僕は器用貧乏なんだって
「勇樹、お前は頭がいい。学校の授業と宿題だけで全国小学生統一テストだっけ?で良い結果出してるんだろ?」
「まぁね」
って言うけど、テストの問題って授業で習った中で先生が大事だぞって言うところから、ちょっと捻られた問題として出題される訳だからそんなに難しいものでもないような?
「週に一回の剣術稽古で全国道場少年剣道大会で3位入賞だ。俺が教えてる柔道技もすぐに修得していたな。実に器用だ。それがお前の才能なんだろう」
そうなんだろうか?自分では普通にしている事だからよくわからない。息をするように、ご飯を食べるように自然な事だ。
「今のお前はまだ子供だからそれでいいだろう。だがな、この先はどうだ?」
「この先?」
「そうだ。この先、中学、高校、大学と学ぶ教科も増えて内容も難しくなる。それでもお前なら今まで通りでもそこそこの成果を残す筈だ。だが、それは飽くまで"そこそこ"だぞ?」
そこそこ、か。
「来年、中学に進学してお前が何の部活をやるのか俺は知らん。剣道をするのもいいだろうし、他の競技を新たに始めるのもいいだろう。そこでもお前は"それなり"に良い結果を出すだろう。飽くまで"それなり"のだ」
伯父さん、一体何が言いたいのだろう。それにしても"そこそこ"に"それなり"。何か嫌な響きの言葉だ。
「そしてお前は周りからこう呼ばれるようになる。"器用貧乏"ってな」
「…」
器用貧乏、これはもっと嫌な響きの言葉だ。何でも出来るけど、どれも大成しない、そんな感じがするんだ。
「その頃になるとお前の周りに勉強にスポーツにそれ以外でも、例え初めは苦手であったり不得意であっても成績を上げるためだったり上達するため一生懸命に努力を惜しまない者が出てくるだろう。そうした連中にお前は最終的に負ける。それは社会に出て職業に就いても同じだ。お前はそこそこの成果を出しつつも後から来た努力する者に抜かれる。それは何でだかわかるか?」
是親伯父さんの真剣な眼差しが僕を捉える。それはいい加減な返しは許さないとばかりに。
「それは、僕が努力をしないから?」
「そうだ!お前が、自分のその何でも出来る才能に胡座をかいて努力をしなければ必ずそうなる」
「必ず?」
「そう、必ずだ!」
伯父さんの迫力に言葉が出ない。何も反論出来ないな。だって多分その通りだから。だけど、でも、と僕は思う。
「器用に何でもこなすお前を見ていて俺は実にもどかしく思っていたぞ。いつか言ってやらなくてはなってな。麻理からお前とその幼馴染ちゃんとの話を聞いてこれはいい機会だと確信した」
「でも伯父さん、一体何に努力すればいいの?全てに努力するなんて流石に無理だよ」
「それは自分で考える事だ。何も今からやれって話じゃない。自分が何をしたいか、何になりたいのか、良く考えて目標を決めろ。そしてそのためには何をすべきか、何が必要か、何を努力すべきかを考えるんだ」
自分が何をしたいか、何になりたいのか。僕はあまり真剣に考えた事がなかった。ただ毎日が楽しければ、面白ければそれで良かったし、それで満足だった。
僕が暫く考え込んだ後に辛うじて「うん」と返事をすると伯父さんは僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「今は深く考えるな。ただ俺の言葉は憶えておけ。大丈夫だ、お前なら本気を出せば宇宙飛行士にだってなれるさ。努力をすればな」
努力。努力ってどうやってするものなんだろうか?今までした事がないから正直わからない。それが出来るようになるまで頑張るのが努力だろうか。でも努力して出来るようになってその先は?
僕がその事を訊くと伯父さんは少し考えた後で「こいつはとある俺の知ってる奴の話だがな」と前置きして、とある少年の昔話をしだした。
その少年は僕と同じで何事にも実に器用だった。中学で柔道部に入った少年はすぐに多くの技を修め、小学生の頃から柔道を習っていた同級生も部の先輩たちも少年に敵わなくなった。向かう所敵なしとなった少年は柔道の試合に出ても勝ち続けて県大会、そして全国大会に出場を果たす。
全国大会では初戦で一人の相手に一本背負いで勝利。そして準決勝で3年生の選手と対戦するとなかなか勝負が着かず。そして延長の末に体力差で勝る相手選手から有効を取られて惜敗したそうだ。
「翌年、その少年は県大会で負けて全国大会には出られなかった。何故だと思う?」
「勝つための努力をしなかったから?」
「それはあっただろう。だがそれ以上に前年の大会で少年に負けた選手の中に俺を打倒するため一年間死に物狂いの努力をし続けた奴がいたからだ」
ちょっ、伯父さん。少年じゃなくて俺って言っちゃってるよ。まぁ何となくわかってたけど。
「それで俺は目が覚めた。どんなに才能があっても、それに胡座をかいて何の努力をしなければ努力を惜しまない凡人に容易に負けてしまうのだな、とな」
それからの少年時代の伯父さんは努力を惜しまず、翌年中学3年の全国大会では昨年の雪辱を果たし、遂には優勝を果たしたという。
「中学2年の県大会でアイツに負けなかったら俺は努力を知らない、挫折と悔しさを知らないろくでなしになっていただろうよ」
だから、と伯父さんの話は続く。
「お前も本気になれる何かを見つけて挑戦してみろ。何でもいいから高い目標を掲げ、難しい事に挑め。無理して、努力して情熱を燃やし、それを成し遂げたなら更に上を目指せ!努力は必ず結果を伴う。その結果が将来のお前の姿だ」
いつしか伯父さんの口調は熱を帯び、それに釣られてか僕もいつしか胸がドキドキと高鳴り、頬が熱くなっていた。
「伯父さん、僕も一生懸命になれる何かを見つけて挑戦するよ!努力して何かを掴んで、そして更に上を目指すよ!」
「おう、その意気だ。いい顔付きになってきたぞ、お前が努力する様を見せりゃ幼馴染ちゃんも惚れ直すだろうぜ」
そう言うとワッハッハと笑い出し、伯父さんは僕の肩をバンバンと叩いた。いや、結構痛いんだけど。