俺って悪党なのか?
横浜武道館のコート上に係員の指示で整列。友之は優勝旗返還のため舞台袖で待機し、今は副部長である貴文が部を率いている。
大会出場各校には係員が一人ずつ付いていて、校名が印刷されたプラカードを持って先頭に立っている。彼女達がどの様な基準で選ばれたのか、可愛い子が多いような気がするな。
係員の可愛い子といえば、昨年この日、俺は決勝戦の後で美織に鍔を渡したのだったなと思い出した。あれから一年が経過した訳だけど、美織はあの鍔をどうしたのだろうか?
今は美織と仲直りして一緒に勉強もすれば、たまには買い物に出掛け、毎日メッセージアプリのレイルでメッセージの遣り取りをしている。しかしその中であの鍔の話題が出た事は無い。俺もそうだけど、美織も恥ずかしいから意識的に避けているのかもしれない。
と、整列しながらそんな取り留めのない事を考えていると開会式が始まった。優勝旗の返還で舞台に立つ友之の姿は堂々としていて、今や立派な俺達の大将としての風格を備えていた。流石は美少年剣士団のワイルド系美少年といったところか。
市大会が男女別の開催だからいいものの、他の競技の様に男女同日同会場だったら、今頃は黄色い声援が飛んでいただろうか。
〜・〜・〜
開会式が終わり、いよいよ試合が始まる、その前に俺は集まった五浦中の待機場所で友之と貴文にセンルチの三浦から美織を巡って勝負を申し込まれた旨の報告をした。彼等は三浦から因縁付けて来た頃まではその場にいたものの、その後は優勝旗返還の説明や予行練習で大会本部から呼び出されて席を外していたのだ。
「それで有坂にそいつを近付けさせないようにするためにその勝負を受けた、と?」
「そういう事だ」
俺がうむと力強く肯定すると、はぁ〜と貴文は深い溜息を吐いて頭を振った。
「でも早い話、俺達がセンルチに勝てばいいんだろ?」
「そうだが」
友之の良いところは、俺が彼の親友だから幾つも挙げられるけど、その一つは物事を単純に捉える事だと言えよう。今だって友之は要は勝てば良いの一言で俺が持ち込んだ厄介事を一刀の元にバッサリと切り捨てている。流石は我らが大将だ。
「それに必ずウチとセンルチが当たるとも限らないだろ?」
「確かにな」
そこは貴文も友之の言葉に納得する。トーナメント表を見ると、偶然だと思うけど、五浦中とセンルチは互いに全ての試合を勝ち進むと決勝戦で当たる取り組みとなっていた。この過程の何処かでセンルチが他校に敗れる可能性だって無きにしも非ずだ。尤もそれは俺達にも言える事だけど。
と、ここでミキが口を挟む。
「仮にですけど、うちがセンルチに負けた場合、ユウ兄は、その、三浦の言う通りにしなければならないんですよね?」
「は?そんな事する訳無いだろう。なんて俺があんな奴の言う事聞かなくちゃならないんだ?」
はぁ⁉︎
俺以外の部員達が疑問の声を上げた。
「勇樹、お前はセンルチの三浦からの勝負を受けたんだろう?」
貴文が全員を代表して俺に尋ねた。
「受けたよ。受けたけどそれに一体人間関係を規制するどんな法的根拠と義務があるって言うんだ?俺がそんな物に従う義務なんて何も無い。そもそも三浦からは美織への優しさや愛情を全く感じない。奴から感じるのはただ美織を己のモノにしたいという欲望だけだ。そんな奴に美織を渡せるものかよ!」
沈黙する一同。俺は更に続ける。
「それに俺は「その勝負、受けて立つ」とは言ったけど、奴の条件に従うなんて一言も言ってないからな」
…
まぁ、そういう事さ。
「それじゃあ俺達が勝ったら勇樹は三浦にどう臨むんだ?」
沈黙の中から貴文が尋ねた。
「そりゃあ勿論約束を守らせるさ。自分から言い出した事なんだからな」
奴はあの時焦って冷静さを欠いていた。そんな状態で俺に条件の確認や履行の確約も求めなかった。焦りは詰めを甘くして多くの物を失い、その責任は自らに返ってくる。
貴文が「悪党だな」と呆れたように呟いた。
"受領は倒るる所に土を掴め"とは俺のモットーだ。元は地方に派遣される朝廷の貴族官僚の貪欲さを皮肉った言葉だという。要は転んでもただでは起きるなという事。今回は妙な奴に絡まれてしまったけど、ただでは済まさない。
「立ってる者は親でも使えって言うだろ?俺はこの際美織を守るためなら何だって利用するぞ」
おおーっ!と俺の美織を守ります宣言に一同が響めく。
するとショウが手を挙げて発言の許しを求めた。俺は黙って頷く。
「ユウキ先輩は、その幼馴染さんを守りたいんですよね?」
「勿論そうだ」
「そのためなら何だって利用すると、」
俺が黙って頷くと、ショウは一瞬迷いの表情を浮かべ、そして一度大きく息を吸って吐いてからこう言った。
「だったらその幼馴染さんとユウキ先輩が付き合っちゃえばいいんじゃないですか?」