地区大会、タイチの勝利
中学3年に進級してゴールデンウィークが過ぎ、最初の定期テストである中間テストを終えた。テストの出来は普段からの勉強と美織との勉強会もあって十分だ。
テスト前には男子剣道部での勉強会も開き、二年生と一年生には俺たち三年生が今まで積み上げてきた傾向と対策を惜しみなく伝授したから後輩たちの結果も良いだろう。
三年生はどうだったかって?友之も貴文もクロスチェリオの誓いで俺と一緒に県立雪村高校を目指しているから中間テストくらい問題無しだ。これで後顧の憂いはなくなった。
そしてテスト明けには今年度の大会がシーズンが始まる。今回の俺たちの市立五浦中学男子剣道部の布陣だけど、今までと違って顧問の高遠先生は剣道・剣術の専門家だ。だからメンバー選出から何から高遠先生の指示に従うことに。まぁそれが当たり前と言えば当たり前なんだけど。
するとなんと俺は予想外のメンバーから外されて補欠だった。格技棟に集まった部員を前に高遠先生が地区大会のメンバーを発表するとその内容に二年一年の部員達はざわついた。
先鋒が三島太地に次鋒が清水昇、中堅が戸田幹久で副将が貴文に大将が友之。先鋒から中堅までを二年生が占めていた。
二年生と一年生が遠慮がちに俺に視線を向けるけど、俺は特にメンバー外となった事に動揺は無い。友之と貴文も同じだろう。それはこのメンバー表から高遠先生の考えが窺い知れたからだ。
「地区大会では二年生がメインで活躍して貰う事にした。俺が見たところ地区大会はこのメンバーで十分勝ち抜ける。地区大会で中村と二年生達は試合経験を重ね、その後の市大会、県大会に備えてくれ」
まぁ、つまり地区大会で貴文と二年生達に経験を積ませて自信を付けさせ、且つ俺をその後の市大会、県大会に向けた汎用人型決戦兵器として温存するという事。
言い終えた高遠先生が部員一同を見回して「質問あるやつはいるか?」と問うと皆一斉に「ありませんと」答えた。
高遠先生が解散を命じると俺達部員は練習に取り掛かるべくわらわらと動きだす。と、そこへ俺だけ高藤先生に呼び止められた。
「勇樹、今回のメンバー選定の意味、わかってるだろうな?」
「はい」
「だったらいい。勇樹はその先に備えておけ」
「はい」
高遠先生は「よし」と満足気に頷くと例によって俺の頭を髪がぐしゃぐしゃになるまで撫でまわした。
「先生、後輩達が見てるんですから止めて下さい」
全く、いつまでもこの人は俺を子供扱いだな。
「ははは、勇樹、言うようになったじゃないか」
そしてまた、俺の背中をバンバン叩く。痛い。きっと高遠先生が気道異物で窒息した人にこれをやったら喉に詰まった異物が口から飛び出るだろうな。
〜・〜・〜
結果として高遠先生の采配は功を奏し、俺たち市立五浦中学男子剣道部は連勝して地区大会を制することが出来た。
初戦、先鋒となったタイチは去年の新人戦以来の公式戦であり、そして先鋒としてメンバー入りした自負でガチガチに緊張してしまっていた。そこで、先輩の俺がタイチの緊張を解くべくアドバイスを実施だ。
緊張を解くなら馬鹿な話をするに限るよな?
「いいかタイチ、あっちの先鋒をよく見てみろ」
俺は顎をしゃくって対戦校の先鋒を見るようタイチに促した。タイチの相手選手は身長はタイチと同じくらい、体格が横に勝っている。
俺はタイチに顔を近づけて声を潜める。
「見たか?」
「はい」
「あのタイプは見かけは太いが、得てして竹刀は細くて短い粗末なモノだ。きっと今だって緊張で縮んで皮被ってやがるぜ」
「は、はぁ?」
突然始まった下品な下ネタに戸惑った様子のタイチ。それでも俺は続ける。
「それに比べてお前の竹刀はそりゃあ立派なモノだ。お前の竹刀が39(さんく)だとしたら奴は精々が32(さぶに)だな」
注) 竹刀のサイズです。32(さぶに)は小学生が使う短くて軽い竹刀で、39(さんく)は大学生や成人が使う太くて長い竹刀。
去年の夏休みに男子剣道部は高遠先生(師範)の伝手で山梨は北杜市の運動施設で合宿をした。その合宿で温泉に入った時にタイチのデカ竹刀を見てしまったのだ。
「さ、39(さんく)、ですか?」
「そうだ。タイチ、お前は美少年な上にそれは立派な竹刀を持ってる。もう恐いもの無しだ!」
「!」
中三に進級した当初の衝撃的だった「淑女協定事件」。聞いた時はトラウト級だった内容も月日の経過と共に各々の中で消化され、今では美少年剣士団も面白ネタの一つになっている。
「だから3回言ってみろ、恐いもの無しって」
「はい!恐いもの無し!恐いもの無し!恐いもの無し!」
「行ってこい。お前は立派な竹刀の美少年剣士だ」
「はい!ユーキ先輩、俺、行って来ます!」
緊張でガチガチだったタイチは今や肩で風切る闘魂竹刀美少年と化し、地区大会初戦に臨んだ。
中段に構える相手選手と対峙するタイチは、主審が「始め!」の号令をするや、怪鳥のような奇声を上げると一気に距離を詰めて鋭い打突を放った。
相手選手は試合開始早々、気合いと共に迫るタイチの勢いに一瞬怯み、放たれた打突に反応する暇も無く強烈な面を打たれてしまった。
「面あり!」
3人の審判が揃って赤い小旗を上げた。五浦中は赤い襷を背中に結んでいるのだ。
続いて試合再開。相手選手は面を打たれた動揺から上手く立ち直れていなかったようで、すっかりタイチのペースに嵌ってしまい、更に抜き胴で一本取られてしまった。
こうしてタイチは地区大会の初戦を勝利で飾った。タイチはこの勝利が余程嬉しかったのか、第一試合が終了すると俺の元に駆け付けて来た。
「ユーキ先輩!ユーキ先輩の下ネタのお陰で勝てました!先輩の下ネタで緊張が解けたんです。下ネタのお陰なんです!」
いや、タイチ、下ネタ下ネタって言い過ぎだ。
「それは良かったな。でも周りに係員の女子もいるんだからあまり下ネタ下ネタって言うなよ」
「す、済みません」
と、俺とタイチの遣り取りを聞きつけたミキとショウが自分にもとせがんだ。
「ユウ兄、俺にも勝利の下ネタ話して下さいよ」
「ユーキ先輩、次の試合で俺にも勝利の下ネタお願いします」
「わかったから。周りに聞こえるから下ネタ連呼は止めろ」
この遣り取りのせいで、2回戦では試合前にミキとショウの二人にも俺は下ネタ話をするはめになった。それが良かった訳ではないだろけど、二人とも勝利を収めた。
俺達五浦中男子剣道部は連戦連勝、そして地区大会で優勝して市大会に歩を進めた。
因みに、これ以降市立五浦中男子剣道部では試合前に下ネタ話をするのが恒例となったらしい。俺はそれを中学卒業後に知る事となった訳だけど、友之と貴文から変な伝統残しやがってと文句を言われたのはまた別のお話。