三年生になる前の過去編①
三年生の先輩方と顧問の佐藤先生とをそれぞれの新たな道へと送り出し、俺は中学三年に進級した。
進級には当然クラス替えが伴い、一二年時には同じクラスだった友之と貴文とは見事に別のクラスに三分割。俺は友達の誰もいないクラスでボッチ確定だ。
思えば小学校の頃は幼馴染の美織がいたからそう寂しくもならなかったが、完全にクラスの男子共からはハブられていた。どうしてそうなったかな。
今にして思えば、俺にはクラスの男子達とはちょっと違うところがあった。自分が、ではなくて、俺は自分以外の男子が自分とは違う異質な存在だと思っていたんだ。
どうしてって、俺が当たり前に出来る事をクラスの男子達は全然出来ていなかったから。彼等は同じ事を何度も繰り返して漸く出来るようになる。出来るようになっても、何か不恰好で。そんなやっと出来たクラスの男子を見て大笑いした小一の俺。
俺に笑われた男子は大泣きするし、周りの奴らは怒って俺を非難した。その後すぐ美織に引っ張られて連れ出され、美織に泣きながら怒られたっけな。
その日は帰宅しても美織が母に言い付けたから散々叱られて。そのお陰でその後に同じ失敗をする事なく今に至ってる訳だけど。
その時の出来事でもそうだったけど、俺は他人の気持ちがあまり良くわからない人間だった。どこか欠けた人間なのかも知れないと思う事が今もたまにある。まぁ、誰しも他人の気持ちなんて100%理解したりなんて無理な話なんだけど。
俺が思うに、人は成長する中で様々な事に挑み失敗し、何度も挑戦して出来るようになる。皆同じ経験、体験をして成長しているのだから失敗経験者同士、挑戦した者同士共感し無意識のうちに「あぁわかる。俺もやったからわかる」と他人の気持ちが理解出来るようになるのではないか、と。
俺はなまじっか器用であるため、その「何度も挑戦」体験や失敗体験がすっぽり抜けてしまっているのだ。だから出来が悪い奴を見て可笑しくて笑ったり、他人を今一つ理解出来なかったり、普通の子供とは違ってしまったのかも知れない。
それから他人の気持ちを知るべし!と両親や道場の高遠師範から根気良く他人の気持ちを知る術を教わった。何でも器用にこなし、直ぐに技術を憶えて出来るようになる俺も、人の気持ちという人としての根本的な物を理解するのに人の助けを借りて何度も挑戦してやっと理解出来るようになったのは実に皮肉な事だ。
〜・〜・〜
小五になって美織から避けられるようになった。
美織と同じクラスになって喜んでいたけど、避けられたため一人になった。友達がいないから以前に是親伯父さんから貰ったきり仕舞い込んでいた通信型ポータブルゲームを仕方なく放課後の公園でやるようになった。
説明書を読んで、取り敢えず起動させてゲームしてみるも、こんなもの、一体何が面白いのか。
俺の両親は子供にあまりゲームはさせない派なので、ゲームなんてたまに美織の家でやったぐらい。それも正直、あまり面白いとは思わなかった。勿論、隣で熱中する美織にそれを言ったりはしなかったけど。
だけど、何もやる事の無い俺には公園でゲームをして時間を潰すしか無かった。
何日かそうしていると、公園に同じクラスの山田と中村が、やはりゲーム機を持ってやって来るようになった。奴等は同じクラスとはいえ話をした事も無い。だから、あぁ君達もここでゲームやるのね、くらいにしか思わなかった。馴れ合いつもりも、まして友達になるつもりなんて全く無かった。
そんな俺の考えなんて関係無いとばかりに山田は俺に気付くと、ズカズカと無遠慮に近付いて声をかけて来た。
「同じクラスの青木だろ?お前もゲームやんの?俺らと一緒にやらねぇか?」
その後ろにいる中村もうむと頷いた。
俺はこの二人が何を考えているのかよくわからなかった。新たにクラスメイトになっただけで、まだ親しくもない相手にいきなり「ゲームやろうぜ!」だ。
そう言えば、真樹が好きなアニメの主人公がいつもいきなり「バトルやろうぜ!」と挑むキャラだったけど、それ系なんだろうか。
俺が怪訝な視線を向けたからか、中村が何やら説明を始めた。
「このゲームはグループ対戦型で、仲間は多い方が有利になる。俺と山田は昨日パーティを組んだばかりだから、強くなる為に他にもパーティに参加出来る奴を探していたんだ。だから良かったら青木も一緒にやってみないか?」
何となくこの二人の関係性とそれぞれの性格がわかってきた。多分、この二人も小五になって初めて同じクラスになった口で、ゲームで接近して親しくなったのだろう。そして山田は理屈よりも行動が先になり、中村は理路整然と説明出来る頭がある、と。
「やるのはいいけど、僕、このゲーム使い始めたばかりなんだよね。それでいいなら」
俺が一応了解の返事をすると、パァっと顔を綻ばせる二人。
「オッケーオッケー、下手なんて関係ねぇよ。練習すりゃあいいんだからな」
「そうだ。パーティメンバーで教え合うのかこのゲームの良い所だからな」
中村が眼鏡を右手の中指でクイッと上げながらそう言った。
こうして俺はこの日、三つ初めての体験をする事となった。一つ目は初めて男子で連む仲間が出来た事。二つ目は同世代の子供から物を教わった事。まぁ、ゲームの操作法とルールなんかだけど。そして三つ目は「青木、お前って見た目と違って不器用なのな、ガハハ」と生まれて初めて不器用だと笑われた事だ。
ゲームに関しては主に中村が教えてくれた。それはゲーム内での武器の選択方法、入手方法、使い方など多岐に渡った。
一応それらの基本はマスター出来た。そして初めてパーティでのモンスター討伐に出ると、俺のミスでパーティは呆気なく全滅してしまった。そこでの山田の不器用云々があった。
不器用と言われてカチンと来た。別に器用自慢をした事なんて無かったし、自慢するような事とも思ってなかった。だけど、やはり慢心していたのだろうな。笑われた事に声を荒げて抗議した。
「こっちはビギナーで装備だって初期設定なんだ。やり込んでいる二人と違って動きが悪いのは仕方無いだろう!」
「そんな怒るなって。たかがゲームなんだから。またやりゃあいいんだよ」
山田は俺の抗議なんてどこ吹く風と受け流す。全く、いい性格しているな。
「そう、たかがゲームだ。だけど懲りずに続ければ上達出来るさ」
「懲りずにやり続ければ上達出来る」
中村のこの言葉は俺の心に突き刺さり、翌日以降も俺は山田と中村の二人と放課後はこの公園でゲームをするようになった。
だけどこの日、山田に言われっぱなしも癪だったので、別れて帰宅する前に山田にこう言ってやった。
「ゲーム以外なら負けないぜ?」
これを世間では負け惜しみというらしい。それも山田は軽く受け流し、
「そのうち何か見せてくれよ」
と言って帰って行った。
〜・〜・〜
そのうち俺達は苗字呼びから名前呼びに変わり、学校でも三人で連むようになった。だけど、俺はまだこの二人を友達とは考えてなく、学校でも連むようになったゲーム仲間くらいに思っていた。それに二人といてゲームに興じていれば美織の事を忘れられるという打算も有った。
友之と貴文を友達と認識し始めたのは、小六の2学期からだ。
その夏の家族旅行で、俺は是親伯父さんから努力しないと将来お前は器用貧乏で使い潰されるぞと指摘されていた。その言葉に恐怖を抱いた俺。2学期から心を入れ替えるように放課後は図書室で勉強し、或いは体育で習った技術を更に上達出来るように練習するようになった。
そうなると必然的に三人でゲームする時間は減る訳で。折角出来たゲーム仲間だったけど美織と同じように二人とも俺から離れてしまうのかなと内心寂しく思っていた。
これは美織の場合とは違って自分で選んだ結果となる。ならば結果は甘んじて受け入れなければ、と思っていたら二人ともゲームを止めて俺の放課後学習&特訓に付き合うと言うのだ。
「俺の野生の勘が勇樹と一緒だと面白い事があると告げるんだ」
いや、野生の勘って。友之、お前って野生児だったのか?
「ゲームも面白いけど、友達と連んでワイワイやるのもいいだろうしな」
友達。いつからかは知らないけど、友之も貴文も俺の事を友達と思ってくれていたんだな。
この時から俺も友之と貴文の事をゲーム仲間ではなく、友達と認識するようになった。
幼馴染とは違う友達。俺は、この新しく、そして初めて出来た友達と全力全開で残りの小学生生活を駆け抜け、三人で同じ地元中学に進学した。
更に俺が剣道部に入部すると、二人とも剣道経験なんてないのに剣道部に入部した。そして中一のゴールデンウィーク、部活終わりのみつば屋で「クロスチェリオ!」を初めてやり、俺達は親友になった。
そう、だから中学三年になって、三人バラバラになったからといって何という事は無い。放課後は部活でこれからも一緒なんだからな。
と、走馬灯のように友之と貴文との出会いからこれまでを思い出した。こうして掲示板の前で立ち尽くしていても仕方無い。そろそろ現実を受け入れなければ。
「青木君」
不意に背後から名前を呼ばれ、振り向くと小六の同級生で学級委員長だった洞樹真美さんだ。
「私達、二年ぶりに同じクラスよ。また一年間宜しくね」
「委員長か。宜しくな。三年でもやっぱり?」
「勿論、やるわよ学級委員長。青木君も協力してよね?」
「それはもう。クリスマスイブの時の借りもあるからな。何なりと言いつけてくれ」
「本当?で、その後、美織ちゃんとは?」
と、そんな会話を交わしながら、俺は新たなクラスへと踏み出した。