あんた、あの子のなんなのさ?
市大会当日、今年の会場は中区にある中華街や元町商店街にも近い横浜武道館。
場所が場所だけにちょっとときめくものがあるような。横浜に住んでいるからといってそうそう中華街とか行く訳じゃないし、なんなら横浜好きな埼玉の人の方がよほど横浜の観光地行くし詳しいからな。
まぁ、それはそれとして、会場である横浜武道館に到着した俺達市立五浦中学校男子剣道部。早速受付で大会出場の登録を済ませ、大会本部から割り当てられた待機場所に向かう。
五浦中に割り当てられた場所は武道館の二階席の一画とその後ろの通路の一部分。そこに荷物を置き道着に着替えていると、俺達は珍客の訪問を受けるハメとなった。
そいつは長身にブレザーの制服を着た坊主頭の男子生徒。眉毛が太いどんぐり眼でキリッとして整った顔立ちをしており、誰かを探すよう俺達を見回す。
「なんだ、あいつ?」
「あれセンルチの制服じゃないか?」
いきなり来ては自分達を見回すそいつが気になるのか、ミキとタイチがそいつを訝しむ声が聞こえる。とはいえ俺達も出場準備に追われて忙しい身だ。誰が見てようが一々気にしちゃいられない。無視だ、無視。
しかしこの時、俺の中で数日前にファミレス「ガルバルディ」八景島店で美織に絡んだセンルチ第1剣道部の部員が言っていた美織に告白したという三浦何某と、今ここで俺達を見回すセンルチの制服を着た男子生徒とが見事に結び付いてしまったのだ。嫌な予感がするよ。
そいつも部員から俺の容姿を聞いていたのか、
(見てる、見てるよ俺を)
俺を凝視すると何かを確信したようで、ズンズンと着替え中の俺に迫って来た。
「お前が有坂美織さんの幼馴染か?」
そいつは見た目通り深く低く通る声で俺に尋ねた。しかし、初対面でお前呼ばわりか、何様なんだろうかね。
「済まないけど、着替え中なんだ。少し待って貰っていいかな?」
「待っててやるからさっさと済ませろ」
そいつは苛立たしげにそう言って黙る。いや、待つのはいいんだけど、俺の着替えを見ながらってどうなんだ?
〜・〜・〜
ここで何が起こっているのか。制服姿の一年生部員も着替の終わった二年生部員も気にかかっているようだけど、貴文が指示を出して出場の準備に取り掛かっているため、その合間にチラチラとこちらを窺うのみだ。友之と貴文は厄介事はお前に任せたとばかりに無関心を装っている。
さて、道着に着替え終わった事だし、防具を防具袋から出して、竹刀の確認もしなければならないな。
俺が防具を取り出していると、そいつが更に苛立った感じの声を上げる。
「おい、もう着替え終わったろ」
ちっ、気付かれたか。このまま忙しい振りを続けてスルーしようとしていたのだけど。
「何だよ?ってか誰だよお前?こっちはこれから試合があってその前に開会式だってあるんだ」
俺が一転して強く出ると、そいつはムッとした表情となる。
「俺は聖ルチア学園附属男子中学校第1剣道部の三浦義政だ」
三浦義政って、鎌倉幕府の御家人か?
「そうか、俺は市立五浦中学校男子剣道部の青木勇樹だ」
まぁ名乗られたからには名乗るのが礼儀だからな。
「用があるなら手短にしてくれ。開会式が始まる」
俺は努めて冷静に対応する。三浦が俺に用があるのなら美織に関してだろう。さて、何を言い出すものか。
「そうか。では率直に尋ねる。お前は有坂美織さんの何たのだ?」
「何だ君はってか?」
「いや、そうは言ってないぞ」
う〜ん、どうやら洒落が効かないタイプか。こいつは面倒臭い。
「だから他人に物を尋ねるなら自分は何の用で来たのかを先に言わないと。いきなりあんた美織の何なのさ?って訊かれたって個人情報なんだから簡単には言えないっての」
「お前が手短にって言ったんじゃないか」
「手短過ぎるんだよ」
「そうか。それは済まなかった」
「全くだ。気をつけろよ?」
俺はしょうがない奴だという体でそのまま下のコートに降りよとすると、三浦に「いや、ちょっと待て!」と、流れで奴をスルーしようとした意図に気付かれてしまった。
「何行こうとしてるんだ!」
三浦は憤慨した様子となり更に捲し立てる。
「俺は先日、有坂さんに愛の告白をして断られてしまった。だがうちの部員がお前と有坂さんがファミレスで一緒にいるのを見たと言うじゃないか。お前は部員達に有坂さんの幼馴染だと言ったそうだが、そうは見えないとも言っていた。有坂さんは恋愛なんてしている暇は無いと言って俺の愛の告白を断ったが、それは嘘なのか?俺は彼女が嘘を吐いてまで俺を拒んだとは思いたくない。だから手っ取り早く有坂さんと一緒にいたというお前に有坂さんとの関係を尋ねようとこうして来た。お前に問う、お前は有坂さんの何なのだ?」
一気に捲し立てた三浦は荒い息を吐いて俺を睨んでいる。
「愛の告白だってさ」
「プッ、ククク。しかもフラれて、」
「自分で言っちゃってるよ。痛い奴」
こらこら一年生のみんな、ヒソヒソしているつもりでもしっかり聞こえてるぞ?ほら、三浦にも聞こえてるから真っ赤になってる。
俺は自業自得とはいえ三浦がちょっと可哀想に思えて来たので一年生達にあっちに行けとハンドサインを出して三浦から遠ざけてやった。
「うちの一年が済まなかったな。まぁ、俺はそっちの部員が言ったように有坂美織の幼馴染で間違い無い。そいつらが見たって言うのはファミレスでの勉強会での事だろう。それから彼女の名誉のために言うけど、あんたの告白を断った理由も本当だろう。美織は父親のような医師で研究者になりたくてセンルチに入学したんだ。女子中に入ったのも男子生徒に余計なちょっかいを出されたくなかったからじゃないかな(多分)。だから美織をそっとしておいて欲しい」
三浦は形の良い口をへの字に曲げて唸る。
「幼馴染か。彼氏ではないんだな?」
「彼氏ではないな」
俺がそう否定すると三浦は口の端をニィと上げて良くない感じの笑みを浮かべた。
「そうか。なら俺にもまだチャンスはある訳か」
はぁ?こいつ、俺の話聞いてた?美織をそっとしておけって言ってるの!しかもお前フラれてるんだろうが。何がチャンスだバカちんが。チャンスなんて無いの!
「三浦先輩、ここでしたか」
と、ここで三浦を探していたのか、センルチの剣道部員達が奴の元に駆け寄って来た。
「なぁ、お前、俺の話聞いたろ?美織が好きなら美織の気持ちや立場を尊重しろよ。お前のそれは恋愛感情じゃなくて美織をモノにしようという欲望と執着と利己心だぞ?」
「何だと?お前に何がわかる!俺の美織さんへの想いはそんな物じゃない!お前こそ幼馴染とか言って美織に付き纏うストーカー野郎だ!」
三浦が俺に罵声を浴びせると、聞き耳を立てていたウチの剣道部員達もこれは聞き捨てならないと俺の周りに集まって来た。
「おいお前!ユーキ先輩を侮辱してんじゃねえ!」
タイチの怒声にセンルチの剣道部員達も言い返す。
「そいつが先に三浦先輩を侮辱したんだろうが!」
何故かいつの間にか俺が五浦中剣道部員達を、三浦がセンルチの剣道部員達をそれぞれ率いて睨み合い、対峙しているような形になっている。他校の剣道部員達や応援の関係者達もこの事態を何事かと遠巻きに窺い始めていた。
「お、おい、青木」
睨み合いが続く中、三浦が俺に呼びかける。その口調は流石にちょっと焦っているようで。
「何だよ?」
と、このような状況下だけど俺は平常運転だ。何故ならここは五浦中に割り当てられた区画、言ってみれば臨時とはいえ俺達のテリトリーでホーム。そして三浦達センルチ第1剣道部の連中は勝手に押しかけて来て難癖付けて来た訳だから、俺に非は無く道徳的優位にあり、精神的に余裕がある。
「俺は確かに有坂さんに告白してフラれた。だけど俺は有坂さんを諦めない。お前は有坂さんのただの幼馴染だろう。だったら俺のやる事に要らぬ口を出すな!」
しかし、こいつは人の話を聞かない奴だな。それとも後輩達の手前引くに引けなくなってるのかな。
「あのな、お前の事情なんてどうだっていいんだよ。美織にはしっかり勉強しなきゃならない事情があるって言ってるだろう。そっとしておいてくれって言ってるんだよ。俺をストーカー呼ばわりしやがったけど、お前こそ美織のストーカーだ」
「くっ」
三浦は悔しそうに口籠る。三浦の言っている事は徹頭徹尾自分の事だ。俺が言った事を聞いて多少はその自覚があるのだろうな。だから反論出来なくて睨んでいる。
「だったら、青木、有坂さんを賭けて俺と勝負しろ!」
「はぁ?」
なんでそうなる?話が全く噛み合っていない。
「いいか、俺達センルチ第1剣道部がお前達市立五浦中をこの大会で叩きのめしてやる。俺達が勝ったら青木、お前は俺のやる事に口を出すな。それからお前は有坂さんに今後一切近付くな!」
近付くなとかいつか聞いたフレーズだな。
仮にそうなっても何の法的根拠も強制力も無いけどな。それに、
「俺達が勝ったらお前はどうするんだよ?」
「聖ルチアがお前達ごときに負けるはずがない」
「いや、去年負けたよな?」
「仮に聖ルチアが負けたら、俺は有坂さんを諦めるし、今後彼女に近付かないと約束しよう」
岡田といい、三浦といい、美織は何だって変な奴に好かれるんだろうな。
このまま三浦に言い寄られて美織の夢が妨害されては敵わない。それに美織とは漸く仲直り出来てまた幼馴染に戻れたんだ。こんな奴に邪魔されたくない。仕方無い、ここは美織のために一肌脱ぐか。
「いいだろう。その勝負、受けて立つ。約束は守れよ?」
「当たり前だ。お前こそ守れ」
睨み合う両校の剣道部員達。しかしそれは開会式会場への入場を促すアナウンスにより中断され、センルチの剣道部員達は引き揚げて行った。
はぁ、面倒臭い事になってしまったけど、要は勝てばいいんだ。しかし、友之と貴文にどう説明したものかな。