送別会
クリスマスイブのプチ同窓会で美織と和解し、帰りは美織を自宅へ送り届けた。その後帰宅した俺を待っていたのは家族(特に妹)からの取り調べ、じゃなくて尋問?いや事情聴取か?早い話、その日あった事を根掘り葉掘り訊かれ、洗いざらい喋らされたという訳だ。
それは長時間に及び、俺から聞き出すだけ聞き出した両親は「いゃあ、二人が仲直り出来て良かった良かった」と安堵の色を浮かべつつ、日付の変わった時計を見ると父が
「さぁ明日も仕事だ。いやもう今日か」
というお約束をかまして二人して寝室へ消えた。
俺はというと、帰宅しても事情聴取があったから風呂にも入れず。取り敢えず腹も減っていたから食べ損ねた夕食の代わりを求めてパントリーを漁りカップラーメン(カレー・大)を取り出して早速湯を注いだ。
「お兄ちゃん」
俺がリビングの食卓でカップラーメンと時計を交互に見比べていると、不意に背後から真樹に呼ばれた。
「まだ寝てなかったのか?」
「うん。髪乾かしてたから」
真樹はそう言うと俺の隣の椅子に腰を掛けた。
「一口食べるか?」
「ん〜ん、いらない。もう歯も磨いたし」
その間にも2分30秒が過ぎ、俺はカップラーメンの紙蓋を剥ぐ。途端に立ち昇る湯気と旨そうなカレーの匂いがいいね。割り箸をパチンと割り、麺とスープを箸で混ぜて馴染ませる。よし、手を合わせて、いざ実食。
「いただきます」
「召し上がれ」
ズズズ、ゾゾゾと麺を啜る音が静かなリビングに響く。真樹はそれを頬杖突いてジッと見続けると徐に口を開いた。
「美味しい?」
「ん?うん」
旨いか旨くないかと問われたら旨いと答える。腹も減ってるからね。
「お兄ちゃん、美織ちゃんと仲直り出来て良かったね?」
仲直りか。流石の俺もここで「美織とは喧嘩した訳じゃないから云々」などとは言わない。俺だって成長したんだ。
「あぁ、そうだな。真樹にも心配かけた。色々骨折ってくれたんだろ?ありがとうな」
俺は箸を一度カップラーメンの容器の上に置くと、居住まいを正して真樹に頭を下げた。座ってままなのは勘弁して貰って。
「私は大した事してないよ。お兄ちゃん、これからは美織ちゃんとちゃんと話し合うんだよ?」
「わかってますよ、妹様」
「うむ。わかっているならよいぞ。では妾ははもうちょっとしてから休むぞよ」
いや、まだ起きてるのかよ。休みだらって夜更かしはお肌に悪いぞ?言わないけど。
「そっか、じゃあおやすみ、真樹」
「おやすみなさい、お兄ちゃん」
こうして後半妙に長く感じられた今日という一日が本当に終わった。そういえば美織とレイルの交換してなかったから、真樹に連絡して貰って一度美織の家に行ってみようかな。ちと敷居が高いけど。
〜・〜・〜
そして今日の昼過ぎに俺は美織の家を訪れた。美織は玄関前で待っていて、あんな事があった昨日の今日なので顔を合わすのも何となく気恥ずかしく。
「近頃すっかり寒くなりましたわねぇ奥様」
「え?え、えぇ本当に。洗濯物が乾かなくって嫌になっちゃいますわ」
美織は俺の変な振りにぎこちなくも即興で合わせてくれて、俺達は顔を見合わせて笑った。美織とのこうしたふざけた掛け合いも久しぶりだ。
しかし、その一部始終を美織の母親律子さんにばっちりみられていて、
「あらぁ、初々しい。勇ちゃん、久しぶりね。さぁ上がって上がって」
と、玄関先でレイル交換するだけの予定が美織の家にお邪魔する事となってしまった。
通された美織の部屋も3年振り、以前より少し調度品や小物雑貨が大人っぽくなっている。写真立てには子供の頃の俺達の写真や小六運動会の集合写真が飾られていた。
「ちょっと、あんまりじろじろ見ないでよ。恥ずかしいじゃない」
「ごめん。何か久しぶりでさ」
それから夕方になるまで俺達は話し続けた。レイル交換もして、じゃあ俺帰るよ、と立ち上がったところで律子さんから
「夕飯を食べてってね、勇ちゃんママには許可貰ったから」
と、もうすでに断る術の無いお誘いを受けた。俺が「お、お言葉に甘えまして」と返事すると、目の前で
「お母さん、ナイスだよ!」
「でしょ?」
と親娘でハイタッチしていた。
その後、美織の父親清人さんが帰宅して、
「おぉ!勇樹か?久しぶりだな」
となり、有坂家で夕食(豚の角煮)を頂いた。
実はこの有坂家の豚の角煮は俺の大好物。
「律子さん(おばさん呼びは昔から禁止)の角煮、相変わらず美味いですね」
「あら、そう?嬉しいわ。美織にもちゃんと伝授しとくわね」
「ちょっと、お母さん!」
う〜ん、この母娘コント、何て言えばいいのかな。あ、清人おじさん、そっぽ向いた。
結局、デザートまで頂いてしまい、帰宅したのは21時過ぎ。帰宅早々に美織にメッセージを送り、俺達は元旦に桜木町の伊勢山皇大神宮に初詣に行く約束をしたのであった。
〜・〜・〜
年が明けての新学期。5月から始まる一連の大会に向け、俺達は部活と自主トレを欠かさず、三年生の卒業式を迎えようとしていた。
三年生の先輩方とは2年に渡り暑い日も寒い日も練習を頑張った結果、何の実績も無い無名の剣道部を県大会の2回戦まで進ませる事が出来た。そのせいか単なる部活の先輩というよりも戦友とか仲間という思いが強い。
そうした先輩方を送るため卒業式の前日に俺達二年生が中心になり、学校側から空き教室を借りて送別会を開催する事となった。
この事は女子部の二年生にも持ちかけて男子部女子部合同での実施となり、友之が張り切って女子部の新部長となった吉澤さんと連絡を取り合っていた。
そうした訳で送別会の参加者はそこそこの人数となった。主役となる三年生は男子3名に女子3名、二年生は男子3名に女子5名、一年生も男子3名に女子五 5名。加えて顧問の佐藤先生の計25名で、外部講師をお願いしている高遠師範は多忙につき欠席だ。
送別会の費用は部費から、な訳は無く。これは三年生と佐藤先生以外から一人一律500円を参加費として徴収、近くのスーパーで大量の菓子類を購入した。
菓子と一緒にドリンク類も買いたかったところだけど、そこは佐藤先生に止められてしまった。参加費免除な分、差し入れとして飲み物を提供したいとの事。まぁ、先生がそうしたいというのなら構いませんけどね。
〜・〜・〜
送別会当日、昼過ぎに学校に集まった男女混合二年生、一年生部員達。早速、空き教室で机を並べ、紙皿に菓子を盛り、黒板にチョークで『先輩、卒業おめでとう!』とイラスト付きメッセージを書いたりと、分担して手際よく会場設定を進めた。
と、そこへ佐藤先生が台車に大量のケースに入ったチェリオを乗せてやって来た。
(ドリンクってチェリオか!)
勿論、俺達に不満なんて無い。「クロスチェリオ!」をする男子剣道部にとってチェリオは今やアムリタやネクタールを超える聖なる飲み物だ。
ただ少し驚いたのは、佐藤先生は押し付けられた剣道部顧問だから部活動にも俺達にも大して興味を持っていないと思っていた。それが自腹切ってドリンク差し入れもさることながら、まさかみつば屋からチェリオを大量に購入していたとは。俺達がみつば屋で買い食いしている事も、チェリオを多飲している事も知っていたって事だな。侮れん。