからね。だけどそれは次の一手への布石、すかさず打った貴文の下がり面が決まり、赤い小旗が主審と副審の一人から上がった。
「面あり!」
その後、試合再開するも間も無く五浦中勝利を告げる笛が鳴った。
〜・〜・〜
副将戦を制した事でスコアは2対1と五浦中が1点リード。次の大将戦で友之が勝っても引き分けても五浦中の勝ちとなる。逆に友之が敗れたら2対2となって延長戦だ。その場合、双方がチームの中から代表を出しての代表戦で雌雄を決する事となる。その代表には俺が出ると事前に決めてあるのだけど、まぁ出来れば勝負は大将戦で決めて欲しいな。
この3回戦、顧問の高遠先生は他試合で審判をやるため昨年度までのように部員だけで試合に臨まなくてはならない。といって剣道の試合は個人対個人の戦いだ。団体戦だから五人それぞれの役割はあるものの、事前の指示があれば野球やサッカー等のように監督が試合で采配を振るう必要は必ずしも無い。
とはいえ、ドンと構えて見守ってくれる高遠先生がいるのは心強いものがあった。だから先生がいないこの戦い、これまで大将として皆を見守って来た友之を皆で見守らなくてはならない。
試合に臨む友之は振り向きざま面の奥から俺達に「その目でしかと見よ!」という視線を飛ばす。勿論そのつもりだ。横一列に正座して並んだ俺達が「了解!」と右腕でガッツポーズして見せると、友之は僅かに頷いてみせた。
俺達の中で最も背が高くて大柄な友之。引き締まった筋肉はパワーのみならず瞬発力も発揮し、高い身長に伴う長い両腕により遠距離から放たれる打突は速く鋭い。
因みに貴文が副将戦でやはりリーチの長い相手選手に勝てたのは、そうした友之との地稽古での経験が生きたからだろうな。
坊主頭の巨漢(中学生にしては)、太い眉毛にどんぐり眼の三菩提中大将。その顔は達磨さんか仁王様を彷彿とさせ、まさに比叡山の僧兵といった感じだ。その手に持つのは竹刀よりも巨大薙刀が似つかわしい。
「何て言うか、アレですね」
「それだと意味がわからないぞ?」
右隣りのタイチがこそっと話しかけてきた。
「ユウキ先輩とあっちの大将が戦ったら、まるで牛若丸と弁慶っすね」
タイチは意外と歴史好きの読書家なので時折りこうした古風な例えをする。俺が源義経っていうのはどうだかわからないけど、向こうの大将が弁慶っていうのは言い得て妙だ。
俺がタイチのそんな例えが面白くてちょっと吹き出すと主審の掛け声で大将戦が始まった。
友之と三菩提中大将は背丈が同じくらい。しかし筋肉量なら向こうが勝り、単純な力勝負ならやはり向こうに軍配が上がる筈だ。勿論、強豪校の大将になっているくらいだから単なる力自慢の猪武者ではないだろう。
さて友之はこの試合、どのように戦うのだろうか?
〜・〜・〜
「キッシャァァァ〜!」
試合開始と共に三菩提中大将はSF映画に出てくる謎生物が出すような、気合というよりも奇声というべき雄叫びを発し、友之の小手を狙った打突を繰り出す。
友之は自分の小手を狙う打突を後ろに跳躍しつつ竹刀を大きく振りかぶって避けると共に下がり面を放つ。
三菩提中大将は友之の打突を軽く頚を傾げて避け、尚も面を放った。その面は鋭く、あわや一本取られてしまうかというところ、友之は背中から床上に倒れ込んでこれを避けた。
「止め!」
これを主審は友之の場外反則として試合を中断させた。確かに友之はライン外に倒れ込んでいるので当然の結果と言える。しかしこれはあそこで三菩提中大将から一本先取されるより、咄嗟の判断で場外へ倒れ込んで逃げる事により反則1つとなる方を友之が選んだと結果とも言えよう。
これで判明した三菩提中大将の実力。それはおそらくは友之よりも上だろう。だけどそれに恐れず、怯まず、退かず、なのがゴライオnじゃなくて友之という男だと俺も貴文も知っている。
三菩提中大将は力と切れのある技、正にV3!ではなく、剛の剣士と言えようか。友之の剣道もカテゴライズするならば剛の剣。ここで剛と剛がぶつかればどうなるか?そう、より強い剛が勝つのが自明の理。ならばどうすれば良いのか。
ここで俺の頭の中に一つの名言が思い浮かんだ。それは「激流を制するのは静水」という世紀末救世主伝説なバイオレンス漫画のそれである。まぁ「柔よく剛を制す」とも言えるかな。
友之がここで上手く気持ちを切り替えて「激流を制するのは静水」を実践出来ればいいのだけど、ここは見守るしか出来ず友之次第だ。
この後、友之が取れる手立てとして、一つ目は自分の剣道を貫いてこれまで通り積極的に打って出る。二つ目は引き分けを狙って負けない戦いに徹する。
まぁ奴の性格からして一つ目を選ぶ可能性が高いけど、これは団体戦で友之は大将だ。俺達が勝ち進むため一つ目と二つ目、二つの選択肢の間で迷う事だろう。一つ目なら上手く気持ちを切り替える事が出来なければ勝利は覚束ない。二つ目もそれは友之の剣道じゃないからジリ貧となって負けるだろう。
友之の背中からはそうした逡巡する思いが感じられる。
「友之!」
俺はそんな友之の背中に向けて呼びかけた。
試合中、それも中断している最中の選手に声をかけるのはあまり褒められた事じゃない。だけどここはマナー違反になっても奴の迷いを払ってやらないとな。
「俺がいるぞ!」
例え2対2となっても俺が必ず勝つ。だからお前は自分の剣道を思い切ってやれ!とその一言にそんな思いを込めた。
友之は主審の方を向いているため、その表情はわからず、そしてリアクションも見せず。
審判の手前あまり大きな声は出せなかったけど聞こえた筈だ。これで友之の心理的負担が軽減出来たら良いのだけど。
試合は再開される。三菩提中大将の猛攻を受け続ける友之。防戦一方となり、徐々に場外へと押し出されようとしている。このまま押し出されてしまえば場外反則となり、反則二回で三菩提中大将の一本先取となってしまう。
そうして場外へ押し出される寸前、友之は半身を切って双方の態勢入れ替えに成功する。そして友之は素早く距離を取り、竹刀で面を庇いつつ振り向く三菩提中大将の胴を一気に払った。
「胴あり!」
積極的に打って出ると思いきや、三菩提中大将は剛剣の猛攻で友之にそれを許さず、負けない戦いに徹するも叶わず。結果的に友之は「激流を制するのは静水」な戦いで猛攻を凌いで機会を待った。
だがそれがいい。見事な一本だったな、流石だ。
再びの中断の後に試合再開。三菩提中大将は友之に一本先取されても自らの方針を変える気が無いようで、剛剣で友之に猛攻を加え続ける。そして懸命に凌ぐ友之だけど、会場に響く笛の音で俺達は友之がその猛攻を凌ぎ切った事を知った。
「ふぅ〜、どうにか勝ったな」
左隣の貴文から盛大な溜息が吐かれ、安堵の声が呟かれた。チラッと見るに、貴文は正座したまま上を向いて放心したように一人天井を仰いでいる。その気持ち、俺にもわかるぞ。
〜・〜・〜
こうして俺達五浦中男子剣道部は3回戦の激戦を制して4回戦へと進み、更に4回戦をも制して決勝戦へと勝ち進んだ。トーナメント表を見ると決勝戦へと駒を進めたもう一つはやはりと言うべきか、聖ルチア学園附属男子中学校第1剣道部であった。