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ライフガードの時もある

パンッ!


竹刀が面を打つ乾いた音が格技棟内に響く。面を打たれた強烈な衝撃に友之は一瞬くらりと体勢が崩れ、倒れそうになるところを二の足を踏ん張って耐える。そして渾身の力を振り絞った友之が高遠先生の面を打つ。


その打突は心技体の揃った見事な面であった。だけど友之の打突が高遠先生の面に届くよりも速く無情にも先生の素早い竹刀が友之の空いた胴を払い、友之はそのまま後方に弾かれて倒れた。


「次。かかって来い」


高遠先生に促された貴文が腰の竹刀を中段に構えると、激しい気合と共に打ち込む。面を狙った貴文の打突は高遠先生の竹刀にあっけなく捌かれると、貴文はそのまま鍔迫り合いで後方に押し戻された。そして高遠先生の面を狙った鋭い打突を貴文は首を捻ってギリギリで躱すと高遠先生がすかさず貴文の小手を痛打。


貴文は小手に受けた強烈な打突に竹刀を落としそうになるも、咄嗟に身を引いて竹刀を持ち直して中段に構える。


「今の判断は良いぞ、貴文!」


しかし、その後の打ち合いで貴文は高遠先生から二回の面を食らって力尽きた。


二年生達は既に高遠先生との地稽古で早々にへたばっており、残るは俺一人。


「よし、最後は勇樹か?」


「お願いします」


俺は一礼して竹刀を中段に構えると聳え立つ高遠先生に気合を込めて打ち込む。打ち合いの末に小手を狙うも竹刀で受けられて一瞬で間合いを詰められた。そして垂直に構えた竹刀の柄頭を俺の小手に落とされ、俺は身体を左に捻って後ろに下がってこれを回避。間を置かず俺は跳躍して高遠先生の面を狙うも相面で逆に面を打たれてしまった。


くっ、全く敵わないな。


〜・〜・〜


高遠先生は剣道部員との地稽古を終えると女子部の指導に向かった。俺達はすっかり疲労困憊といった体となり面小手を外す。


「いゃあ、高遠先生ってマジモンの化物だな」


「だな。俺達こんななのに、先生は一汗かいたくらいだもんな」


頭に被っていた手拭いで顔を拭いているとショウとタイチの会話が聞こえてきた。俺とミキは道場生として前々から高遠先生を知るだけに、いやあれでも十分手加減されているんだぜって顔を見合わせて苦笑いだ。


事実、あれだけ激しい地稽古をしたにも関わらず、俺達の誰もがヘトヘトになっているものの怪我をしている者などいない。そればかりか、高遠先生からかなり打ち込まれていても身体のどこも痛まない。まぁ、市大会の二日前に怪我したら洒落にならないけどね。


部員に怪我など負わせず、ダメージも残さず、限界一歩手前まで全力を出させて追い詰められた時にどう対処するか、体験をもって指導する。本当に高遠先生は優れた指導者だし、凄い武芸者だ。


「よし、最後に素振りして今日は終わりだ。ショウ、素振りの指揮を執れ」


「はい!」


高遠先生が退室して弛緩した空気を友之が締め、整列した俺達はショウの号令で整理体操替わりの素振りを始めた。


素振りが終わり着座していると、高遠先生が女子部の指導を中座して来たので皆慌てて居住まいを正す。


「皆、楽に聞け」


と言われて足を崩す奴はいない。


「四月に俺がこの学校に来てから二ヶ月、お前達を見て来た。多少の手加減はしたものの、よくも俺の稽古に着いて来れたものだと感心しているぞ」


高遠先生はそう言って俺達を見渡した。


「そして地区大会にお前達は勇樹抜きで優勝した。お前達には間違い無く実力が着いている。明後日はいよいよ市大会だ。自信を持って臨め。そして全力を尽くせ!」


はい!俺達は高遠先生の言葉に声を張り上げた。


高遠先生の父親である師範は俺が道場に入門してから知る限り、強面で言葉少ななだけで道場生の子供達にも優しい先生だった。それに対して師範代は激しく厳しい指導を行い、道場生の子供達にはちょっと恐がられていた。


とはいえ、厳しいといっても怒鳴ったり罵ったりするような事は無い。褒めるところは褒めつ叱るところは叱り、飽くまで稽古に関しては妥協せずストイックで一生懸命だったという事だ。だから恐がられつつも道場生からは信頼されて好かれていた。


そうした訳で師範代は剣術に一途で一本気な男だ。誰に対しても誠実で、例え相手が子供であっても謝るべきは頭を下げる人だ。だから嘘は決して吐かない。そんな高遠先生が俺達に言った。「自信を持って臨め」と。


俺達のテンションは否が応でも上がった。


〜・〜・〜


これは先日、道場での稽古を終えた後の事。道場の掃除をしていた俺とミキに師範代がご苦労さんと声をかけてきた。俺とミキでほぼ掃除が終わっていたから、その流れで師範代の高遠先生と俺達はちょっとした雑談に。


そこで俺は以前から疑問に思っていた高遠先生五浦中赴任の謎について思い切って尋ねてみたのだ。何となく応えてくれそうな気がしたんだよね。


「高校の先生だった師範代が中学校の先生になって五浦中に赴任して来られたのは嬉しいし、剣道部の顧問になってくれて頼もしいんですけど、まさか偶然って事は無いですよね?」


隣で聞いているミキもうんうんと頷いている。


高遠先生は暫く考え込んだ末、徐に口を開いた。


「まぁ、普通そう思うわな。お前達二人には言ってもいいか。これから話す事は他言無用だ。いいな?」


「「はい」」


高遠先生が言うには、昨年の男子剣道部の活躍は俺達自身が思っていたよりも周囲に与えた影響が大きく、それに触発されたのか五浦中は部活動と学力の両面で著しく成果を上げているのだそうだ。


その流れを更に加速させようと、校長先生はその原点である男子剣道部のテコ入れを考えた。そのため男子と女子の剣道部に優れた指導者を就けようと高遠先生(師範)に相談したというのだ。


師範の高遠先生の弟子は市会議員や県会議員に県警本部、はたまた国会議員にもいて、市役所や県庁にも顔が効くのだとか。


すると高遠先生(師範)は校長先生にちょうどいい人材がいると師範代を推薦したというのだ。校長先生は師範から師範代の為人を聞くと「それは良いですね」と師範の案を受け、校長先生が市の教育委員会に、師範が神奈川県庁にそれぞれ働きかける事となった。


「だから俺にこの話が来た時にはこの異例な人事がほぼ決まっていたんだ。まぁ、俺もこの地元に根を張る道場の跡取りだからな。地元の子供達の未来のためなら是非は無い。それに」


「それに?」


「可愛い弟子達が天辺目指そうっていうんだ。面倒見なきゃなって思ってこの話を受けたって訳だ」


言い終えた師範代は照れ臭そうな顔をしてちょっとそっぽを向いた。


「そうだったんですね。ありがとうございます」


「ありがとう、ございます」


ミキが俺に続いて師範代に礼を述べた。ミキの奴、ちゃんと理解しているのかな、師範代の話を。


「いいって事さ。お前達はそんな事気にしないで大会に集中すればいい」


そうして高遠先生(師範代)赴任と剣道部顧問就任の内訳を知るに至った。様々な人達の尽力の賜物でとても有難く思うのだけど、大人達の期待や思惑が重く、恐ろしくもある。


だけど、今の俺達は余計な事は考えず、高遠先生が言った通り大会に試合に集中すべきだろうな。


〜・〜・〜


放課後、俺と友之と貴文は部活が終わってもそのまま真っ直ぐ帰る気にならず、例によってみつば屋に寄った。


初夏の夕方は気温も少し高く、練習後という事もあって喉が渇く。だから今日の俺達はチェリオではなく、がぶ飲み出来るようにチェリオのスポドリバージョンであるライフガードを買った。


ペットボトルの蓋を開けて口を付けるとライフガードの甘さと炭酸の刺激が口の中に広がる。喉の渇きからゴクゴクと飲むと身体中に水分が行き渡る気がした。


「おい、勇樹。ゲップなんてするなよ?」


「しないしない、した事もない」


「嘘つけ」


俺を揶揄う友之を軽くいなすと、一陣の風が吹き、すっと汗が引く。


明日の部活は大会前日で休み。明後日はいよいよ市大会だ。


「なあ、明後日は頑張ろうな」


「あぁ」

「勿論だ」


貴文の言葉に俺と友之は大きく頷いた。







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