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ねぇ、話聞くよ?

「お母さん、勇樹の家で勉強してくるね」


「気を付けて、ユウ君に宜しくね」


私が母に勇樹の家に家に出かける旨を告げると、母からはそれが自然な事であるように返事が来る。それはまるで小学生の頃にあった遣り取りのよう。


子供の頃はこんな感じで私は勇樹の家へ遊びに行っていたし、勿論その逆、勇樹も私の家に遊びに来ていた。勇樹にはもれなく真樹ちゃんが着いて来たけど、三人でいるのもとても楽しかったんだ。


私と勇樹の家は幼馴染の割にそう近い訳でなく2ブロックくらい離れている。だからラブコメの漫画によくある幼馴染が隣同士で窓越しに会話するとか憧れたなぁ。


〜・〜・〜


時刻は午後4時前。4月のこの時間は陽が延びて明るいけど、西に見える山の端は薄らオレンジ色に染まり始めていた。


「美織」


小さな公園に差し掛かると不意に名前が呼ばれた。誰が呼んだのかなんてすぐにわかる。


「勇樹、迎えに来てくれたの?」


そう、勇樹が態々私を迎えに来てくれるの。


「美織んちに着く前にカチ合っちゃったけどな」


そんな事を照れくさそうに口にする勇樹、全く可愛いったらない。


昨年のクリスマスイブに私達は仲直り出来たけど、すぐに昔のような仲良しに戻れるのか私はちょっと不安だった。だから、まずはレインでメッセージの遣り取りを頻繁にするようにして、なんて思っていたらすぐに勇樹が私の家に遊びに来てくれた。


その時の勇樹はやっぱり照れくさそうにしてたけど、4年のブランクなんて無いみたいに父とも母とも打ち解けて。結局、私達家族と勇樹は夕食まで共にして楽しく過ごす事が出来た。


それから私達は年始には二人で桜木町の伊勢山皇大神宮に初詣に出かけ、3学期の期末テストを契機に土日の午後は一緒に勉強するようになった。


私が勇樹を避け始める前もこうして一緒にどちらかの家で宿題をしたりテスト勉強したりしたものだった。勿論それだけじゃなくて本を読んだりゲームをしたりして遊んだりもしたけど。


そんな楽しかった幼い頃の関係をこうして取り戻す事が出来た今がとっても幸せ。漸く、漸く私は勇樹の幼馴染というかつての自分の定位置に戻る事が出来たのだ。


しかも勇樹は以前にも増して優しい心遣いが出来るようになっている。こうして私だけ家まで迎えに来てくれるんだからね。


でも、今日の勇樹は言葉少なで、何かちょっと思い詰めた表情をしている。


「ん?どうした?」


勇樹が見上げる私の視線に気付いたよう。


「学校で何かあった?」


私が逆に尋ねると、勇樹は一瞬目を見張った。どうやら図星のよう。


勇樹はう〜んと唸って上を向く。その様子は言うか言うまいか、話すか話すまいか悩んでいる感じかな。


「言いたくないなら訊かないけど。私、ほら、勇樹と学校違うから客観視出来るしさ。それに溜め込むより言っちゃった方が楽でしょ?ねぇ、話聞くよ?」


「じゃあ、後で話すから聞いてくれるか?」


「もちろんだよ!」


でも何でも出来ちゃう勇樹をこんなに悩ます事って一体どんな事なんだろう?


〜・〜・〜


勇樹が家に着いて勇樹のお母さんに挨拶、勇樹の部屋に入る。


「お邪魔します」


もう土日の勉強会も2月からだから3ヶ月ほど続いて、勇樹の部屋に入るのも何回目だろう。だけど何回目だろうと、この勇樹の部屋に入った時にふわっと来る勇樹の匂いは何度嗅いでも、もう最高!


何て言っていいのか、勇樹の汗や体臭がほんのりと薫る決して嫌じゃない男の人の匂いとでも言えばいいのかな。一人きりだったら勇樹のベッドにダイブして枕に顔を埋めてくんかくんかしたいくらい。


なんて、そんな欲望はおくびにも出さないけどね。


一時間程勉強して一休み。私達は勇樹が持って来てくれていた冷やしルイボスティーで喉を潤す。え、何でルイボスティー?って思ったけど、このところ青木家はルイボスティーにはまってるんだって。


と、ここでお茶を喫しながら雑談。お互いに学校であった事なんかをいつもは話すんだけど、今日は私が勇樹に悩み事を聞く流れとなった。


〜・〜・〜


勇樹の話は衝撃的だった。


淑女協定。私が勇樹を避けるようになってからそんな事になっていたなんて知らなかった。その頃の私は中学受験と勇樹と疎遠になった後悔でいっぱいいっぱいだったから。それに多分、中学受験組の女子はクラスの女子達からハブられて、はいなかったけど、距離は置かれていた。


特に私は、意図した訳じゃないけど、そもそもの協定が出来る原因を作った張本人だ。恐らく委員長が気を使って私の耳に入らないようにしてくれていたのだろう。


それでも全く知らなかった訳じゃなかった。五浦中学の男子剣道部は有名だから。


「あ〜、私、その淑女協定自体は知らないけど、センルチでも五浦中の男子剣道部については噂になってるよ。その、五浦中の男子剣道部ってカッコいい子ばかりで、女子達はみんな手出し禁止になってるって」


「え、センルチにも知られてるのか。それじゃあ俺達が女子達から何て呼ばれてるのか知ってるか?」


「?それは知らないけど、何て?」


私が尋ねると、言い辛そうにする勇樹。何かごにょごにょと言い淀む。


「ごめん、聞こえなかったんだけど、もう一回言って貰っていい?」


「美少年剣士団だって」


え?は?


「び、美少年剣士団?」


「あぁ」


勇樹は恥ずかしそうに下を向く。


誰が付けたか知らないけれど、その大仰で時代掛かったネーミングセンス。思わず吹き出してしまう。


「ぷっ、何それ?確かに美少年って言えばそうだけど、あははは」


「そんなに笑うなよ。俺にとっちゃ切実な問題なんだからな!」


くぅ〜、恥ずかしそうに顔を赤くして食ってかかる勇樹、本当に可愛いったら。


確かに勇樹は勿論だけど、山田君と中村君、それに二年生の3人。それぞれ違ったタイプの格好良さ、可愛いらしさがあるんだよね。それで彼等が剣道部で剣道も強いから「美少年剣士団」。うん、言い得て妙かも。


「ごめんごめん。それで、それって真樹ちゃんも知ってるの?」


真樹ちゃんは私達の一つ下で、この四月で中学2年生。当然勇樹に関する淑女協定についても知っているはず。


「真樹はあの小学校じゃ女子のトップカーストだったし、今の五浦中でもトップに君臨してるからな。ばっちり知っていたよ」


きっと真樹ちゃんは知っていて尚、態々勇樹の耳に入れて余計な心配をかけまいと情報統制をしていたのだろう。だって真樹ちゃんはお兄ちゃん大好きだからね。勇樹にとって害になる事は徹底的に取除くでしょ。勇樹の話では果たして真樹ちゃんの行動は私が思っていた通りだった。


「ふふ、真樹ちゃんらしいね」


「本当にな」


と、勇樹が私をジッと見る。え?何?


「どうしたの?ジッと見て。恥ずかしいじゃない」


「ごめん。何か幼馴染っていいなぁって思ってさ」


「そ、そう?」


幼馴染。漸く勇樹から再び幼馴染って認めて貰えるようになった。学校は違うけど、こうして一緒に勉強して、レイルでメッセージの交換もして。でも私は勇樹の事が男性として好きだ。だから幼馴染もいいんだけど、勇樹と付き合って恋人になりたい。勇樹にも私の事を女の子として好きになって貰いたい。これって私の我儘かな?


この後、勇樹のお母さんに夕食に呼ばれ、今日の勉強会はお開きとなった。私は帰り支度をしつつも、この取り止めの無い思いに思わず溜息を吐いて「幼馴染、か…」と呟いた。今の、まさか勇樹に聞かれてないよね?


勇樹の様子を窺うも、聞かれた様子は無く。私は少し安心しつつ勇樹と一緒に彼の部屋を出て、食卓のあるリビングへ勇樹に続いて向かった。


勇樹の家でご馳走になった夕食はクリームシチューにサラダに塩パン。美味しかった。そして勇樹は帰りも家まで送ってくれる。


そこで私は彼の部屋では言えなかった事を言ってみた。


「あのね、委員長の事なんだけど」


「委員長?」


突然私の口から出た「委員長」という言葉に怪訝そうな表情になる勇樹。でも私は続ける。


「勇樹は洞樹さんの事をあまり良く思ってないみたいだけど、彼女は決して勇樹の敵じゃないから。詳しくは言えないけど、洞樹さんは学級委員としてクラスメイトとクラスの調和を守っただけなんだよ」


きっと洞樹さんは私が中学受験で暴走して空回りした挙句、大事な幼馴染と疎遠になった事を知ってたんだと思う。私の様子を窺っただけで真実に辿り着けるだけの知力が彼女にはある。その上で私に同情したというか、憐れんだのか、とても見てはいられなかったのかそこら辺はわからないけど、女子のみんなは勇樹に手出し無用という事にして私の居場所を空けたまま守ってくれたんだ。


だから洞樹さんの名誉は私が守らなきゃいけない。


勇樹は暫く黙っていたけど、「そっか」と呟き、


「まぁ女子達の事情はよくわからないけど、美織がそう言うのなら俺は美織を信じるよ」


と言ってくれた。


あぁ、もう、本当に大好き!


そうしている間にも私の家に着いてしまった。もっと勇樹と一緒にいたいよ。


私が勇樹に送ってくれてありがとうとお礼を言うと「またな」「うん、またね」と私達は別れの言葉を交わし、そして勇樹は帰って行った。私は勇樹の姿が見えなくなるまで見送り、幸せな気分で次の勉強会に思いを馳せた。






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― 新着の感想 ―
[一言] クリームシチューとサラダに塩パンか うちなんかクリームシチューだろうがアヒージョだろうが容赦なく白米でてきたわ!
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