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中学三年事始め

「サァッ!」


「セヤッ!」


ダン、タダンッ


格技棟内に二年生部員達の気合の声と踏込みの音、指導する高遠先生の声が響く。


「打突を竹刀で受けるな。捌くか受け流せ。タイチ、どうした?動きが止まってるぞ?」


ただいま放課後、部活動の真っ最中。


あのあまり思い出したくない始業式の日、新顧問の高遠先生が職員室での事務引継ぎやら何やらで忙しくなり、その日の剣道部員との顔合わせは出来なかった。


しかし、明くる日の部活で顔合わせを済ませるや高遠先生はニヤリと不敵な笑いを浮かべ、俺達に言ったものだ。


「お前達、全国大会優勝を狙ってるんだってな?」


皆の視線が一斉に俺に向く。ああそうですよ、俺が道場で高遠先生に言いましたとも。いや、俺だってまさか高校教師になった高遠先生が中学教師になって五浦中学に赴任して来るなんて思いもしてなかったからね。


「いささか無謀な挑戦ではあるが、目標を高く掲げる事は大事だ。俺が来たからにはお前達がその目標に少しでも近付けるよう鍛え上げてやるからな」


高遠先生が五浦中学に赴任して男子剣道部の顧問になってくれて、正直俺はホッとしていた。中学に進学してから今まで、俺達ははっきり言って勢いでやって来たようなものだったから。中学生で全国大会出場、そして優勝を目指すなら中学生の勢いだけでは厳しい。現実はご都合主義とはならないからな。


昨年度まで顧問だった佐藤先生は本人が言っていたように剣道素人で部活動には無関心だった。それはある意味で練習内容なんかを自分達の好き勝手に出来て好都合ではあったけど、やっぱり指導者が必要だった。道場の高遠先生(師範)にお願いして臨時の外部講師になって頂いたけど、先生もお忙しい身なのでそれも飽くまで俺達が中二で大会が終わるまで。


中三年に進級して顧問は誰になるかわからない、高遠先生(師範)も約束通り外部講師を辞められて、さあてどうしたものかなと悩んでいたところだった。


男子剣道部に期待してくれている校長先生に指導者について直訴するという手も考えたけど止めておいた。どうしてかって、これは飽くまで俺達の誓いであり、大人の手を借りるにしても、まずは自分達が最大限努力するべきだと俺達は結論付けたからだ。


そうした中で見切り発車となるところ、まさかの高遠先生(師範代)の五浦中赴任と顧問就任。俺達男子剣道部はこれ以上無く心強い味方を得て、来るべき大会に向けた新たな挑戦が始まった。


〜・〜・〜


新年度になり、当然新入部員の勧誘が行われる。体育館に集められた一年生達の前で壇上に上がり、各部の部長がそれぞれの部活動を紹介してアピールするあれだ。


運動部の部長は数名のその競技のユニフォームを身に纏った部員達を伴って壇上に上がる。その方が部長一人で登壇するよりもビジュアル的に派手で一年生達の目を惹くし、一年生達にとってもそこがどんな部で、どんな競技をするのかわかりやすい。


という訳で、男子剣道部も部長の友之を中心に部員全員が道着を着ての登壇を採用した。


キャー!!


司会の生徒会長が俺達の登壇を拡声して促すと、俺達の姿を見た一年生の女子達から歓声が湧き上がった。


「静かにしなさい!」


生徒会長の一喝で忽ち静かになる一年女子。


この生徒会長は昨年度の秋に選出された三浦健二。学ランをビシッと着こなしたクールな眼鏡美丈夫だ。


「よし、いいぞ」という三浦生徒会長の眼鏡の奥からの視線を受けて友之は一人頷く。そしてマイクスタンドからマイクをむんずと掴むと、ずいと一歩前に進み出た。


(うわ、あいつマイク持っちゃったよ)


と俺は思ったけど後の祭り。長身ワイルド系イケメン(美少年?)な友之がマイクを持つ姿に再び一年生女子達が騒ぎ出した。友之はそんなざわつきなど構わず部活紹介を始めた。


「え〜、新入生の皆さん、入学おめでとう。男子剣道部部長の山田友之だ。俺達男子剣道部は新入部員を募集している。俺達の実績はお前達も既に見ただろう、校舎外壁の垂れ幕にある通りだ。市大会優勝、県大会出場、新人戦三位入賞と弾みがついていて、今年は全国大会を目指す。入部に関して剣道の経験は問わない。三年生と二年生が懇切丁寧に教えるから心配するな。練習は厳しいものとなるが、俺達とてっぺん目指そうと思う奴は是非入部してくれ、待ってるぜ。以上だ」


友之は昨日貴文が考えた部活の紹介文を自分の口調風にアレンジして読み終えると、手にしたマイクをスタンドに戻し。と、途端に歓声と拍手が湧き起こり体育館内に響き渡る。


どうすんだ、これ。と思っていると友之が壇上から一年生に手を上げて(瞬間的に歓声が倍増)引き揚げ始めたので俺達部員はその後を追った。一年生達の拍手はなかなか鳴り止まなかったけど、三浦生徒会長が「静粛に!」を何度か繰り返し、仕舞いには「静かにしろ一年!」と怒鳴って(ハウリング付き)漸く館内に静けさが戻った。


この後の部の部長はさぞかしやり辛いだろうな、何て思っていたけど、次は女子剣道部。しかし、実際にはその心配は杞憂で、白道着に黒袴の美少女部員達を吉澤部長が率いて登壇すると、今度は主に一年生の男子生徒達が騒めき出しましたとさ。


〜・〜・〜


友之のワイルドな勧誘が効いたのか、昨年度の実績が目を引いたのか、男子剣道部には十人の一年生が入部を希望した。その内訳は剣道経験者と未経験者が半々で、地元剣友会出身が三人の天元破砕流剣術道場出身が二人。


この十人の入部希望者が仮入部中に俺達の練習と高遠先生の指導に恐れをなしたのか、剣友会出身者一人と未経験者三人が入部を取りやめた。


結局六人が本入部したので問題無いのだけど、俺達は特別激しい練習をした訳じゃない。寧ろ仮入部期間中だったから手控えていたくらいだ。高遠先生にしても顧問として当たり前の指導をしただけだったんだけどな。まぁ、高遠先生の場合、その武芸者然とした風貌が恐ろしげという事もあっただろうけど。


え?女子剣道部の方はどうなったかって?新入部員は多いみたいだけど?よくわからないな。


実はあの淑女協定の一件以降、男子剣道部から女子剣道部へ暫く合同練習等の交流は遠慮したいと申し入れて交流を控えていた。それを申し入れた時、吉澤さん達、特に楠木さんはなんとも言えない表情をしていたけど、仕方のない事だった。あの時の恐怖心…、俺達は軽い女性恐怖症みたいになっていたのだから。


正直、学校の女子達が怖い。何を考えているのか窺えず、常に見られている気がして近くに女子がいると落ち着かない。話したくないし、話しかけて欲しくない。幸い、あの協定があるから女子から挨拶してくる事も話しかけてくる事もないけど。洞樹さんとも露骨にならないよう気を付けながら極力距離を取るようにしている。


今じゃ俺が普通に会話を交わす女性は母さんと妹の真樹、それに美織と美織の母親くらいだ。


〜・〜・〜


美織とは去年のクリスマスイブに和解して以降、レイルでメッセージを交わしたり、電話で話したり、たまに会ったりしている。お互い忙しい身なので土曜日や日曜日の午後になど、どちらかの家で一緒に勉強する事が多いかな。


先日の事。例によって俺の部屋で美織と勉強していた時、休憩中の雑談で淑女協定の話をした。


美織も実は協定について朧げながら知っていたそうだ。ただ小五六年生の頃の美織は中学受験組で、クラスの女子ネットワークから微妙にハブられていたという。しかも美織が俺と距離を取った事が協定が出来る発端だったため、クラスの女子達も美織の耳に入らないように気を配っていたらしい。


そして進学先の聖ルチア学園附属女子中学校はある意味市内県内の公立中学校からは隔絶されている。そのため知っているといっても「五浦中の男子剣道部ってカッコいい子ばかりで、女子達はみんな手出しない事になってるんだって」という程度だそうだ。


なので、俺の話を聞いてとても驚いていたし、美少年剣士団の件では大笑いしていた。


「び、美少年剣士団?ぷっ、何それ?確かに美少年っていえばそうだけど、あははは」


「そんなに笑うなよ。俺にとっちゃ切実な問題なんだからな」


美織があんまりにも笑うものだから、ちょっと文句言ってやった。


腹立たしくはあったけど、俺は美織があの"空気"に呑まれて染まっていない事にちょっと安心。


「ごめんごめん。それで、真樹ちゃんは知ってたの?」


「ああ、真樹はあの小学校じゃトップカーストだったからな。ばっちり知ってたよ」


この件については俺は真樹に知ってて何で言わないんだよ!と文句を言うと、


「だってお兄ちゃんが知らないんだから、だったら知らないままの方がいいでしょ?実害だって無かったんだし。私が態々お兄ちゃんに知らせて不安がらせてどうするの?」


と逆に冷静に諭されてしまった。


因みに真樹も市立五浦中学に入学して俺の後輩だ。部活は女子バスケットボール部に入部し、既にクラスのトップカーストに君臨している。


「ふふ、真樹ちゃんらしいね」


「本当にな」


そう言いながら思わず美織をじっと見てしまう。


「どうしたの?じっと見て。恥ずかしいじゃない」


「ごめん。何か幼馴染っていいもんだなって思ってさ」


「そ、そう」


この後、俺達は勉強を再開し、夕方になって母さんが「ごはんよ、美織ちゃんも食べるでしょ?」と呼びに来るまで続けた。


「は〜い、頂きます」


と美織は返事をして教科書を閉じる。それから立ち上がりざまに小さく溜息を吐き、何か小声で呟いた。俺は美織の呟きが微かに聞こえたけど、女の子の呟きを問うのもどうかと思うので聞こえてない体で美織と一緒に部屋を出た。





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