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嵐の前の日常、に吹く風

金沢区の地区大会で優勝した俺達市立五浦中学男子剣道部。市大会に進出してこれを制し、更に県大会に進むためには最大の壁である強豪校、聖ルチア学園附属男子中学第1剣道部を倒さなければならない。


去年の市大会で俺達は決勝戦でセンルチ第1剣道部を降した。だけどそれはまぐれ、ではないけど、かなりの僥倖だったと俺は思っている。


まず俺達は運が良く、南先輩という大きな存在があった。前にも述べたけど、南先輩が俺達当時の一年生部員の特訓に興味を示して加わらなかったら、絶対に今の俺達は無かったはずなのだ。


次にメンバーが良かった。南先輩と葛城先輩と宮下先輩、俺に友之に貴文。このメンバーが揃ったのが奇跡に近く、俺達は勢いに乗っていた。この内の誰が一人でも欠けていたら精々が市大会止まりだっただろう。


そして、市立五浦中学男子剣道部が実績の無い無名な存在でどこからも注目されてなかった事。当然俺達の実力は全く知られておらず、無警戒に舐めてかかった連中を次々と返り討ちにする事が出来たのだ。


しかし、県大会出場と新人戦3位入賞の結果で今年の俺達は他校に警戒されているだろう。流石に中学剣道で普段の練習を偵察とか情報収集なんてされてないとは思うけど。今年の市大会は去年よりも厳しい戦いになるだろうな。


そう、情報収集に関しては俺達も考えないでは無かった。友之からはセンルチについて「有坂から何か聞き出してこいよ」なんて言われたくらいだ。勿論友之だって冗談で言ったのだろうけど、真面目な話、センルチと言っても美織は第2剣道部だ。精鋭を集めた第1剣道部について何かしら知っているとも思えない。


それに対戦校について情報収集する手間暇を考えたら練習を目一杯して己の技を向上させた方が良い、そう俺達は結論付けた。


〜・〜・〜


金沢区の地区大会が終わった後、土日の午後は変わらず俺と美織は勉強会だ。ここはどんな行事やイベントがあっても譲れないところ。美織は医師になるため進学校である聖ルチア学園附属女子中学校に進学している。しかも特進クラスだから当然勉強量は普通クラスよりも多い。そして美織は剣道部に入っているため、部活動で出来ない分の勉強量を土日で補わなくてはならない。


俺にしても、進学校にして県下最難関である県立雪村高校を目指しているから勉強の手を抜く事は出来ない。だから俺と美織は幼馴染というだけではなく今や互いに助け合い、競い合い、励まし合って目標の為に頑張る同志でもあるんだ。


そしてこの日はたまには趣を変えたいという美織のリクエストで近くのファミレスで勉強をする事に。


「だって、ファミレスだったらそのまま夕食も食べちゃえば長居が出来るじゃない?」


「まぁ、確かにね」


ここはファミリーレストラン「ガルバルディ」八景島店。本格的寄りなイタリアンを安価に提供するファミレスで、金の無い学生からイタリアっぽいお洒落な内装と雰囲気を味わいたい社会人までと幅広い層から支持されている。


余談になるけど、このファミリーレストラン「ガルバルディ」は店舗により北イタリア風のα系統と南イタリア風のβ系統の二系統に分かれている。俺達がいる八景島店はβ系統だからこの店は「ガルバルディβ」八景島店という訳だな。


俺と美織は16時頃から入店し、取り敢えずドリンクバーを注文して先ずは2時間ほど勉強。その後、夕食をここで食べてしまおうとなり、美織はドリアとサラダのセットを、俺はイタリアンハンバーグセット(ライス大盛り)をそれぞれ追加注文した。


「なんか、食べたら眠くなりそうな取り合わせになっちゃったな」


「エスプレッソでも飲めばいいんじゃない?なんなら頬っぺたつねってあげよっか?」


美織につねられたくらいじゃそのまま寝落ちしてしまいそうだけど。


「エスプレッソ、苦いんだよ」


「ふふっ、お子ちゃま舌め。あ、料理来た」


「「いただきます!」」


注文した料理が届き、行儀は悪いけど食べながら話も弾む。


「そう言えば、地区大会優勝おめでとう、勇樹」


「ありがとう、美織。俺は補欠で出てなかったけどね」


「それでも、よ」


俺が高遠先生のメンバー決めについて説明すると、美織は「なるほど」と納得したよう。


「でも、いいの?そんな事、私に教えちゃって。私達、市大会じゃ敵同士なんだよ?」


まぁ確かに俺達市立五浦中とセンルチ、組み合わせ次第だけど、互いに勝ち進めばどこかで対戦するからな。


「と、言っても第2剣道部は地区大会で敗退しちゃってるけどね」


まぁ、そこはあははと笑うしかリアクションは取れないところ。


「まぁ、センルチの第2剣道部はさ、剣道と居合もやってる訳だし。それに進学校だからガチで勉強もしなきゃいけないんだから、剣道やってるだけ偉いと思うけどね、俺は」


「そう言って貰えると嬉しいけど。でも第1の部員の中には私達の事をあからさまに馬鹿にする奴等がいるんだよ。酷いよね」


センルチの第1剣道部は関東甲信越地方の各中学校から剣道自慢が集められている。そんな幼少期から剣に生きて来た第1の彼等彼女等と進学校で勉強しながら、それでも剣道がやりたくてやっている第2剣道部の部員。それぞれ目的は違うのだから両者を比較すべきじゃないし、まして第1剣道部が第2剣道部を馬鹿にするとか、


「第1のそいつら、勘違いも甚だしいな」


「そうだよね。でも、ここで「勇樹、やっつけちゃってよ!」とは言えないよね。一応は同じ学校なんだし」


「それ、もう言っているのと同じじゃないか?」


「そ、そんな事ないよ!」


なんて会話を交わしつつ、その後1時間ほど勉強してお開き。俺が会計を済ませして先に店を出た美織を追って店外に出ると、美織が三人の男達に絡まれている。


(美織、よく絡まれるな…)


と、感心していられない。美織を助けに入るべく俺が近付くと、絡んでいる男達は俺達と同世代で、言っている内容からどうも美織とも知り合いっぽい。


「おい有坂、なんで五浦の奴と一緒なんだよ?」


「別にいいでしょ?私が誰と居たって。あなた達に何か関係あるの?」


「そいつだろ?去年の市大会でお前に何か渡してたのって」


「だから何?」


「奴とどんな話をした?まさか俺達の情報を教えてるんじゃないだろうな?」


「はぁ?生憎、教えられる程あなた達の事、知らないから」


「何だと!」


う〜ん、どうやらセンルチの第1剣道部の部員らしいな。態とらしく割って入るか。


「お待たせって、どうした?知り合いか?」


「勇樹!」


俺が両者の間に割って入ると、美織はすかさず俺の背後に身を隠した。一応、携帯のボイスレコーダーは作動させている。


「この()、俺の幼馴染なんだけど?お前等何なん?」


「あんだ、おめぇはぁ?」

「しこーばるな」

「えれぇしわい奴だ」


流石、センルチ男子中第1剣道部。関東甲信越地方各地から入学しているだけに各地の方言が混じっているな。


と、連中の一人が俺を無視して、やけに高圧的に美織に迫った。


「有坂、お前三浦に告白されとぉに他の男とイチャつくたぁ、三浦を馬鹿にしとるんか?」


え、美織、三浦とかいう奴に告白されてるの?思わず美織の顔をまじまじと見てしまうと、美織は目を見張ってぶるぶると顔を振って否定する。


「三浦君からの告白はちゃんとお断りしてるじゃない!何度でも言うけど、私がどこで誰と一緒にいようがあなた達に何を言われる筋合いは無いから!」


俺を挟んで美織とセンルチ男子中学第1剣道部員の三人(多分)が対峙する。


このままここで睨み合っていたら地元だけに誰かに見られたら美織に変な噂が立つし、店の迷惑にもなる。早々にこの三馬鹿と現場から離脱しなければなるまい。


「なぁ、何だか知らないけど、ここは引いたらどうだ?近所と店の迷惑になるし、学校に通報されたら洒落にならないぞ?」


そう、彼らは剣道で入学しているだけに素行不良で退部となれば、それは即ちセンルチからの退学となる。体育科の彼等は普通科の勉強には着いて行けないだろうからね。彼等としてはそれは絶対に避けなければならないところだ。


三人は互いに顔を見合わせると「チッ」と舌打ちして俺達から離れて行った。


「あいつ等は第1剣道部といってもレギュラー入り出来ない連中で態度悪いし、やたら私達第2剣道部を馬鹿にして絡んで来るの」


なるほど、さっき美織が言っていた第2剣道部を馬鹿にするのは第1剣道部の中でもああいう連中という事なんだな。まぁ、他人を馬鹿にする前に自分に何が足りないのか、何が必要なのか考えて努力すべきなんじゃないかと俺は思うけど。それよりも、だ。


「美織、告白されたんだ?」


「え?」


すると美織は何か嬉しそうに俺の顔を覗き込む。


「ふふ、気になるの?勇樹」


質問に質問で返すのは良くないと言うぞ?まぁ気になるかならないかで言えば、


「多少、気には、なるかな」


「本当?」


やけに上機嫌になった美織が言うには、三浦というのは第1剣道部の三年生。レギュラーメンバーの一人で埼玉県は秩父の出身、かなりの実力があるそうだ。見た目は坊主頭だけど、美織曰く「悪くはない」らしい。


そんな三浦何某は美織に惚れているらしく、なんとそいつは部活後に第2剣道部の練習場所に乗り込んできて部員達がいる前で美織に「好きだ、付き合ってくれ」と告白したのだという。いや、ある意味強者というか勇者というか、凄いな。


「勿論その場でお断りしたよ。恋愛なんてしてる暇はありませんって」


そうか、恋愛してる暇は無いか。そりゃそうだよな。美織は医師になるっていう目標があるのだから。勉強しないといけないもんな。


「勇樹、どうしたの?」


そんな事を考えていたら、俺の様子を訝しんだ美織が今度は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。


「いや、何でもないよ。そうか、断ったんだな」


「うん。だから安心して?」


安心って、何をだ?


と、それは一先ず置いて。さっきの連中はきっと三浦何某に美織が俺と会っている事をご注進に及ぶだろう。その三浦何某がどんな性格の奴なのかわからないけど、そいつは学生寮に住んでいるだろうから行動に色々な制限があるだろうし、美織は女子中の自宅からの通学だから美織に危険が及ぶ可能性は、低いか。


何にしろ、センルチとは去年と同様に市大会で当たる可能性が高いから、どうも面倒な事になりそうだな。




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― 新着の感想 ―
[一言] αはペズン事業部、βはルナツー事業部ですね?
[一言] 第1のメンバーの頭はよろしく無さそうだな。 スポーツの特待生みたいな連中なんだろうに問題行動を起こすなんてアホやねぇ……
感想一覧
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